第20話 15周目

 意識が戻ってバスの中。 感情はもはや麻痺しており、真っ先に始めるのは前回の反省だった。

 まず結論としてトンネルは無理だ。 はっきり言って今までで一番可能性が低い。

 視界が利かず数も多い上、足を止めれば即座に殺される。 暗くて見えなかったから分からないけど、巨大な虫のような何かだと思う。 重い溜息が漏れる。

 

 どれぐらい進めたかは分からないけど体感では半分も行っていないと思う。

 そんな段階であっさりと殺されるのであるなら望みは薄いどころかほぼない。

 収穫としてはそんなものか。 後は火車の縄張りはほぼ市街地内に限定されており、範囲から出ると追って来ない事がはっきりした事だ。 こちらはほぼ固まっていたので確認以上の意味はなかったけど、はっきりしたのはいい事だと前向きに捉える。


 それと今の内に確認したい事があったので、私は席から立ち上がると視線を後部の座席へ向け――思わず眉を顰めた。 本来なら星華の隣で横になっているはずの御簾納がいない。

 この時点でいないなら居なくなった原因を調べようがなかった。 他はまだ気が付いていないみたいだけど、到着したら前回みたいに誰かが騒ぐだろう。 ざっと確認してみると他はいるみたいだ。

 

 消えたのは御簾納一人だけ。 それだけははっきりしている。

 今後、他も消えるのか。 それとも私が消えるのか。 消えた事が何を意味しているのかはっきりとは分からないけど、急いだ方がいい事だけは理解できた。


 ……とは言っても現状で残っている脱出経路は北側だけだ。


 これから試すつもりではあったけど望みは薄い。

 どこもかしこも妖怪だらけのこの街で一ヶ所だけ安全に脱出できるルートがある?

 何度も酷いなんて言葉では生ぬるい目に遭って来た身にはそんな楽観は不可能だった。


 北側が無理だった場合、他の手段を探すかどうにか突破を狙うしかない。

 取りあえずそれ込みで座間に話を振るとしよう。 そう考えて私は席に着くと視線を窓の外へと移した。

 


 「――話は分かった」

 

 もう何度も繰り返していい加減に面倒になってきたやり取りを終え、座間の協力を取り付けた。

 コンビニで必要な物を物色しバイクを取りに行く最中だ。 話の内容は前回の失敗について。

 座間は半信半疑ではあるけど、真面目に聞いてはくれる。 


 「それにしてもデカい虫かぁ。 そんなのが居るならトンネルは無理だな」

 「暗くて見えなかったけど人間と同等かそれ以上のサイズだろうから、突破は現実的じゃないと思う」

 「俺としても足元が悪い、暗くて視界が利かない状態でそんな連中を振り切る自信はないな。 殺虫剤でも焚けば殺せるなら楽でいいが、トンネルに充満させる程の量をかき集めてたら時間切れになっちまう」

 

 座間は小さく溜息を吐く。


 「取りあえず今回はまだ試していない北側のハイキングコースを狙うって事でいいんだな?」

 「うん。 もう選択肢がそこしかないから。 それとも他に安全そうなルートに心当たりがあるならそっちにするけど?」

 「土地勘のない場所でそんなアイデアでねぇよ。 ただ、消去法で選ぶって時点で嫌な予感しかしないから不安ではある」

 「私もそうだけど御簾納の事もあるから試せる事は何でも試しておきたい」

 「……そうだな。 やるしかないか。 まずはアラームの設置場所はもっと離した方がいい。 前回はかなりギリギリだったんだろ? なら自転車か何かで距離を稼ぐのはどうだ?」

 

 確かに。 歩いて行ける距離ではあっさりと追いつかれる。

 自転車で少し離れた場所に設置した方がいい。 今回は街の北側――反対側になるのだ。

 向こうの方が足が速いのでその分、距離を稼ぐ必要がある。  


 「分かった。 座間はバイクの準備をお願い」

 

 座間は頷く。 話が纏まった所で視線を上げるといつも使ってるマンションが見えて来た。

 

 

 ギイギイとやや年季の入った自転車が軋みを上げて道を進む。

 座間に準備させている間、私は籠にアラームを満載した自転車をこいでいた。

 可能な限り音を立てないよう意識しているので自転車の立てる音は不快だったけど、見つかった鍵がこれしかなかったので妥協したのだ。


 徒歩よりも早く動けるだけあって距離を稼ぐのは簡単だった。

 コンビニまでは戻らないけど、その近くまでは行くつもりだ。 流石にこれだけ距離を稼げば逃げ切れるであろう場所を見極めてアラームを設置。 一応、道の脇に置いて踏み潰し難い位置にしておいた。

 

 いっそ建物の中に設置する事も考えたけど、万が一反応しなかった事を考えると試す気にはなれなかった。 可能であるならあの忌々しい化け物をこの手で八つ裂きにしてやりたいけど、何を持ち出しても殺される未来しか見えないので効率よく逃げる手段を模索する事でざまあみろと留飲を下げるべきだと考える。


