第21話 16周目

 どうすればいいんだろう。

 バスに戻った私は頭を抱える。 思いつく限りの脱出ルートは試した。

 今通っているトンネル、街の四方にあるハイキングコース、線路と街から出られそうなルートには悉く妖怪が居て近寄ると襲ってくる。


 掻い潜れる相手なら問題はないのだけれど、それができないのでどうにもならない。

 だったらやり過ごすかと隠れてみたけど日付が変わって少し経つと以津真天の鳴き声で殺される。

 どうすればいいんだと喚き散らしたい衝動をぐっと堪えて私は必死に考えを巡らせた。


 自棄になっても状況は一切改善しないどころか悪化の一途を辿る。

 一度、立ち上がって周囲を確認。 前回と同様に御簾納は居なくなっており、他は――欠けていない。

 その事実にほっと胸を撫で下ろす。 まだ猶予があると希望を抱けるからだ。

 

 ゆっくりと席に着く。 考えるのはこれからの方針だ。

 これまでで安全なルートが存在しない事ははっきりした。 なら考え方を変えるべきだ。

 比較的、突破が容易な場所を見極めて危機を乗り越える。 言うのは簡単だけど、実行にはとてつもなく高いハードルが存在した。

 

 まずは考えを纏める意味でも情報を整理しよう。

 最初に考えるのはどのルートを選択するかだ。 現状で最も可能性が低いのは線路。

 トンネルにいた巨大な虫らしき生き物からは逃げ切れる気がしない。 一匹、二匹ならどうにでもなるかもしれないけど明らかに数十匹はいた。 論外と言わざるを得ない。

 

 同様に来る時に通ったトンネルも駄目だ。 バスで塞がっている事もあって抜けるのは難しい。

 楢木を説得して同乗しても餓者髑髏に叩き潰される。 仮にどうにか突破できたとしても何が出るか分かったものじゃ――なら何で来る時に襲われなかったんだろう? ふと疑問が湧いたけど、烏天狗の事を考えると時間経過で何かが湧いて来るかもしれないと納得できてしまう。

 

 そうなると選択肢は四ヶ所のハイキングコースとなる。

 西は餓者髑髏。 南は鎌鼬。 東は飛んでいる何か。 北は長い手。

 北と西は自然と選択肢から省かれる。 西は単純にサイズ差があり過ぎて逃げ切れるビジョンが浮かばない。 北は移動時間もそうだけどあんな逃げ場のない狭い道で襲われたら逃げようがない。


 バイクでなく車ならとも思ったけど、街には火車がいるので座間が運転できたとしても持って行くのは現実的じゃなかった。 東は試していないけど餓者髑髏、鎌鼬、火車は共通して音に敏感だった印象を受ける。 つまり派手に音を出す存在は真っ先に襲われるのだ。


 今まではバイクの走行速度に目が眩んでこだわっていたけど車両での脱出自体が悪手なのかもしれないと思い始めていた。 そうなると候補は自然と南か東かに分かれる。

 車両での移動を捨てるなら自然と短時間で辿り着けるその二方向に絞られるからだ。


 南か東の二択なら鎌鼬がいる南か。 理由は単純に手持ちの情報が多いので挑むに当たってのハードルが比較的低いからだ。 とは言っても突破は非常に困難と言わざるを得ない。

 まずは音の出るバイクでの突破は厳禁なので、徒歩で抜ける必要がある。

 次に足は私よりも早いので捕捉されるとまず逃げきれないのでその辺もどうにかしたい。

 

 鎌鼬を突破するにあたっての壁は音と移動スピードの二つ。

 近寄らせない為に自身の音を消すか、火車と同様に囮を仕込むかのどちらかだけど前者はどうすればいいのか見当もつかないので自然と後者を選択する。

 

 アラームはコンビニで仕入れればいい。 最後に移動スピードだけど音の出ない乗り物に心当たりがないので自分の足で切り抜けるぐらいしか思いつかなかった。

 取りあえず座間に事情を話して協力して貰おう。 とにかく試せる事は何でも試そう。

 私は大雑把な方針を決めると目的地到着まで英気を養うべく目を閉じた。



 「――なるほどな。 それで? これから走って山越えしようってか?」

 「座間はどう思う?」

 

 もう、慣れ切った事情説明を終えた私はコンビニで大量のキッチンタイマーを鞄に放り込みながらこれからの行動についての話をしたのだ。 とにかく意見が欲しかった。


 「俺としても情報がお前の話だから判断が難しいな。 いや、疑っている訳じゃ――まぁ、半信半疑だが、この状況で頭っから否定するような真似はしねーよ。 取りあえずこれから南のハイキングコースを目指して鎌鼬の群れを突破すると」

