第22話 17周目①
バスに戻った私は思考を再開する。 音で追い払う、または動きを誘導するのは失敗した。
問題はなぜ失敗したのかだ。 音に寄って来るのは間違いない。
その証拠にバイクで乗り入れた時は即座に襲って来た。 音に敏感なのは確実だ。
だったら何故――と考えてふと思い至る。 単に音で電子音と認識して囮と理解したのではないかといった考えだ。 だったら不快な騒音が響き、その元凶を叩きに行ったと筋も通る。
その場合、妖怪は人間並みの高い知能を持っている事になるけど……。
だったら火車は何で――あぁ、違う。 個体差があるんだ。
火車は単純に音に寄って来るけど、鎌鼬は音の違いを認識して人間を狙う。
いけない。 死に過ぎてゲームみたいに行動パターンを覚えればどうにかなるって考えていた。
これはゲームじゃないんだ。 相手も柔軟に対応してくる。
決まった行動を取る相手を突破するのではなく、どうにか出し抜く事を念頭に置いて考えよう。
一瞬、他でも検証しようかとも考えたけど、東の妖怪は飛んでいるのだ。 恐らくだけど南の方がマシだと思う。 完全に不可能と分かるまではあそこから出る方針で行く。
音に反応し、人間を識別する。 突破の糸口はここだろう。
単に襲いかかるのではなく、私と座間とで狙いを分散させた点からも動きは狩りに近い。
考えれば考える程にどうやって意表を突けるのかと頭を抱えたくなる。
私は溜息を吐きながら少し立ち上がってぐるりとバス内を眺めた。
御簾納が居ない事も含めて前と変わらない。 クラスメイト達は乗り物酔いに苦しんではいるけど、何も知らず呑気にしている。 それを見ていると段々と不快感が胸の内に湧き上がった。
何故、私だけがこんな目に遭わなければならないのだろうか?
何故、こいつ等は呑気にアホ面ぶら下げて過ごしているのだろうか?
これから何が起こるのかを知らないのだ。 当然と言えば当然だ。
理性はそう囁くけど、私の感情がそれを許容しない。 だって、私だけが酷い目に遭っているのだから。
誰でもいいから私の気持ちを共有して欲しい。 そんな気持ちが強く湧き上がる。
座間は私の話を信じて協力してくれるけど、繰り返す度に全てを忘れている事を見せられると胸が苦しい。 別に座間に惚れている訳ではなく、いちいち同じ説明をさせられるのは酷くイライラさせられるのだ。 視界の端にある窓には憎悪が混ざった視線で車内を見つめる私の姿が映っていたけど、気にして取り繕う余裕がない。
考えれば考える程に何も知らない癖にと苛立ちと憎しみが雪のように積もって行く。
そして――トンネルを抜け、霧の街を見て歓声を上げる馬鹿共の姿を見てそれが頂点に達した。
恐らく私はもう正気じゃない。 そう自覚できる程度に私はおかしくなっていた。
何故ならその瞬間、私は突破を見込める素晴らしい案を思いついたからだ。
それを思いついた私はどうしてこんな簡単な事を思いつかなかったんだろうと自分を責めた。
鎌鼬は人間を認識して襲う知恵がある。 そんな相手を出し抜く方法なんて生態にも詳しくない一介の高校生にできる訳がない。 だったら防ぎようがない手を打って強引に突破を図る方が合理的で確実だ。
――それに――
放っておいてもどうせ死ぬんだし別に私が有効活用しても問題ないよね?
