第19話 14周目②

 ドサリと両手いっぱいに抱えた目覚まし時計を道路の真ん中に並べる。

 タイマーのセットは既に完了しているので後は時間までに戻るだけだ。

 情報の共有は移動中に済ませたので部屋で休憩はせずに座間にはバイクの鍵を取りに行かせ、私はさっさと目覚まし時計をかき集めて少し離れた路上にばら撒いたところだった。

 

 この街で生きていられる時間には制限がある以上、一分一秒も無駄にはできない。

 可能な限り余計な時間を使わないようにする必要がある。

 向かう先は駅だ。 地図を見た限り、トンネルを抜ければそのままこの街から出られる。

 

 ――ただ、トンネルの中になにもいなければだけど……。


 居ないと信じたいけど十中八九何かしらいると私は思っている。

 祈るのはそれが対処可能――比較的、簡単に振り切れる相手であればとだけだ。

 座間には他の妖怪に遭遇する事の危険性を散々伝えたので、多少は危機感を煽れたと思う。


 必要ないとは思うけど僅かでも必死になってくれるならそれでいい。

 実感の湧かない情報だけしかない私と座間とではどうしても温度差が生まれるので、やれる事はやっておくべきだ。 座間は私がしつこく言うのでややうんざりしながら「分かっている」と頷いていた。

 

 その態度に若干だけどイラっとしたけど、ややあって制限時間がある事に焦っている事を自覚する。

 あまり表に出すと上手く行く事も上手く行かなくなるので何度も深呼吸して気持ちを落ち着けた。

 駅は完全に未知の場所だ。 可能な限り冷静である事を心掛けないと……。


 戻ると座間がバイクの準備を終えて待っていた。

 「戻ったか。 アラームが鳴って火車が反応したらエンジンを動かして出発だな」

 「うん。 道は大丈夫?」

 「一応、地図は頭に入れた。 つっても目的地って駅だし、近くまで行けば嫌でも目に入るから問題ないだろ」

 

 私は分かったと頷いて座間の後ろに乗る。

 座間は夜の闇と霧でほとんど見通せない空を仰ぐ。 ヘルメットの所為で表情は分からなかったけど、少なくとも笑ってはいない事だけは確かだ。


 「……さっきは色々と話したが実際の所、トンネルはどう思うよ?」

 「それは行けるかって事?」

 「別にここまで来て不満がある訳じゃねぇよ。 アラームが鳴るまでのちょっとした雑談だ」

 「少なくとも何かしら出るとは思う」

 「トンネルってシチュエーションで出てくる妖怪か……」

 「何か心当たりはない?」

 

 座間は小さく肩を竦めて見せる。


 「悪いがないな。 前の俺が言ったかもしれねぇが連れの関係でちょっと知ってるだけで何でも知ってるって訳じゃない。 実際に出くわして見りゃ分かるかもしれないがあんまり期待すんな」

 

 話題が途切れ会話がなくなる。 それもそうだ。

 私と座間はクラスが同じだけで特に接点もなく、お互いの趣味も知っている訳でもないので会話の内容は自然と妖怪やこの街についてになる。 座間には世話になっているので可能な限り好意的に見たい所ではあったけど周回毎に記憶がリセットされて同じ話を繰り返す。


 何度も繰り返しているだけあって端的に説明する事に関しては上手くはなったと思うけど、いちいち説明しなければならない事に関してのストレスは溜まる。

 話していると何となくだけど感じるのだ。 座間との温度差を。

 

 遠くでアラームが鳴る音が響き、遅れて火車が移動する音が聞こえて来た。

 私が頷いて座間の背を小さく叩くとエンジンが始動。 破壊されてアラームが途切れたと同時に動き出す。 少し走ると離れた所から徐々に音が近づいて来る気配。

 

 火車がこちらに気が付いて追って来た事が分かるけど、充分に距離を取っているので駅までは逃げ切れる。 ハイキングコースに入って来なかった事を踏まえると妖怪には各々縄張りがあって、そこから出ると追って来ない可能性が高い。 景色が高速で流れる。


 向こうの方がスピードが上なので追いついて来ているのは分かっていたけど、移動経路が違うだけで展開自体は前と同じだった。 前回より遠くに囮を配置したので追いつかれるまではまだかかる。

 他の車両が居ないので移動自体はスムーズだ。 数分もしない内に駅が見えて来る。

 

 座間は僅かに迷うように視線を巡らせ、線路沿いにバイクを走らせると踏切から線路内へ。

 道路と違って足場が悪いので車体が激しく揺れる。

 

 「しっかり掴まってろ!」


 風に混ざって座間の叫びが聞こえる。 私は言われるまでもないとしがみ付く。

 後ろでバキリと何かが壊れる音。 振り返ると燃える車輪が凄まじい速さで追って来る。

 私は急げと背を叩くと座間は分かっていると言わんばかりに加速。 少しずつ後ろとの距離が縮まって行く。

 

 ――これ、トンネルに入っても追って来るんじゃないの?


 大丈夫と思いたいけどここまでしつこいと少し自信がなくなる。

 不意に視界が暗くなった。 トンネルに入ったからだ。 

 同時に火車が急停止。 不自然なぐらいにぴったりとトンネルに入る直前で止まっていた。

  

 やっぱり追って来ない。 火車は街中を縄張りにして外には出ないのは間違いなさそうだ。

 目の前の危機は去ったけど問題はこの先、トンネルの内部はどうなっているのかはまったくの未知。

 何も出ないなら無事に脱出できる。 でも、そうはならないと心のどこかで思っていた。

 

 カシャカシャと何かが這い回る音を耳が拾う。 連想されるのは虫だけど、音が大きすぎる。

 

 「おいおい、マジかよ……」

 

 座間の微かな呟きを聞いたと同時にトンネルに入ってから点灯したバイクのライトが巨大な何かを照らし――正面衝突。

 ぐしゃりと嫌な音が響き、私の体は宙に舞い地面に叩きつけられた。

 全身に鈍い痛み。 何とか立ち上がろうとしたけど足に激痛。 恐らく足が折れてる。


 何とか状況を掴もうと視線を巡らせる前に何かが折れた足に噛みつく感触。

 次の瞬間には振り回されてトンネルの壁に叩きつけられた。

 ゴキリと嫌な音が体内に響き、私の体が地面に落ちる。 見えるのは横転したバイクのライトが照らす僅かな空間だけ。 でもほとんど見えていない。

 

 視界が逆さになっている。 倒れ方の所為かと思ったけど、体の状態から察してしまった。

 あぁ、首が折れて視界がおかしくなったのかと理解した頃には終わったと諦めが脳裏に広がる。

 生きていたらしい座間の悲鳴が微かに響き、私の意識はゆっくりと閉ざされた。

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