第35話 エピローグ

 地獄のような時間だったけど終わってみれば呆気なかった。

 しばらく待ったけど誰も出てこなかったので私達はスマホの電源を切ってから徒歩で山を下り、その間に口裏合わせの相談を済ませて山道を数時間かけて踏破し、街の灯りが見えたところで電源を入れて外に連絡を取った。


 履歴を見ると両親や知らない番号からの着信が大量に来ている。


 「こっちもだな。 流石に一クラス丸ごと消えてたらこうなるか」

「俺もだ。 取りあえず家に連絡しよう」

 「ごめん。 私は疲れたからちょっと自販機で飲み物買ってくる」


 座間と目次はさっさとどこかに連絡を始め、御簾納は疲れたと言って少し離れた位置にある自販機へとふらふらと歩いて行った。

 私も両親へと連絡を取る。 呼び出し音を聞きながら空を見上げるとすっかり夜も更けて深夜と言っていい時間になっており、雲の切れ間に星と月の輝きが見えた。

 

 あの街の中では霧に邪魔されて空すらまともに見えなかったので、助かったんだと安心感が胸に満ちる。

 そしてその安心はスマホの向こうから聞こえる母親の声で確信に変わった。

 

 ……あぁ、もう大丈夫なんだと。


 こうして私が霧の街で味わった地獄のような時間は終わりを告げた。




 「――で? こんな所に呼び出して何の用だ?」


 場所は喫茶店。 私は座間と向かい合っている。

 あの後、結構な騒ぎとっていた。 一クラスが丸ごと消えたので当然だ。

 私達以外に脱出できたクラスメイトはおらず、事情の説明の為にあちこちへと引っ張り回された。

 

 親、学校、警察と何回同じ話をしたのか思い出せない。

 どうせ信じて貰えない上、内部でやった事は表に出したくなかったので全員で口裏を合わせた。

 内容としてはトンネルを抜けた先は霧に覆われており、私達四人はその風景の珍しさに外を歩いていたけどハイキングコースに入ったところで大きな生き物に追いかけられて、逃げている内に気が付けば山を下りていた。


 連絡を取ろうにも街の中では圏外だった。 他のクラスメイトや担任の楢木の事は知らないで通した。

 神隠しに関しては地元では有名ではあったけど、今回は消えた数が多すぎる。

 テレビを付ければこの一件で持ち切りだ。


 『現代の神隠し! 修学旅行中に一クラスが失踪!!』

 『事故? ――県、修学旅行一クラス行方不明事件』

 『大型動物の仕業? 難を逃れた学生が語る真実!』


 スマホでニュースサイトを開いてもその話題で持ち切り。

 取材の申し込みが殺到してしばらくの間、家から外に出る事すら出来なかった。

 一か月経って少し落ち着いたのかようやくこうして出歩けるようになったのだ。


 当然ながら学校には通えず、時間を持て余した私はこうして座間を呼び出して話を聞こうと思う程度にはやる事がなかった。

 座間は向こうの私に随分と足を引っ張られた所為か、対応は冷ややかだ。

 世話になった身としてはこの態度に少し傷つくけど、仕方がないと割り切っている。


 「色々と調べてるんでしょ? 分かってる事があったら教えて欲しい」

 「……はぁ、まぁそんな事だろうと思った。 具体的に何が聞きたい?」

 「結局、私達に起こった事は何だったの?」

 

 座間は注文したアイスコーヒーをかき混ぜながら少しの間、黙っていた。

 答えられないというよりは言葉を探しているようだったので、じっと待ち続ける。


 「まずは俺達が消えた理由と他が戻って来れなかった理由だ。 神隠しの話は向こうの俺から聞いてるんだったな?」

 「妖怪の話と併せて昔からあるっていうのは聞いた。 それと似たような体験して抜け出したって話も」

 「検証した訳じゃないから、あくまで仮説って点は最初に頭に入れとけよ? こういうのに詳しいダチがいてな」

 「バイトで修学旅行に参加したんでしょ?」

 「そこまで知ってんのかよ。 自分の知らない所で事情をペラペラ喋られるのは思ったよりモヤっとするな。 まぁ、いいや。 取りあえず、そいつの話ではあの現象は特定の場所とタイミングが揃えば発生すると考えられている」

 「場所とタイミング?」

 「あぁ、具体的にはあの時間帯、要は御簾納の奴が車酔いでぶっ倒れて遅れた結果だな。 そうでもなければ他のクラスの連中が無事に目的地に辿り着けている事の説明が付かない。 後は場所、これは言うまでもないだろうがトンネルだな」

 

 それは私も察しがついていた。 そもそも戻ってくる場所がトンネルの中なのだ。

 疑うなという方が無理な話だった。


 「そいつ曰く『逢魔が時』っていうよくないものに出くわし易い時間がそうじゃないのかって話だ」

 「……逢魔が時……」


 座間は小さく息を吐いてコーヒーに口を付けて喉を潤す。


 「詳しくいうと夕暮れ時――周りの景色が見え辛くなる時間帯の事を指すらしいな。 それで化け物の類と出くわす時間帯って考えられているんだとさ」

 「その逢魔が時にトンネルを抜けるとあの街に出るって事?」

 「他にもありそうだが、分かり易い要因はそれだろうな。 トンネルはよく怪談話のネタに使われているだけあって、普通じゃない場所との境界と定義されるって話もある」


 やっぱり御簾納の所為じゃないの。 あの女、機会があったら八つ裂きにしてやりたい。

 座間はコーヒーを飲み切ったのかズルズルと音を立てる。


 「――で、他が戻って来なかった理由なんだが、俺達が街の中でくたばっている間も外では時間が経過していた。 ここは問題ないな?」


 座間の言う通りだ。 大体、一回死ぬ毎に外で一分経過していた。

 その辺は出た時に聞いた話と私自身がスマホの時刻表示で確認したので間違いない。


 「さっきの逢魔が時の話と被るんだが、あの街へは特定の時間と場所が必要になる。 で、外では時間が経過しているって事を考えると――」

 「――時間内、つまりは一定の周回数を超えると出られなくなる」

 

