第6話 6周目
私は大きな溜息を吐いて椅子に背を預けた。
東のハイキングコースへ辿り着く事すらできなかった事にかなり苛立ったけど怒っても何も変わらない。
どうすればいい? 移動ルートを変えて東のハイキングコースを目指す?
あの良く分からない灯りに襲われたのが偶然じゃないなら街中を通るのは難しい。
そもそもの速さが違いすぎるので見つかると逃げ切るのは無理だ。
思わず頭を抱える。 何もかもが足りない。 情報、時間、移動手段と何もかもが不足している。
私を見かけたらとにかく殺そうとする訳の分からない存在もそうだけど、どうすれば助かるのか、どう動けば正解なのかがさっぱり分からない。
そうこうしている内にバスはトンネルを抜けて街に入った。 到着までまだ時間があるけど、着くまでにどう動くかの方針は決めなければならない。 現状、見込みがありそうなのは試していない東と北のハイキングコースと線路上を歩いて抜けるルートだ。
問題は最短ルートである街中を突っ切るコースを行くと即死だと言う事。
スマホで撮影した地図の写真は消えているけど、何度も見たので大雑把な道は頭に入っていた。
脳裏でルートを吟味するけど他の道を使うとかなりの時間をロスする事となる。
遅くなればなるほど夜は深くなり、視界は悪くなるので可能な限り早く移動したい。
明るい内に逃げる事は無理だと分かっているけど、早い内に距離を稼いでおきたかった。
こうなると夕方到着が露骨に足を引っ張って来る。 クソと内心で毒づく。
ちらりと後ろの席へ視線を向ける。 ここからだと見えないけどそこには星華の隣で横になっている女がいるはずだ。
アレがなければ一時間以上は余裕があった。 不可抗力である事は理解しているけどこんな目に遭っている現状、恨むなという方が無理な話だ。 後ろの席に行ってこの苛立ちを暴力に変換したい衝動をぐっと堪えて現状を打破する為に思考を回す。 とにかく問題は距離を稼ぐ方法だ。
徒歩では絶対的にスピードが足りない。 何か足が必要だ。
映画などではバイクや車などを現地調達して乗り回すのだろうけど、免許を持っていない私にはまともに動かせない。 精々、乗れるのは自転車程度――
――そこではっと閃いた。 そうだ自転車だ。
途中に民家がいくつかあった。 そこにある自転車を盗めばいい。
それを使って移動速度を上げるのだ。 何故こんな簡単な事を思いつかなかったのだろうか?
恐らく倫理観が邪魔をしたのだろうけど今は非常時だ。 入れそうな家に押し入って鍵を盗んで自転車を借りよう。 仮に見つかって咎められるなら寧ろ大歓迎だ。
こんな状況で捕まえようとする警官が現れるなら私は喜んで補導される。
よし、着いたら早速自転車を探しに行こう。 目先の目的が出来た事で少しだけ気分が持ち直した私はバスがホテルに着くまでの間、どう動くのかを考え続けた。
到着後、私は文江に荷物を押し付けると早々にホテルを後にして駆け出す。
ホテル前の坂を下ってコンビニ前を通り、民家を探す。 目当てはマンションやアパートではなく戸建ての家だ。 戸建てなら自転車が近くにおいてあり、間違いなく鍵が中にあるからだ。
共同住宅ならいちいち部屋を調べて自転車置き場で総当たりする必要がある。
その手間を省く意味でも戸建てが狙い目だ。 最初に見つけた戸建ての家に入る。
施錠されていたのでその辺に落ちていた石で窓ガラスを割って侵入。 明かりがついていたけど構わずに中へ。 最初に調べたのは玄関だ。 上手くすれば鍵がぶら下がっているかもしれないと期待したのだけど見当たらなかった。 その後は手当たり次第だ。
リビングを漁って引き出しをひっくり返すと鍵がジャラジャラと入っていたので全部引っ掴んで外へ。
数台あったけど私の身体にあったサイズの自転車を選んで片端から試す。
何本目かで正解を引き当て、即座に跨って漕ぎ出した。 あまり手入れをされていないのか自転車はぎしぎしと頼りない軋みを上げて動き出す。 それでも自転車だ。 走るよりも遥かに早く道を進む。
道も緩やかな下りなので移動は非常に滑らかだった。
鍵を探すのに少し手間取ったけど、収支で言うならプラスだ。 前回より早いタイミングで街中に入れている。 もしも発見された上での襲撃であるなら躱せるかもしれない。
どうだと祈る気持ちで街の東側へと向かう。 途中、例のガラガラといった音が聞こえはしたけど距離があった所為かこっちには寄って来なかった。 内心で行けると思いつつも気付かれてないように祈りながら東のハイキングコース入口へ向かう。 きつい坂だったので自転車を乗り捨てて山道へ入る。
南側に比べると道が険しく歩き辛い。 それでもあの大量の何かが現れる気配がない以上はずっとマシな道だ。 南側も最初は静かだった事もあって警戒は解けない。
いつ現れるんじゃないかとヒヤヒヤしていたけど、今のところは不気味なぐらい静かだ。
耳が拾うのは自分の足音とさっきから少し強く吹いている風の音だ。 それ以外は何の音もしない。
少しの間、黙々と進み、もう少しで山の頂上かといった所で変化があった。
風の音が強くなった。 ヒュウヒュウといった音がフッフッと間隔が短くなっている。
途中でこれは本当に風の音なのだろうかといった疑問がふっと浮かぶ。
じゃあ何なんだと自問すると答えは割とすぐに出て来た。 これはもしかして息遣いじゃないかと。
それを肯定するかのように風の音がはぁはぁといった呼吸音に聞えて来た。
そんな馬鹿なと周囲を見回すけど深い霧に乱立した木々だけ。
何かが移動する気配はない。 さっきの群れじゃないのは確かだ。 でも何かがいる。
どこだと視線を動かしながら必死に足を動かすが、息遣いはどんどんと数を増やし近づいて来ていた。
……どこ? 一体、どこに――
我慢できずにスマホのライトを振り回すように周囲を照らす。 霧の所為で大した範囲を照らせない。
それでも――あれは? 光に照らされて霧の奥に何かの影が動いているのが見えた。
丸い何か、ボールにしては歪な形をしたものが地面から三メートルぐらいの高さをふっと音もなく移動していた。
「なによあれ……」
呆然と呟いたが、それが良くなかったのか不意に上から何かが降ってきて視界が真っ暗になり、次の瞬間にはばきりと噛み砕かれるような衝撃と首に激痛が走って私の意識は急速に消え失せた。
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