「――つまり音に反応するからバイクは使えない。 要は徒歩での突破が最も現実的って訳か」
「そう、どれだけいるかも分からないし、警戒する意味でも人数が欲しい」
恒例となった座間への説明を終え、私は突破のアイデアを披露した。
前回との違いは協力者を増やそうと提案した事だ。 その為、コンビニには移動せず、ホテルの外で話をしている。
はっきり言って今回は捨て回のつもりで臨む。 理由は検証の為だ。
大人数で挑めばどれだけ鎌鼬の狙いが散るのか? どの程度の人数が入れば私が逃げきれる状況を作れるのか? その辺りを見極めたい。
差し当たっては今の私にも簡単に調達できる人員を同行させるつもだ。
文江、多代、星華の三人ならどうにか連れ出せる。 無理なら最悪、一人か二人でもいい。
三人とも連れ出せるなら合計で五人。 狙いも単純に五分の一になる。
綺麗に分散するなら狙って来る相手を二割にまで減らせるのだ。 これで突破できるなら良し。
無理なら突破よりもクラスメイトを言いくるめる事に目的をシフトする。
座間は黙って私の話を聞いていたけど、視線が一気に険しくなった。
「遥香。 お前、何を考えてる?」
「さっきから言ってる通り、街から出る事」
「
そういわれて私は思わず口を噤む。 それを見て座間はやや表情を険しくする。
「妖怪が出る事は信じられんが信じる。 で、それを踏まえると頭数を用意したって狙われる可能性が上がるだけで、碌に信じねぇだろうから足並みを揃えるのも難しい。 どう考えたっていない方がマシの足手纏いだ。 もう二桁も周回しているお前がそんな事を理解できていない訳がない。 そんなお前がわざわざ連れて行こうなんて言いだすんだ。 ――お前、自分が何を言ってるか理解してるか? クラスの連中を囮にするつもりだろうが。 俺としては協力してもいいとは思っていたが、使い捨てる気でいるなら組む話はなしだ」
考えている事を完全に言い当てられ、私は二の句が継げずにいた。
それでも座間に逃げられる訳にはいかないと何とか取り繕う。
「あ、あんたに話した事に嘘はない。 力を貸して欲しいのは本当。 座間はこれまで何度も力を貸してくれたからそんな事をするつもりは――」
嘘だった。 正直、座間が囮になって自分だけ助かるならそれでもいいと心のどこかで思っていた。
それでも座間に感謝してる事は本当で、可能であるなら助けたいとも思っている。
ただ、自分の安全を担保した上でだけど。 それを聞いて座間が鼻を鳴らす。
「は、どうだか? 悪いが俺はお前の周回とやらを実際に経験していないからな。 世話になったと言われても覚えがないからどうとでも取り繕えるだろ? 適当言って俺を騙そうとしてるんじゃないのか?」
――それを聞いた瞬間、私の中でぷちりと何かが切れた。
「だったらいい加減に思い出してよ! この件、何回やったと思ってるの!? さっきも言ったでしょ? 私は今回で十七回目。 もう十六回死んでるの! あんたに分かる? 首を刎ねられたり叩き潰されたり、変な虫みたいな化け物に嬲り殺される感覚を!」
座間が悪くないのは分かってる。 何故か私しか記憶を保持できない理由は分からない。
だから、これは八つ当たりだ。 自覚はしているけど言わずにはいられなかった。
気が付けば座間の胸倉を掴んで睨みつける。 座間の瞳に映る私の顔は憤怒に歪んでおり、それが自分の顔だと気が付くまで少しの間がある程に変わり果てていた。
「わ、分かった。 すまん。 俺が悪かった!」
座間はやや怯えた表情で私の手を放そうとやんわりと掴む。
私は気持ちを落ち着ける為に何度も深呼吸して強引にテンションを下げる。
「――ごめん。 でも、分かって欲しい。 私も余裕がないの」
「……つっても他を囮にするって案は正直、乗り気はしない」
「はっきり言う。 私とあんただけじゃここからは絶対に出られない」
連中の縄張りに徒歩で入ればあっという間に追いつかれて殺される。
足の遅さを乗り物で補おうとすれば音で即座に寄ってきて殺される。
はっきりいって完全に詰んでいる状態だ。 私はホラー映画や小説の主人公みたいに土壇場で起死回生の一手を思いつけるような出来の良い頭は持っていない。
だからといってこの街で無限に殺され続けろと?
冗談じゃない。 そんな目に遭うぐらいなら他人を蹴落として生き残る方法を選択する。
この段階で私はクラスメイトを効率よく使い捨てる事しか考えられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます