第11話 10周目
ついに記念すべき十回目の節目を迎えて、私は大きく溜息を吐いた。
あぁ、クソッどうして見つかったと頭を抱える。
あいつ等は人間の気配でも察知できるのか? それとも鼻が異様にいいとかだろうか?
何かしらの手段で人間を探し当てていると見ていい。 屋上の時は見つからなかった事を考えると完全ではないと思いたいけど、一ヶ所に留まるのは危険だと結論を出さざるを得ない。
つまりは隠れる事も出来ないと。 少なくともホテル内での動かないかくれんぼはしない方がいい。
直近、二回の失敗を踏まえると移動しつつ身を隠すのが無難か。
考える。 どう動けばあの化け物を躱せるのかをだ。
私もこれだけ死んでいればいい加減に学習もする。 この街から出るには時間の管理が重要だと言う事は嫌でも理解できた。
私が屋上で殺されたのは二十二時前だ。 裏を返せば屋上にいればその時間までの安全は担保されるので、危なくなる前に降りればいい。 後は獲物を追ってホテル内を徘徊している連中が遠くに行っている事を祈ろう。 文江達の事は頭から追い出した。 あそこまで嗅ぎつけるのが早いとなると大人数での移動は危ないと判断したからだ。 罪悪感は当然ながらあるけど、頭を叩き割られた後に戻されて何事もなかったかのように過ごしている姿を見れば見る程にクラスメイトや友人に対する情が失われて行く。
分かってはいる。 誰も悪くない、でも理屈と感情は別で私の感情はこの状況を理不尽であり、不平等と感じていたので見捨てる事に対しての躊躇が薄れて行くのだ。
私は小さく目を閉じてバスが目的地へ辿り着くまで待つ事にした。
ホテルに着いて荷物を置くとフロントで鍵を回収してまずは地下に向かう。
倉庫にあった毛布と食料を片手に屋上へ。 扉を施錠した後、毛布にくるまってそのまま蹲った。
私の態度がおかしかった事を察したのか文江達は声をかけようとしていたけど、構っている時間も心の余裕もなかったので外の空気を吸って来るとやや不機嫌に返して出て来たのだ。
ぼんやりとどう動くかを考える。 取りあえず、二十二時前にホテル内に戻ってそのまま地下へと引き籠ろう。 これまでの失敗を踏まえたプランだ。 恐らく前回、前々回と同じ失敗はしないだろうと信じたい。 今度こそ大丈夫と自分に言い聞かせて私はその場で蹲り続けた。
スマホの時刻表示は21:30を越えた所だ。 停電と誰かの転落死イベントはもう消化済みで、そろそろ空から何かが襲って来るであろう時間なので屋上の扉を開錠し、そっとホテル内へと戻る。
あまり音を立てないように階段を下りて、まずは五階――私達に割り振られた部屋へ向かう。
その光景に思わずうっと小さく呻く。 非常灯に照らされて薄暗くなっても分かる。
壁や床はあちこちが破壊されており、血液らしきものが塗りたくられたかのように飛び散っていた。
噎せ返るような臭いに思わず吐き気が込み上げる。 耳を澄まして周囲の気配を探るけど、特に何かが居るような感じはしない。 手近な部屋を覗くとこちらも廊下と同様に破壊され、血液や肉片らしきものが散らばっている。 ただ、不自然なのは個人を特定できるようなパーツが見当たらない事だ。
明らかに肉片や手足の細かい部位は転がっているけど、胴体などの大きなものは残っていない。
何故だと思ったけど不意に思い出した。 二回目の時の話だ。 あの怪物は文江の上半身を持っていた。
それを踏まえると持ち去ったと見ていい。 何の目的でと思ったけど人殺しの怪物がやる事なんて古今東西共通して一つだ。 間違いなく食卓に並べる為だろう。
多かれ少なかれ、そういったフィクションは世に溢れ返っているので、特に考える事もなく自然とその結論に落ち着く。 まさか自分が経験する事になるとは夢にも思わなかったけど。
今後は後学の為にホラー映画でも見るべきなのだろうか? やや現実逃避気味にそう思いながら他の部屋も順番に見て行く。 どの部屋も他と似たり寄ったりの状況で、死んだであろう事は分かるけど肝心の死体は見当たらない。 最後に私達に割り振られた部屋へと入る。
他があんな有様なのに文江達だけ例外なんて都合のいい事は起こらない。
荒らされた部屋に血溜まり、肉片。 壁に叩きつけられたのか放射状に亀裂が走っており、中心には血と肉片、それに埋まるように髪の毛が頭皮らしき物と一緒に壁に張り付いている。
長さから多代かもしれない。 そう考えると突き上げるように吐き気が込み上げ、我慢できずにトイレで盛大に吐いた。 胃の中身が空っぽになるまで吐き続け、少しの間動けなかったけどしばらくすると少し落ち着きを取り戻したので洗面所で口の中を掃除した後、部屋を後にする。
今までは罪悪感程度しか抱けなかったけど、選択の結果を目の当たりにするとここまできついのか。
覚悟はしていたつもりだったけどまるで足りていなかったと実感させられる。
念の為にと下の階も確認したけど違いはなかった。 その間にも何かが現れる気配はない。
完全に居なくなったと判断するべきなのだろうか? 楽観は危険だ。
念の為に地下も確認しておこう。 隠れるにしても客室は無理だ。 さっき見た光景が脳裏にこびり付いて離れない。
一階まで降りると正面入り口は破壊されており、ここにも血と肉片が飛び散っていたので何人かが死んだのだろう。 不幸な事にいくつかは判別できそうだった。
