第26話 19周目
バスの座席で意識を取り戻した私はゆっくりとした動作で隣を見る。
出来れば何かの間違いであってほしい、そんな僅かな望みをかけての行動だった。
だけど、現実は無情だ。 座間の席には誰もいない。
もう座間はいないのだ。 認めたくないけど、もう当てにできない。
当然、御簾納もいない。 ぐるりと確認すると他に消えているクラスメイトはいないようだ。
座間以外にまともに協力してくれる奴はいないと思っているので、こうなってしまうともう誰が消えようがそこまでの問題はない。 ただ、囮に使えなくなるので減るのはあまり好ましくはなかった。
取りあえず、今回は逃げられないようにする必要がある。
私はバスガイドを無表情に眺め、到着までの間にどうすれば抵抗力を奪えるのだろうかと考え続けた。
「ひ、ひぃぃぃぃ」
到着までの時間に考えて出した結論は非常にシンプルだった。
バスガイドは涙を流しながら出血している肩を押さえている。
――そう、実際に刺せばいいのだ。
脅すだけではどこまで本気か理解されない。
だから、ちょっと痛い目に遭わせてこれが冗談ではないと体に分からせるのだ。
呼び出して顔を出した瞬間に肩に包丁を突き立て、突然の事態と唐突に襲って来た激痛に混乱している所に髪の毛を掴んで「私の指示に従えと」脅す。 前回とは打って変わってバスガイドは涙を流しながら何度も頷いた。
あまりにもあっさりと上手く行ったので拍子抜けしたぐらいだ。
思ったよりも深く刺さったようで出血が酷いけど、前回、前々回の非協力的な態度を見ている事もあって特に心は痛まなかった。 そしてそんな自分を俯瞰してみれば、なるほど座間のいう事は正しかったと思う。
座間は言った。 私は人を殺しそうだと。 刺した時もそこまでの葛藤がなかったので、今の私なら多分殺せそうだなと頭の芯にある冷静な部分がそう囁いた。
痛い痛いと泣くバスガイドに包丁を突きつけてフロントの奥まで歩かせ、放送設備に前々回と同様に熊が出たと放送して南のハイキングコースへ誘導するように指示する。
バスガイドは何をやらされようとしているのか理解できないので尋ねるような視線を向けて来るけど、答える代わり血に濡れた包丁を見せると選択肢はないと悟り、放送を行う。
「バスガイドの田中です。 皆さん落ち着いて聞いてください。 ホテルの敷地内に熊が入り込みました。 まだ屋内に入られては居ませんが危険なのでしおりの地図に記載されている南のハイキングコースへ避難してください。 繰り返します――」
何度か繰り返させた後、用事が済んだので私はバスガイドを開放した。
「も、もう行っていいのよね?」
「いいけど、余計な事をしたら殺しますからそのつもりで」
私がそう言うとバスガイドは悲鳴を上げて走り去っていった。
ホテルから出て少し離れた位置まで移動する。 出てくるかの確認をする為にこの位置に陣取っていた。
五分、十分と待っていたけど、誰かが出てくる気配はない。 熊程度じゃ駄目かと考えていると、正面から複数の人影が出てくる。 距離の所為で誰かまでは分からないけど複数人だ。
見た感じだと四、五人ぐらい? 体格から男子――近づいて来た所で私は大きく舌打ちした。
バスガイドが体力自慢の運動部所属の男子を引き連れていたからだ。
それだけならまだ良かったのだけど、全員包丁やフライパンなどの武器になりそうな物を持っていた。
明らかに避難ではなく、私に対する備えだ。 余計な事をするなと言ったのに、結局こうなるのか。
殺したくなかった事もあったけど、囮の数が減るような真似をしたくなかったので見逃した。
こうなるなら次は殺しておこう。 私は失敗を悟り、街へと駆け出した。
わざと大きな足音を立てて走る。 するとガラガラと音が近寄って――来ない?
微かだけど悲鳴が聞こえた。 人数が多いバスガイド達を先に襲ったようだ。
やっぱり、音には反応するけど多い方を優先するぐらいの知恵はあるのか。
分かっていた事ではあったけど、裏取りできたのは収穫かと小さく頷く。
やがてバスガイド達を仕留めたであろう火車がこちらに向かって来る気配。
取りあえず、刺せば動かせる事は分かったのだ。 次は殺して余計な事が出来ないようにしよう。
ガラガラと音が大きくなり。 霧の向こうに火車の姿が見え――私は潰された。
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