第29話 21周目

 二、三人の水増し程度では囮にもならない。

 それが分かっただけでも収穫なのかもしれないけど、突破の難しさが浮き彫りになっただけとも取れる。

 一瞬の事だったのではっきりとは認識できなかったけど、感じから後ろから順番に切られたのは分かった。


 根拠は私の首が落ちた時点で他が全員倒れていたからだ。

 つまり鎌鼬は後ろから順番に狙う。 要は先頭にいれば狙われるのは最後になる。

 囮が有効である証明にはなったけど、数人ではあっという間に食い破られるので意味がない。


 やはり大人数を動かさないと結果が変わらないので、方法を練る必要がある。

 取りあえずバスガイドを殺してその状況を利用する形が最も望ましい。

 一回やったので殺す所までは問題なかった。 精々、返り血を浴びないように気を付ける必要があるくらいだ。


 ……どうやってクラスを動かすか……。


 私はクラスメイトを効率よく利用する手段を練りながら視線を外へと向けた。



 「ふ、不審者がこのホテルに入り込んでいます! 刃物を持っていて大変危険です! 皆さん逃げてください! 逃げて!」


 放送を終了し、バスガイドがもういいでしょと振り返ろうとしたタイミングで背後から喉を掻き切った。

 血液が派手に噴き出し、放送設備を赤く染める。 返り血は気を付けたので手に少しかかった程度で済んだ。 これなら手を洗うだけで済む。


 望む展開に持って行く為にバスガイドに喋らせる文言を変えさせた。

 どこへ逃げるかの具体的な指定はせず、とにかくホテルにいると危ないぞとだけ言わせる。

 後は用済みになった所で余計な事をされる前に処分して後顧の憂いを断ちつつ、死体を転がして状況に対する説得力を持たせる事に一役買ってもらう。


 これで下準備は完了だ。 外に出て時間を潰す事も考えたけど、状況をコントロールする為にこの場に留まって第一発見者になるのが最良だろう。

 しばらくフロントで待っていると階段から目次を筆頭に男子数名が恐る恐るといった感じで顔を出す。


 「は、遥香か! お前もさっきの放送を聞いて降りて来たのか?」


 声をかけて来たのは兒玉だ。 私は気分が悪い風を装ってフロントの奥を指差す。

 

 「……信じられないかもしれないけど奥でバスガイドさんが死んでる」

 

 目次達は口々にマジかよと呟いてフロントの奥へ。

 少しすると死体を確認して小さく呻く声が聞こえた。


 「遥香さんはどうしてここに? 俺達は放送を聞いて降りて来たんだ」

 

 青い顔をした目次が私に事情を聞こうと戻ってきた。


 「私はさっきまでコンビニに行ってたんだけど、店員がいなかったから買い物ができずに戻ってきたところ。 ホテルに戻ろうとしたら誰かが出て行くのが見えたからちょっと変だなって思ってたけど、フロントが少し散らかっていたから気になって中を見たら……」


 フロントにあった物が床に散らばっている。 さっき適当にばら撒いた。

 本業の人間なら看破されるかもしれないけどこいつ等を騙す分には充分だ。

 突然の事態に対しての混乱を上手く利用する。


 「誰かって、姿を見たんじゃないのか?」 

 「外の霧の所為で輪郭しか見えなかった。 ただ、かなり大きかったからウチの男子には見えなかったから変だとは思ったんだけど……」

 「そいつはどこに?」

 「分からない。 ホテルの裏手に向かったように見えたけど後は見てないから何とも……それよりも放送って何? 私もいきなりで状況がよく分かってないの」

 「あ、あぁ、さっきいきなりバスガイドさんが刃物を持った男がホテルに入ってきたから逃げろって放送で言い出して。 座間達が消えた事もあって普通じゃない状況だし、俺達で様子を見ようって事になって降りて来たんだ」

 「そうだったんだ。 他の皆は?」

 「流石に内容が内容だったから女子は皆固まって上で待ってる。 取りあえず、こっちに呼んで来た方がいいか」


 その後、目次が私から話を聞き、他が上に戻って皆を呼びに行く事となった。

 降りて来たクラスメイト達はバスガイドの死体を見て悲鳴を上げ、目次が犯人らしき人影がホテルの裏に逃げて行ったと説明し一先ず落ち着きはしたけどこれからの事を考えると不安は拭えずに「どうしよう」と口々に恐怖と戸惑いを口にしている。


 「み、皆、聞いてくれ! これからどうするのかを話し合いたい!」


 目次が何かしなければとそんな事を口にする。 この辺りは前回と似た展開だった。

 ただ、第一発見者として私への注目は強くなっている。

 狙った通りの展開だったので目次の質問に答える形で事情を説明し、今後どうするかへと話題をシフトしていく。


 こちらも展開としてはほぼ同じ流れだ。

 街の調査――と言うよりは人がいるかの確認。 これは私が外で一切、人を見なかった事から調べる為に人数を割こうといった話になった。 もしもいないのなら異常事態――とは言ってもバズガイドが死んでいる時点で異常事態ではあるけど。


