第18話 14周目①

 私は静かに目を開く。

 場所はお馴染みのバスの中。 新たに分かった事実を脳裏で噛み締める。

 まずはこの街から逃げる為には脱出が必須だ。 やり過ごすのは不可能。

 

 制限時間を越えれば強制的にあの声を聞かされて死ぬ事になる。

 つまりこの街に滞在できるのは零時三十分まで。 それをすぎればゲームオーバーだ。

 いや、それ以前に烏天狗に襲われるだろうから二十二時がタイムリミットと見るべきだろう。


 到着が十六時三十分前後。 大体五時間三十分以内に出る事が勝利条件だ。

 もう余計な事をしている時間はない。 試せる場所は片端から試して意地でも脱出してやる。

 死ぬのが怖いとか言っている場合ではないのでとにかく最優先で情報を取りに行く。 ここまでしっかりとした決意を抱けたのは座間のお陰だ。 通路を挟んで向かいに居る座間に内心で感謝をして思考を脱出方法を捻り出す為に集中する。


 まずは駅から線路を伝って街の西側へ向かい電車が通過するトンネルを通ってのルートを試す。

 火車のやり過ごし方は予習済みだ。 あいつ以外にバイクのスピードについて来れる奴がいないならどうにでもなる。 よし、まずはそれで行こう。 駄目なら次は北側だ。 それで駄目ならバイクを使って南側。


 そんな事を考えながら私は最短で座間を仲間にする事と説得の際に話す内容を考えて目的地への到着を待った。


 

 到着後にやる事は座間を待ち伏せてコンビニまで引っ張る事。

 それ以外は台本をなぞる様に同じ出来事が繰り返されているので、私にとっては茶番に等しい。

 

 ――そのはずだった。


 だが、何故か今回に限って異常が起こっていた。

 正確には変化が、だ。 これは流石に予想できなかったので私も目を見開く。

 具体的に何が起こったのか? それは誰かが声を上げた事だ。 教師の楢木に向けられた言葉で内容は――


 「――センセー御簾納みすのさんがいません」


 ……は?


 正直、台本にないイベントもそうだけど内容が衝撃的だった。

 御簾納みすの 伊久子いくこ。 早々に乗り物酔いでダウンし、結果的にクラスの移動を大幅に遅らせ、この状況を招いた一因を担った女だ。 何で? 何で消えてるの?


 念の為、視線を巡らせたけど御簾納の姿はない。 困惑が浮かび、次いで浮かんだのは強烈な怒りだ。

 何故ならあの女が消えた理由が、この街から一抜けしたと思ったからだった。

 ふざけるな。 あのクソ女、自分だけ逃げやがった。 そう考えると八つ裂きにしてやりたいといった考えが自然と浮かび、恐らく今の私なら殺人すら抵抗なくできるのではないか?と思える程に殺意が噴き出す。 怒りで視界がぐにゃりと歪むが、必死に落ち着けと自分に言い聞かせる。


 一応、全員で探しはしたが御簾納の姿は完全に消えていた。

 楢木も御簾納が消えた事も含めて外と連絡を取ると言い、結局は同じようにバスで引き返す。

 私もいつものように座間が降りて来るタイミングを見計らって声をかける。


 当然、座間は胡散臭いといつもの反応を示すけど、御簾納が消えた事もあって比較的、スムーズに私の話を受け入れてくれた。 いつも通りコンビニで適当に物資の補充を済ませて移動。

 

 「――話は分かった。 お前の言う通り、一番気になるのは御簾納が消えた事だな。 念の為、確認しておくが前回は居たんだな?」


 一通り話を聞いた座間の第一声だったけど、やっぱり御簾納の話は気になっていたようだ。


 「いちいち確認した訳じゃないけど少なくともいないと騒がれたのは今回が初めてよ」


 座間は少し考えるように黙り込むと、考えを話し始めた。

 

 「まず、可能性として一番高そうなのはお前と同じで記憶を持ち越せていて、前回に何らかの手段で抜けた――つまりはクリアしたって事だな。 ちなみにこれまでで御簾納に変な動きはなかったのか?」

 「私の見た限り、目立つような行動はしていなかったと思う」


 仮に何かしているなら座間より先に声をかけている。

 そう付け足すと座間は「だろうな」と納得したように頷く。

 

 「そこが分からねぇんだよな。 周回しているなら普段と違う行動を取るはずだ。 違う事やってりゃどうしたって目立つんだけど遥香に気付かれないってのは少し不自然だな。 まぁ、お前の視野が狭くなって見逃したって可能性もなくはないが、流石に二桁繰り返して気付かないってのはあり得ねぇな」


 座間の言う通りだった。 私と同じ境遇ならお互いが気が付くはずだ。

 御簾納が私と同じ境遇で消えたというのなら、私に気付いた上で自らの状態を隠してそのまま脱出した事になる。 妖怪をやり過ごして私に気付かれないように立ち回るのは流石に無理があった。

 

 声をかけない理由も不明だ。 こんな状況に放り込まれたのならかなり心細いはず。

 そんな中で同じ境遇の人間がいるなら仲間にしようと動きこそすれ避けるのは理解に苦しむ。

 

 「――で、だ。 ちょっと別の可能性を考えたんだが、これがマジだった場合はかなりヤバい」

 「別の可能性?」

 「あぁ、御簾納の奴が脱出したんじゃない場合だ」

 

 それを聞いて背筋が冷えた。 座間の言いたい事が何となくだけど分かったからだ。

 

 「今回だけの可能性もあるから次回以降があれば確認して欲しいんだが、単純に消えてなくなった可能性だ。 仮にそうだったらいきなり消えた事にも一応は納得は行くけど、次からバスの面子が櫛の歯が欠けたみたいに消えるかもしれない。 仮にそうだったらこの街の攻略、ちょっと急いだ方がいいかもな」

 「消えてなくなったって……」

 「この状況、ちょっと考えてみろ。 俺達以外、誰もいない街。 明らかに傍から見れば消えたのは俺達だ。 訳の分からん霧にどいつもこいつも俺達を見つけ次第にぶち殺そうとする妖怪。 これが何かの意図で成立したのか事故かは分からん。 ただ、ここの住人は侵入者を絶対に許さないって事ははっきりしている。 もしかしたら周回する事で目に見えない変化が起こってその結果、消えたのかもって考えもあながち的外れじゃないと思わないか?」


 座間の言う通りだ。 御簾納が逃げた訳じゃないなら急いだ方がいい。

 もしかしたら次に消えるのは私かもしれないのだ。 生きてここから出たいのなら一刻も早く脱出しなければならない。

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