 「そう。 音に寄って来るからうるさくするのは厳禁。 だから出くわす前にアラームをあちこちにばら撒いて囮にする」

 「――ゲームのエネミーみてぇに決まったルーチンをこなすだけの連中なら有効かもしれないが、その辺の区別がつく知恵があるなら正直、ちょっと厳しいんじゃないかって思う」

 「……そう。 なら何か手はある?」

 

 私が尋ねると座間はお手上げとばかりに両手を上げる。

 

 「悪いがないな。 お前の話に乗るって決めているから方針自体には異論はないけど、こういった危険があるかもしれねぇぞって意見は出せる」

 「無理だと思う?」

 「……分からん。 今までの話を聞く限り、行けるかもしれないけど蓋を開けてみないと何とも言えねぇな」


 結局、試してみるしかない。 私は不安を感じながらも行くしかないと強引に気持ちを前向きにした。



 荷物は最低限に留めて身を軽くし、大量のキッチンタイマーが詰まった鞄を持ってハイキングコースの入り口へ。 徒歩だったので時間はかかったけど音をあまり立てなかった事とルートを選んだお陰で火車に追いかけまわされずには済んだ。


 「確認するぞ。 タイマーを最初は五分、以降は一分刻みにしてその辺に放りながら進んで距離を稼ぐ。 その際に足音は極力抑え、最初に仕込んだのが鳴ったタイミングで走る。 囮に引き寄せられたらそれでよし、もしも寄って来たらノータイムで鳴る奴を投げまくって撹乱しつつ後はひたすら走って抜けるって感じで問題ないか?」

 

 私が頷くと座間が頷き返し、走り出したい気持ちを抑えつつ持ち込んだアラームの設定を確認して近くの草むらに放る。 意識して音を立てずに歩いているので聞こえるのは風の音と微かに聞えるお互いの息遣いだけだ。

 

 スマホの時刻表示を確認すると19:20。

 前に来た時は十九時前には入れたけど、今回は座間の説得と準備に時間をかけたから少し遅くなっている。 位置的にはそろそろ襲われた所に入ると思うけど――


 後は囮が効果を発揮してくれる事を祈るだけだ。 少し離れた位置からアラーム音。

 時間が来たので動き出した。 座間と私は顔を見合わせて互いに頷く。

 今すぐにでも走り出したいけどまだ早い。 動くのは囮が機能しているかの確認をしてからだ。

 

 少し間を開けて道中にばら撒いたアラームが次々と動き出す。

 確認方法は簡単だ。 長時間鳴り続けるように設定したので不自然に途切れた場合、潰されたと判断できる。 そうなれば鎌鼬にも囮は有効とはっきりするので、仮に今回失敗しても大きな前進だ。

 

 あちこちからアラーム音が響いているのでかなりうるさくなっている。

 少なくとも私達自身の足音すら分からない程度には。 今の所、潰されている気配はない。

 座間はどうする?と尋ねるような眼差しを向けて来る。 私は少し悩んで行くと決めた。

 

 鞄に入ったアラームの大半を動かして遠くに放りながら走る。

 座間も同様にあちこちにアラームを放り込みつつ駆け出した。

 今の所は襲われる気配はない。 アラームの囮は効果を発揮している?

 

 楽観は危険と今までの経験で嫌という程に思い知らされているけど、希望を抱く事が先へと進む原動力だ。 首を刎ねられたであろう場所を通り過ぎて更に先へ。

 行ける。 内心でそんな手応えを感じた矢先だった。 ガサガサと迫って来る気配。

 

 ……あぁ……駄目か……。


 しかも前の時よりも数が多い。 座間も気が付いたのか、表情を歪めるとややあって覚悟を決めるように表情を引き締めた。


 「遥香! 二手に分かれるぞ! 上手くすりゃ片方は逃げ切れる。 運が良ければまた会おうぜ!」


 そう叫ぶと座間は一気に加速して木々の隙間へと飛び込んだ。

 一部の気配が座間を追いかけていく。 それでも半分以上が私を追いかけて来る。

 追い払うべくアラームを鳴らせてあちこちに放り投げるけど見向きもされない。


 音に反応しない? いや違う、バイクで入った時は即座に襲って来た。

 人間を認識するとそちらを優先する? その可能性は高い。

 なら――


 私の思考はひゅっと微かな風切音と落ちる視界に遮られた。

 あぁ、また首を刎ねられたなと認識し、血液の流出と共に意識が闇に侵食され――消えてなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る