 設置を終えた私は軽く汗を拭うと座間の所へ戻るべく元来た道を引き返した。

 戻ると座間は既に準備を完了していたので、私は自転車を近くに止めて座間の後ろへ。

 

 「道は大丈夫?」

 「あぁ、地図は頭に入れた。 そんな入り組んでいる訳でもないし何とかなるだろ。 ただ、ハイキングコースの方はざっくりとした地図しかないからバイクでどこまで行けるか分からない所がちと不安だな」

 

 座間は持っていた地図を軽く指で弾く。


 「山に入ったら速攻で寄って来るんだろ? お陰で越えるどころか登り切る事すらできていないってのは逆にいうならそれだけ集まって来てるって事だからそこをどうにか抜けたら逃げ切れる可能性がぐっと上がる。 まぁ、何が言いたいのかっつーと、しんどいが頑張ればどうにかなるから諦めるなって話だ」

 

 ……まさかとは思うけど気を使われている?

 

 「……私ってそこまで心配されるほどなの?」

 「あー……まぁ、はっきり言うともう目つきの時点でヤバい。 正直、お前の話を信じようと思った理由の一つでもある。 鏡で自分の顔見てみろ。 人でも殺しそうな迫力だぞ」


 前にも似たような事を言われたけど鏡を見ていないから特に自覚がない。

 次があったら鏡でも見てみよう。 話している内にアラームが動き、離れた場所に大きな音が響き渡る。

 わざわざ自転車で距離を稼いだので音は遠い。 しばらく待っているとガラガラと音を立てて火車がアラームの方へと向かっていく。


 音が消えたと同時にエンジンをかけて発進。 バイクが動き出し、一気に加速していく。

 ここまでは前回と同じ流れなので、そこまでの緊張や不安はない。

 既知の事象は台本がある筋書きをなぞっているのと変わらないので、今の私からすれば恐れる事はなかった。 しばらくすると火車が追って来たのか音が徐々に近づいて来るが、まだ遠い。


 座間には前回の話は共有しているので、手間取る事なく踏切を抜けて線路の向こう側へ。

 前回はここで追いつかれたけど、今回はまだ余裕がある。

 振り返ると駅がどんどん遠ざかり、霧に遮られてその姿が見えなくなっていく。


 消えたと同時にズシンと衝撃音が響き、同時に火車の移動する音が途切れた。

 次いで何かが崩れるような音が聞こえる。 恐らく火車がショートカットしようとして駅の建物に突っ込んだのだ。 引っかかったのか動いている気配がない。


 「ははっ、ツイてるな!」

 

 座間がやや引き攣った笑いを上げ、距離が一気に開く。

 これだけ離せば振り切ったと判断しても問題なさそうだ。 そうか、駅を挟むとそのまま突き抜けようとして引っかかるのか。 これは大きな情報だと頭にしっかりと入れ、意識を前に向ける。

 

 そろそろ街の北端が見えて来る頃だ。 北側は車両での通行も想定しているのか、車道が存在した。

 座間が小さく振り返る。 この道でいいのか?と尋ねているようだったので頷く。

 荒れた道を進んでもスピードが落ちる上、事故の元だ。 通るならスピードが出せる車道を通る方がいい。

 

 山道に入り、左右が木々で埋まる。

 前回のトンネルと同様に襲われると逃げ場がないけど明るい分、まだマシだった。

 時間的には数時間前で主観的には遥か昔に感じる来る途中にバスで通った道に似ているので、このまま出られるのではないかといった期待感が強まる。 今の所、襲われる気配はない。


 ……これは行ける?


 他なら今頃襲われていてもおかしくない。

 ――にもかかわらず。 安全に進めているという事はここが正解のルート?

 だとしたら帰れる。 助かるんだ。 油断は禁物だと思うけど、ゴールが見えると否応なく気持ちが上向きになる。 取りあえず安全な場所に着いたら――


 ――不意に引っ張られる気配。 しがみ付いている座間の体が何かに引っ張られてバイクから引き剥がされ、木々の隙間に消える。 本当に一瞬の事だったので私も声すら出す事が出来ず、座間が消えるのを見送るしかできなかった。 乗り手を失ったバイクは制御を失って転倒し、私はそのまま放り出される。


 一瞬の浮遊感を得て地面に叩きつけられた。 全身に痛みが広がる。

 私は小さく呻きながら何とか立ち上がろうとした。 もう少しなのに、もう少しでこの街から出られるのに――


 唐突に希望を奪われた事に怒りと絶望が湧き上がり、座間が消えた方を睨む。

 あらん限りの憎悪を込めた視線を向けた先から長い何かが伸び、私の頭を鷲掴みにする。

 手だ。 長い腕が伸びて私の顔を掴んでいる。 座間を引っ張り込んだのはこれか。

 

 顔面を掴まれている所為で前が見えない。 引き摺られ、あちこちをぶつけて痛みが弾ける。

 せめて相手の正体だけでもと手を剥がそうとするけど、万力か何かでできているのか私の顔を掴んでいる手はびくともしない。 抵抗も虚しく腰の辺りに強烈な激痛が発生し、下半身の感覚が消える。


 命と一緒に何かが流れ落ちる感触と共に私の意識は途切れた。

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