 「人がいないってのはマジなのか?」

 「少なくとも私の見た範囲では見てない。 コンビニも空だった」


 兒玉の質問に肩を竦めて見せる。


 「とにかく、不審者がまだいるかもしれないかもしれないから外に出ない奴は部屋に戻らずにここに固まって身を守るのがいいと思う。 あくまでこれは提案だから従えとか言うつもりはないから気に入らないなら好きに動いたらいいと思う、ただバスガイドさんの事もあるし単独行動はお勧めできない」

 

 目次は場を仕切るという点では優秀だった。

 強要するような真似は一切せず、各々の判断に委ねる形にしたのは上手い判断だと思う。


 「遥香さんもそれでいいかい?」

 

 私は小さく首を振る。


 「私としては調査より脱出に人数を割いた方がいいと思う」


 調べてもいない事は分かり切っている上、火車がいるので調査に送った分だけ無駄に死なせてしまう。

 鎌鼬の追撃を振り切るには盾は多い方がいい。 可能であるなら全員連れて行きたいぐらいだ。

 二十人以上いれば二、三分ぐらいは保つかもしれない。 その隙にどうにか突破を図るのだ。


 「理由は?」

 「単純に調べる意味がないと思っているから。 助けを呼ぼうって発想が出ている時点でここが普通じゃないって分かってるんでしょ? だったら余計な事をせずに頭数を揃えて脱出すればいい。 人数がいればいる程、バスガイドさんを殺した不審者と遭遇しても安全だし、抜ける事の難易度も下がると思う」

 

 この辺はバスの中で考えて用意していた回答だったのですらすらと口から飛び出す。

 我ながら息をするように嘘を吐くなと変わってしまった自分に少しだけ悲しくなる。

 目次は考えるような素振りを見せ――ややあって頷く。

 

 「そうだね。 遥香さんの言う通りだ。 脱出と居残りで人数を分けたい。 俺は脱出に入るから我こそはと思う奴は加わってくれ」 


 クラスメイト達は少しの間、悩むと各々どうするかを決めた。


 結局、脱出に賛同したのは全部で十六人。

 クラスの人数は三十四人で、座間と御簾納を引いて合計三十二人。

 半数が脱出、残りが居残りと綺麗に割れた形となった。


 目次がやたらと私に意見を求める事もあってこの場での私の発言力が強まってたのもいい方向に作用し、南を目指すべきだといった提案は驚く程にあっさりと通る事となった。

 ここまであっさり行くと若干、拍子抜けといった気持ちにはなったけど、バスガイドを殺した事によって発生した状況なので相応の代償は支払ったかと納得する。


 取りあえず頭数は揃った。 クラスの半数を誘導できるのは大きい。

 問題は火車だけどこれまでの経験から大きな音を出さず、テリトリーである市街地の外れを移動するようにすれば遭遇率は落とせる。 後は誰かが無駄に騒がない事と遭遇しない事を祈りながら行くしかない。


 恐らくだけど、これ以上の人数を集める事は不可能だ。

 これで突破ができないならあのコースは使えないと判断した方がいい。

 ただ、問題は南側が使えないのなら大人数で他のルートを試す事になる。 そうなれば市街地を経由しなければならないのは明白だ。 何も知らない人間を大量に連れ歩けば高確率で騒ぐ奴が現れる。


 後の結果は考えるまでもない。

 突破を試みる前に人数が減るのは可能な限り避けたかった。

 考えれば考えるほどに距離が開けば開く程、突破のハードルは上がり、現実的ではなくなる。

 

 「ねぇ、織枝ぇ。 危ないって止めときなよ」


 文江が止めるけど、 私は首を振ってやんわりと聞き入れる気はないと伝える。

 私の同室の三人は居残りを選択しており、着いて来る気はないようだ。

 人数が多いなら問題ないとでも判断したのかもしれない。


 尚も止める文江の言葉に取り合わずに私は「行くなら急ごう」と周りを急かした。



 私の懸念は正しく、霧の濃さに騒ぐ男子が現れたけど想定していたのでルート選びは慎重に行った。

 お陰で誰も死なずに突破――できる訳がなかった。

 私が先導してやや急かす形で私語を行う余裕を与えないようにしたのだけど、完全に封殺するのは無理で早々にガラガラと音が響く。 何も知らないクラスメイト達は異変に戸惑った声を上げて足を止める。


 こうなってしまうと隠す事を諦めざるを得ず、私は走ってと鋭く叫んで駆け出す。

 一部が引っ張られるように走り出すけど、全員ではない。

 目次が説明を求めようとしていたけど、そんな余裕も必要もなさそうだ。

 

 棒立ちになっていた何人かが火車の餌食になった。 そうなって初めて状況に理解が追いつき、悲鳴を上げながら駆け出すが今更もう遅い。 ブチブチと次々とクラスメイトが粉砕され、蜘蛛の子を散らすように散り散りになる。 お陰で火車の狙いが散ったけど、人数が減った以上はもこれはもう駄目だろうと諦めが胸に満ちた。


 それが良くなかったのか火車は私に狙いを定めたようだ。

 バイクでどうにか振り切れる相手に逃げきれる訳もなく。 私と隣を走っていた目次は仲良く轢き殺された。

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