 出入りできるのは座間の言う逢魔が時の間だけ。 それを過ぎると出られなくなる。

 確かにそう考えるなら私達以外が消えたままなのも納得がいく。

 

 「それなら翌日の同じ時間帯にはまた出られるようになるんじゃない?」

 「さあな。 そこまでは知らねぇよ。 ぶっちゃけるとあの街を出るには早々にバスから降りてトンネルを抜ける以外はまず無理だ。 察しのいい奴は早いだろうが、そうでなくても回数を重ねれば気が付くとは思う。 それでも出てこないのは出て来られなくなったって思うのが自然だが、時間経過に関しては外に出ないと分からんだろうし、あそこで丸一日経過するって事は周回数は千を軽く超える。 仮に出られるにしても正気でいられているか怪しい」

 

 座間の言う通りだ。 あんな事を千回――いや、二十四時間なら千五百近く死んでは戻るを繰り返す。

 想像しただけで恐怖で身が竦む。 出られない間に脱出方法に気が付いた上で失敗すれば、間違いなく絶望するだろう。 私ならどうするだろうか?


 恐らくひたすらクラスメイトを殺すか自殺を繰り返すだけの狂った存在となる。

 実際、私はそうなりかけていた。 そんな事を四桁の回数も繰り返せば間違いなく正気ではいられないだろう。 座間は「そうなった場合の事は想像もしたくねぇな」と呟くと、コーヒーを一気に飲み切る。  


 「話は終わりか? なら俺は帰る――」

 「――皆は生きてると思う?」

 

 腰を上げかけた座間は座り直すと、思案するように沈黙する。

 

 「……何とも言えんな。 さっきも言ったが、生きているなら出られる可能性はあるが、もう一か月経って誰も出てこない所を見ると死んでる可能性は高い。 ――いや、死んでた方が幸せだと思うから生きていないと思いたいだけかもしれねぇな。 逢魔が時を過ぎた時、あの街がどうなるのかはもう外からじゃ分からない。 閉じ込められた連中諸共消えてなくなるのか、単に出られなくなるだけなのか。 もっと言うならあの街自体が一体何なのか考えれば考えるほどに疑問は出るだろうが、興味があるかと聞かれればない事はないが、関わり合う事のヤバさは理解してるから俺はもうあそこには二度と近寄らねぇし、似たようなスポットにも絶対に行かないって決めた」


 座間はそこまで言うと今度こそ立ち上がった。


 「用事は済んだし俺は帰る。 鬱陶しい取材の申し込みを狙ってるやつがどこにいるか知らんし、気を付けるんだな」


 立ち去ろうとして座間は足を止めた。


 「最後に聞いていいか?」

 「何?」

 「お前、何かする気なのか?」


 座間の質問に私は首を振る。


 「その辺はあんたと一緒、知らないままでいるのが嫌だっただけで関わる気はないから」

 「……ならいい。 別に何もするなとは言わんが俺を巻き込むなよ」


 それだけ言うと座間は帰って行った。

 私も小さく息を吐き、会計を済ませて店を後にする。

 もう寒い時期なので外に出ると冷気に体が震え、空を見上げるとどんよりとした雲に覆われており薄暗い。


 まるで今の自分のようだとぼんやりと思った。

 座間の言う通り、あんな経験は二度としたくないし、怪しい場所に近寄らなければ永遠に遭遇する事はない。 分かっている。

 

 これに関しては可能であれば忘れる事が正解なのだと。

 でも、私の体には残っていなくても記憶には拭いきれない汚れのようにこびり付いている。

 殺された感触、殺した感触、そして自ら命を絶った絶望。 忘れるには一か月は短いのかもしれない。

 

 ……私は本当にこの経験を忘れられるのだろうか?


 今でも夢に見る上、ふとした事でフラッシュバックする。

 両親は熊か何かに追いかけまわされたと思っているので、無事だったんだし忘れた方がいいと毒にも薬にもならない事を口にし、念の為にと受けさせられたカウンセリングでは気の持ちようとかふざけた事を言われて腹が立ったけどそれだけだった。


 この気持ちを理解できるのは今回の一件を生き残った者だけだろう。

 恐らく私はこの出来事をトラウマとして一生抱えて生きていく事になる。

 まるで呪いだった。 どうすれば解けるのか全く分からないけど、折り合いをつけるのか何らかの形で清算しなければならないのか。  


 生き残りはしたけど、目を閉じれば今でも思い出す。

 あの霧に包まれた街とそこで遭遇した恐怖と絶望を。

 私は大きく溜息を吐くと踵を返して帰宅するべくその場を後にした。

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