一つは柱に頭が半分めり込んだ頭部があったからだ。 抜こうとしたのかあちこち千切れているが大部分が残っていたので誰かが分かった。
もう一人は体は残っていなかったけど血溜まりに財布があったので中を見るとポイントカードなどが入っていたので裏面を見ると署名があった。
最後の一人も季山と同様に所持品だけでの確認だけど生徒手帳が落ちていたので誰かが分かった。
上で少し長居しすぎたらしく思ったよりも時間が経っている。
地下へと降りようとして――ぎくりと身が震えた。 理由は微かに足音が響いたからだ。
明らかに人間のそれではなくズシンと重たい。 あぁ、あいつ等だと即座に悟った。
ホテルには居られないと悟った私は破壊された扉を抜けてホテルから外に出て行く。
目の前には駐車場と近くに大きな血溜まりに何故か放置されている死体。
見た感じ、殺されたというよりは上から落ちて死んだようだった。
……あぁ、さっき落ちたのはこいつか。
念の為にと顔を確認すると
いい加減に麻痺して来たのか耐性ができたのかは分からないけど驚きは小さい。
振り返ると今のところは何かが追ってくる気配はなさそうだ。 それでもここには長居できないので離れた方が良い。
小走りに街を進む。 スマホの時刻表示は00:20。
日付を跨いだのは初だと無感動にそう思ったけど、足はそのまま進む。
途中、コンビニが見えたけど一瞥するだけでそのまま素通りする。 入り口辺りが破壊されて血が飛び散っていたのが見えた。 兒玉が死んだのは見ていたので驚きはない。
目指すべきは北か駅だ。 どちらか迷ったけど、比較的近い駅を目指すべきか。
いや、どこかの店か家に隠れるべき? 判断が付かなかったけどホテルの近くに居るのは危険で、コンビニまで来ているという事は街中にも居る可能性は高い。 そうなると隠れるのはよくないかもしれない。
やっぱり隠れるよりは脱出に重きを置いた方がいい。
深夜になった事で闇は深くなり、霧と合わさって視界は最悪だ。
例のガラガラ動くアレを警戒して足音はあまり立てないように意識して進む。
――? ――?
異変が起こったのは少ししてからだった。 気付いたのがこのタイミングなだけで元々あったのかもしれない。 何かを耳が拾う。 音? いや、声?
――? ――?
聞こえるけど内容が聞き取れない。 それでも徐々に近づいてきているのか段々と明瞭になりつつある。
ほぼ無意識だった。 いつの間にか私は走り出す。
何が起こっているのかは理解できていないけど、あれを聞いてはいけない。 はっきりと聞いてしまうと恐ろしい事になる。 根拠もない何かに突き動かされて私は走った。
――で? ――で?
怖い。 怖い。 何をされるか分からないのが恐ろしくてたまらない。
――まで? ――まで?
声に混ざって羽の音が聞こえる。 羽音という事は屋上で襲って来た奴らか?
違うと何故か根拠もなくそう感じる。 アレはそんな生易しい存在じゃない。
もっと危険な何かだ。 逃げないと、逃げないと不味い。
――つまで? ――つまで?
あぁ、あぁ、聞こえて来た。 どうしよう。 嫌だ、聞きたくない。
――いつまで? ――いつまで?
最悪だ。 聞いてしまった。
近寄るな。 私は関係ない。 散々、クラスメイトを殺したんだから一人ぐらい見逃してよ!
――いつまで?いつまで? ――いつまで?いつまで?
何だよいつまでって。 訳が分からない。
――いつまで?いつまで?いつまで?いつまで? ――いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?
いつまでだって? それはこっちのセリフだ。
いつまでこんな事を続けないといけない? ふざけないでよ!
――いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?
――いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?
声がどんどん大きく近くなってきた。 それに比例してガンガンと頭に響いて頭痛がする。
――いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?
――いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?
痛い。 頭が痛い。
頭痛がどんどん酷くなる。 耳を塞ぐけどお構いなしに入ってきた。
――いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?
――いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?
うるさい! 黙れ! 黙ってよぉ……。
耐え切れずにその場に蹲った。 もう歩けないレベルで頭が痛い。
視界が赤く染まり鼻や耳からぬめる何かが流れる感触。
――いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?
――いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?いつまで?
あああああああああああああああああ!!
気が付けば私は悲鳴をあげ――電気が落ちるように意識が消えた。
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