第28話 20周目②

 「俺の個人的な考えだけど、この状況は普通じゃない。 だから、助けを呼びに行った方がいいと思う。 もしかしたら、これは余計な事で場合によっては動かない方が正解だったってオチもあるかもしれない。 それでも俺は提案する。 人数を割いて助けを呼びに行くのがいいと思う」

 「……それは分かったけど、具体的にはどうやって呼ぶんだよ?」


 そういったのは兒玉だ。 私は状況を黙って見ている。

 思った以上に呑み込みが早い。 一瞬、何もかもを正直に話して協力を仰ぐべきかとも思ったけど、よくよく考えたらバスガイドの死体が決定打だった事もあり、下手な事を言って私が殺したと気付かれても面倒だった。 今は様子を見るに留めるべきだ。


 「あ、あぁ、まずは班を分けて行動したい。 大きく分けて三つ、ここの確保をする班、助けを呼びに行く班、最後に街の調査をする班だな」

 

 ちらりとスマホの時刻表示を確認する。 鬼が来るまでまだ時間はあるけど、突破は厳しい。

 今回も脱出は難しそうだ。 場合によっては狙ってもいいけど、突破は諦めた方がいいかもしれない。

 可能であるなら今回の推移を見守って脱出の足掛かりにするべきだ。


 「――誰か、志願者は居ないか? 言いだしっぺだし、俺は助けを呼びに行く班に入ろうかと思ってる。 出来れば運動部で体力に自信がある奴が付き合ってくれるとありがたいが……」


 目次の提案はこの情報が少ない状況では最適解ともいえる程だった。

 問題は目次一人がやる気になっても他が乗らないと意味がない。

 軽く周囲を見回すと一部の男子は乗り気だったけど、女子は興味がないか、部屋に戻ろうとするかのどちらかだった。 私も事情を知らなければ似たような反応を取っていたと思う。

 

 文江達は危ないから止めなよと言って来たけど首を振って拒否する。

 

 「外を見て来たけど、明らかに普通じゃない。 バスガイドさんも死んでるし、私はここに居るのが怖い。 だから、街から出たいの」

 「でも……」

 「ちょっと考えてみて。 仮に殺人鬼が居たとする。 そんな相手が部屋に立てこもった程度で諦めると思う? ここのホテルのドアぐらいならどうにかして開けようとしてくると思わない?」


 バスガイドを殺しておいて何て言い草だと思いながらも私はすらすらと説得の為の言葉を口にする。

 経験上、しっかりと説明すれば分かってはくれると思うけど、今は時間が惜しい。

 文江達は少し悩んでいたけど、ややあって分かったと頷く。


 星華はまだ本調子じゃないのでここに残り、残りの二人は参加となった。

 その後は班分けとなったけど、街の探索ならやり尽くしたので脱出組に志願する。

 かなり疲れる道程になりそうなので文江が露骨に嫌な顔をしていたけど気にしない。

 

 私と後は文江達は参加となる。 後は男子が数名だ。

 その後、脱出と調査で班分けとなったが、じゃんけんという分かり易い方法で決めた。

 結果、私と文江達と目次が脱出班となった。


 女子ばかりで目次はちょっと嫌そうな顔をしていたけど、下手に文句を言う事で難色を示してやっぱり協力するのを止めると言われると困るとでも思ったのか文句は言わなかった。

 

 「取りあえず、街から出ようかと思う」


 方針が決まって行動となった。

 街の調査に向かったクラスメイトは散って、残りはホテルの一階で固まって身を守る事にしたみたいだ。 鬼が来たら皆殺しにされるだろうけど、どうにもならない。


 「それは分かったけど、どのルートで出るの?」

 「少し距離があるけどバスで通ったトンネルから出ようかと考えてるんだけど……」 


 街を歩きながら尋ねると目次はそう答えた。

 トンネルは横転したバスで塞がっており、餓者髑髏が居るので思いとどまらせた方がいい。

 

 「遠くない?」

 「まぁ、確かに結構歩く事になりそうだけど……」

 「確認なんだけど、私達は街から出てこの異常事態を外に伝えて助けを呼びに行くんだよね?」

 

 目次が大きく頷く。


 「だったら無理にトンネルを使わなくもいいんじゃない?」

 「どういう事?」

 「助けを呼ぶだけならスマホが使えるところまで移動して警察なりなんなりに通報したらいいと思う」

 「なるほど。 それなら助けを呼ぶまでのハードルは低くなるか。 遥香さんはどこでなら電波が入ると思う?」

 「しおりで見たけどこの街って四方が山に囲まれているから越えさえすれば電波が入るんじゃない?」


 もっと細かくいうのならこの忌々しい霧さえ抜ければ助かると思っているので少ない移動距離で突破を図るのが最も可能性の高い方法だ。 伊達に十九回も死んでいない。

 

 「……だとしたらハイキングコースになるか。 ――一番近いのは……南側?」

 「多分、南で合っていると思う」

 「……南かぁ。 さっきのバスガイドさんの放送でも出てたの南だよな。 行くのは正直、怖い」

 

