第34話 55周目

 私は馬鹿なのだろうか。

 どうしてこんな簡単な事に気が付かなかったのだろう。

 初めからこうすればいいんじゃないか。 それに気が付いた私は早々にホテルの屋上から飛び降りて自殺した。


 そして五十五周目。 バスに戻った私は鞄からボールペンを取り出すと即座に座席から立ち上がって真っ直ぐに歩き出す。

 いきなり動き出した私に何人かが訝しむような表情を浮かべるけど無視する。

 

 「おい、遥香どうした?」

 

 楢木が何か言っているけどそっちも無視。 私は他には見向きもせずに運転席まで向かう。

 

 「バスを止めて」

 

 運転手は何を言っているんだといった表情を浮かべる。

 素直に聞き入れる気はなさそうだったのでボールペンをその足に突き立てた。

 運転手は激痛に表情を歪めてハンドル操作を誤り、バスがトンネルの壁に衝突する。

 衝撃であちこちぶつけたけど、大きな怪我はしなかった。 突然の出来事に混乱する状況に構わず私は運転席にあるレバーなどを片端から操作して扉を開けて車外へ飛び出し、そのままトンネル内を走る。


 私は本当に馬鹿だった。

 わざわざ逃げ道が塞がるまで待っていてどうするんだ。 来る時のトンネルでは襲われなかったのだからここで戻れば逃げ切れるじゃないか。 今までの苦労と味わった絶望は何だったのかと言いたくなる。


 後ろから呼び止める声が聞こえるけど完全に無視して全力で出口へと向かって駆け出す。

 周囲を確認すると妖怪がいる気配はない。 行ける。

 私は足が千切れても構わないと言わんばかりに全力以上の力を出す。 トンネルの出口が徐々に近づき――



 ――抜けたと同時に冷たい風が一気に全身を襲う。

 

 そこには霧も何もなく、夕暮れが始まった山道だった。

 

 「――今度は遥香か」


 不意に後ろから声が響き、弾かれたように振り返ると消えたはずの座間が道路脇にいた。

 いや、座間だけじゃない。 御簾納と目次も一緒だ。

 御簾納は不調が抜けていないのか青い顔のままで目次は無表情。

 座間は苛立ちの混ざったような険しい顔だった。


 「座間、あんた無事だったの!? 消えてからどれだけ大変だったか……」

 「あぁ、やっぱりそっちでも俺が消えてたか」

 「……どういう事?」


 事情がさっぱり分からない。 私の困惑を察したのか座間は小さく嘆息する。

 その姿は一緒に行動していた時とはまるで別人だった。


 「まずは前提の確認だ。 お前はトンネルの向こうのクソみたいな街で死ねば戻るクソゲーをやらされていた。 間違いないな?」

 「記憶が戻ったの?」


 座間は小さく肩を竦める。


 「そうじゃねぇよ。 ってかその様子だと向こうの俺とよろしくやってたらしいな」

 「向こうの俺?」

 「あぁ、結論を先に言うとな。 俺達は全員、並行して全く同じ脱出ゲームみたいな事をやらされてたんだよ」

 

 死んだら戻るという点はゲームみたいだとは思ったし、実際に座間がそう言っていた。

 ただ、全員が並行して行っているという話がうまく呑み込めずに私は言葉を返せない。

 理解できていない私に呆れたのか座間は小さく溜息をついた。 


 「……はぁ、お前以外は記憶を保持できていない状態で何度もやり直している。 ここまではいいな?」


 頷くと座間は話を続ける。


 「要はお前以外のクラスの連中は全員NPCみてぇなもので本物じゃないんだよ。 俺の時も何も知らないお前がいたぞ」


 そこまで聞かされてようやく私の頭に理解が広がる。

 つまりあのバスに乗っていた全員が私と同じ状態で今も脱出の為に足掻いているという事だ。

 

 「――で、一抜けした奴は理由は分からんが消えるらしいな。 そっちだと御簾納、俺、目次の順番で消えたんじゃないか?」


 その通りだったので頷きで返す。

 

 「今の所、分かっているのはそれぐらいだな。 ――あぁ、それと中での一周はこっちでの一分ぐらいってところか。 スマホ持ってるだろ? 見てみろ」

 

 言われて確認すると十七時を過ぎた辺りだった。

 

 「トンネルに入ったのが十六時を少し過ぎたぐらいだから。 お前は大体五十五、六回でクリアって訳だ。 合ってるだろ?」


 そこまで説明して座間は疲れたように息を吐いて座り込んだ。


 「ったく本当にクソみたいな目に遭った。 戻ったらバスは引っくり返って通れないし、街を抜けようにもどこ行っても妖怪みたいなナリをした化け物がうようよしてるし、クラスの連中に協力を求めたらどっかの誰かがくだらねぇ茶々を入れて邪魔するしで死ぬほど苛ついたぞ」


 そういって座間は私を睨みつける。 攻めるような視線に理不尽を感じて睨み返した。


 「どういう事?」

 「クラスの連中を説得しようとするとな、必ずお前が嘘くさいだのなんだの言ってとっくにくたばった楢木を待とうとか言い出すもんだからそれに流されて部屋に引っ込む奴が多かったんだよ」


 私が? そんな行動を取る?

 俄かには信じられなかった。 やられたら死ぬほど腹が立つ行動を私自身が行っていたなんて信じたくなかったというのが本音か。 本当かと残りの二人に視線を向けると御簾納は分からないと首を振り、目次は少しだけ苦い顔をする。


 「悪いけど俺の時も邪魔された。 ぶっちゃけうざかった」

 「私は早い段階で抜けられたから知らない」


 それを聞いて私は頭を抱えたくなった。 何も知らないと私はそんな真似をするのか。

 

 「……その、ごめん」


 あの地獄を体験した身としては足を引っ張られる事の不快さは私が一番よく知っている。

 そんな事をやっていたのなら謝るしかなかった。


 「いや、こっちこそ悪かった。 お前に当たっても仕方がないのは分かってるんだけど、ちょっと、な」

 「ごめん遥香さん。 俺も感じ悪かったな」


 座間と目次は私が謝るとは思わなかったのか少し驚いた表情をしてそう返した。

 一先ずだけど状況は理解できたけど、問題はこの後どうするかだ。

 

 「これからどうするつもり?」

 「正直、どうしたものかって感じだな。 最初は全員出てくるまで待つって話だったが、これだけ時間が経って四人しか出て来れないってなると最悪、帰って来ない奴が出る事も覚悟してたところだ」

 「座間の言う通り、待つつもりだったんだけどこの季節に山で一晩はちょっと危ない。 道路を歩けば人の居る場所には戻れるだろうけど距離を考えると助けを呼ぶ方向で話をしてたんだ」


 なるほど。 他を待って山を下りるつもりだったけど戻って来る人数が少ないので自分達の安全を確保しようといった話になっていたらしい。

 スマホを見ると弱いが電波が入っているので助けを呼ぶ事は可能だろう。


 「外と連絡が取れるなら学校経由で他のクラスのバスに拾ってもらうとかは?」

 「……考えなかった訳じゃないが、お前もう一回あのトンネル通る度胸あるか?」

 

 そういわれて私は黙るしかなかった。 可能であればあの街へは二度と行きたくない。

 同じ経験をしたのだから座間達も同様なのだろう。

 

 「取りあえず、もう一時間待ったらぼちぼち山を下りるか」


 座間がそういうと私を含めて誰も異論はなく、全員が頷いた。

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