第8話 8周目①

 意識を取り戻した私が感じたのは掻き毟るような怒りだ。 

 兒玉ぁ! このクソ野郎、何をしてくれるんだ。 死ぬなら迷惑のかからない所で死ねよこの愚図が!

 この状況になったのは兒玉の所為ではないのは理解しているけど、貰い事故に遭った身としては恨み事の一つも言いたくなる。 数分ほど兒玉への呪詛を脳裏で垂れ流した後、少しだけ冷静になれたので今後の動きについて再検討だ。


 とりあえずコンビニが使えない事が分かっただけでも収穫だった。 立て籠もるのは無理だったけど物資の調達には使える。 次に考えるのは兒玉の事だ。 酷い有様ではあったけどホテルから逃げる事が出来たのは素直に凄いとは思う。 実際、私は即死だった事を考えると上手く振り切ったと言えるかもしれない。


 ……流石にあの状態ではどちらにせよ先はなかっただろうけど。


 逃げる余地があるという事はホテルにいるアレの数はそう多くないのかもしれない。

 なら隠れてやり過ごせる? いっそ、ホテルのどこかに隠れて消えるまで待つ方が良いのかもしれない。

 根拠は兒玉を追って何体かがコンビニまで来ていたからだ。 他が逃げればそれを追っていくかもしれない。 安全になってからゆっくりと出て逃げる。 このプランなら時間にも余裕があるから他にも時間を割けるので文江達を連れだす事もできそうだ。


 今回までで色々と情報も集まったので他の意見も聞いてみたい――私は内心で首を振る。

 色々とあり過ぎて誰かに話したいんだ。 散々、見捨てた癖にと我ながら思うけど、いい加減に誰かと話して自分の考えを聞いて欲しい。 そんな気持ちもあって今回は彼女達と一緒に避難しようと思ったのだ。


 

 到着後、トイレに行くと言って文江に荷物を押し付けると人が消えたタイミングでフロントを漁る。

 地図を探している途中でこの建物の見取り図があったのを思い出したからだ。 客向けの簡単なものではなく職員向けの客を通さない部屋の詳細が記されたそれを確認。 ぱっと見た限り、立て籠もるのに向いてそうなのは屋上か地下の倉庫だ。 見つかると逃げ場がないという欠点はあるけど、あいつ等は私達を狙っているようなので獲物がいないと知れば何処かへ行くはず。 どれも私の希望的観測だけど最善だと思う事を試していくしかない。 選ぶのは上か下か。


 どちらでもいいような気もするけど、地下では外の様子を確認できないのが怖い。

 そうなると候補は自然と上になる。 屋上への扉は施錠できるので、方針が決まったなら動くべきだ。

 私はフロントの奥にぶら下がっていた鍵――屋上とタグが付いたものをポケットに捻じ込むと部屋へと向かう。



 連れて行くと決めた以上、タイミングは重要だ。 その為、私は最初の展開をなぞるように部屋で過ごした。 最終的に事情を説明する必要はあるけど、とにかくどうにかして連れ出さないと。

 行くのは現れるであろう時間の少し前、大体十九時半前後で見ておけばいい。


 私はスマホの時刻表示を確認しつつ文江達と遊んで時間を潰す。


 「さっき下で見たんだけど、ここって屋上に入れるみたい。 折角の機会だし、ちょっと上から街の様子を見てみない?」


 適当に過ごしているといい時間になり、ゲームも一区切りついた所で私はさも今思いついたかのように提案する。 文江達はやや困惑の表情を浮かべていた。 流石に唐突だったか?


 「どうしたの急に?」

 「ほら、こんな霧なんて珍しいし景色もいい感じなのかなって思って……」


 後ろめたさもあって我ながら歯切れが悪い。 文江、星華は困惑、多代は首を傾げている。

 駄目か。 連れ出すのが無理ならもう諦めるしか――


 「まぁ、いいんじゃない? 織枝がこんな事言うの珍しいし、付き合うのもありでしょ」

 「私もいいわ。 ちょっと興味あるし」

 「うん。 いいよ」


 文江、多代、星華の順でいいよと頷いてくれた。 それを見てあぁよかったと内心で胸を撫で下ろした。

 取りあえず上手く連れ出せそうだ。



 スマホの時刻表示は19:45を示しており、日はすっかり落ちて夜となっていた。

 

 「おおう、凄い眺めだねぇ……」


 文江がそんな感想を漏らす。 実際、何とも幻想的な光景だった。

 分厚い霧が街を覆っており、あちこちに灯る街灯が僅かに漏れておりぼんやりとその輪郭を浮かび上がらせる。 皆が景色に夢中になっている間に屋上の扉を施錠して出られないようにしておく。


 事前に開錠はしておいたので入る時は開いており、文江達は疑問を抱かずに入っていた。

 時間的にそろそろ危なくなりそうだ。 十数分ほど景色を眺めていたけど飽きて来たのか戻ろうかといった空気が出て来た所で私は皆にちょっと聞いて欲しいと注目させた。


 「なになに? どうかした?」

 「信じられないかもしれないけど私の話を聞いて、出来れば信じて欲しいの」


 私の表情から何かを察したのか取りあえず全員が話を聞いてくれるようだ。

 ここに来るまでに頭の中で話す内容を纏めておいた。 分かり易く、長引くようにだ。

 話した所で完璧に信じさせるのは前回の失敗からも明らかなので、このまま時間を置いて騒ぎが起こっている事を見せつければ疑うも何もないだろう。

 

 この街に入ってからの私の悪夢のような経験をざっくりだけどもったいぶって数十分に渡って話した。

 途中、質問を挟もうとしてきていたけど私はそれを許さず、やや強引に最後まで話して聞かせる。

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