 失敗したと内心で思う。 こんな事なら北とか西とか言わせておけばよかった。

 次は殺す前にもっと誘導できそうな事を言わせよう。

 

 「ね、ねぇ、織枝。 南ってヤバくない?」

 

 多代が不安そうに私の袖を引っ張って来るけど、私は素知らぬ顔で首を傾げて見せる。


 「その放送を聞いていないから分からないけど、ここからだと一番近いのは南側だよ?」

 「遥香さんの言う通り、一番近いのは南か。 ただ、バスガイドさんがなんで南に逃げろって言ったのかが気になる。 もしも殺人犯に言わされたのなら南は危ないと思う」 

 「そうね。 でも、もしかしたら南を強調したのは逆に来て欲しくないからかもしれないって考えられない?」


 私としては南に向かってくれる方が都合が良いので、なるべくそちらに誘導する形で会話を繋げる。

 流石に露骨にやると怪しまれるので「ただ、南が怪しいのは確かだから他にする?」と付け加えた。

 目次は悩んでいるのか小さく唸る。 判断が付かないのか、文江達に視線を向けた。

 

 「ごめん。 わかんない」

 「織枝はどう思うの?」


 多代は判断が付かないと首を振り、文江は私に判断を求める。

 

 「私としては南がいいと思う。 理由は単純に一番近いから。 もしかしたら不審者が居るかもしれないけどこっちは四人いるから手を出し難いと思うし、こう見えてもかなり怖いから一刻も早くこの街から出たいっていうのも大きい」

 

 早く出たいって話は嘘じゃない。 ただ、前半に関しては自業自得なので誤魔化すしかなかった。

 目次は少しの間、沈黙し、周囲に立ち込める霧を見て――


 「分かった。 南側のハイキングコースに行こう」


 ――そう決めた。




 ――可能であれば突破を図りたいけど、できないのなら最低でも情報は持ち帰りたい。

 

 私が知りたいのは鎌鼬の攻撃する優先順位だ。

 狙われ易い挙動があるのならそれをしない事で私の生存率は上がる。

 手持ちの情報ではっきりしているのは音に寄って来る事。 つまり悲鳴の類は絶対にダメだ。

 

 後は足音? 最悪、靴を脱いで素足の方が音を消せる?

 

 「ね、ねぇ、さっきの音って何だったんだろう?」

 「……分からない。 でも、明らかに車の音じゃなかったし、近寄らない方がいいと思う」


 多代が行っているのは来る途中に聞こえた火車の移動音だ。

 ハイキングコースに辿り着く前に襲われても敵わないので全員にとにかく静かに移動しようと釘を刺した甲斐はあった。 一人の時は入って少し、バイクで入った時は即座、囮を用意した時は若干の遅れはあったけど多少は進めた。 座間と分かれて逃げた時、狙いが分散した以上、人数が多ければ多い程に突破の可能性が上がる事は間違いない。


 今回は四人。 条件としてはかなりいい。

 何とか他に鎌鼬を押し付けて私だけでも逃げ切らなければならない。

 目次達を切り捨てる事は既に決めていたので躊躇いはなく、今の私なら何の容赦もなく見捨てられる。

 

 友情は美しいと誰かが言ったような気もするけど、圧倒的な身の危険の前には何の役にも立たない。

 半端な情は命を落とす要因という事はこの街での経験で嫌という程に思い知らされた。

 だから、私は他の皆を務めて視界に入れず、前だけを見て耳を澄まし、五感の全てを周囲の変化を感じ取れるように研ぎ澄ます。


 「ね、ねぇ、織枝……」

 

 多代が不安なのか何か言おうとしているけど私は指を唇に当てて静かにしろとだけ伝えて歩く。

 他の二人は話す余裕がないのか静かだ。 少し歩き、そろそろ私が最初に襲われた地点に到着するぐらいで変化が現れた。


 ――来た。


 ガサガサと草むらが揺れる音。 明らかに風ではなく何かが移動した事によって発生する音だ。

 

 「な、何だ。 何か近づいて来てるのか?」

 「走って!」


 私が鋭くそう叫んで駆け出すと他もつられて動き出す。

 

 「織枝! 何!? 何なの!?」

 「私が知る訳ないでしょ? ただ、はっきりしているのは普通じゃないって事。 捕まると碌な目に遭わなさそうだから逃げる。 単純でしょ?」

 

 私はそういって必死に走る。 鎌鼬が来ているのは背後。

 位置関係を考えるなら襲われる可能性が高いのは後ろから順番だけど、逃がさない事に重きを置いているのなら取り逃がす可能性のある先頭の私を狙う事も充分にあり得る。


 せめて今回はその点だけでも見極め――


 不意に視界がずれた。 これは経験がある。

 首を落とされたのだ。 胴体からの落下により視界が一気に下がる。

 ゴロゴロと転がりながら一瞬、見えたのは胴体と泣き別れた皆の首なし死体だった。


 あぁ、駄目だったか。 最後にそう思考して私の意識は消えた。

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