第16話 12周目②

 「つまりバイクで火車を振り切った所までは上手く行ったが、山道に入ったと同時に鎌鼬に首をバッサリと切られて終了と」

 「えぇ、私だけの時はもっと深くまで行けたんだけどバイクだと入ってすぐ辺りで襲われた」

 

 前回の話を一通り聞いた座間はなるほどと頷く。


 「察するにエンジン音に寄ってきたって所か、火車の反応も早かった事からここの妖怪共は音に敏感なのか?」

 「流石に街で唯一のエンジン音だったしうるさかったんじゃない?」

 「まぁ、理由としてはそんな所だろうな。 繰り返してるってんなら基本的に行動は変わらないはずだ。 ――にもかかわらず早いタイミングで襲って来るって事はそういう事だろうよ。 で? どうするよ? 火車は頑張れば振り切れる事が分かったが、他にやられるんじゃ話にならないぞ」

 

 問題はそこだった。 火車を振り切るのは前提条件に過ぎず、逃げきったとしても脱出に失敗しては何の意味もない。 ただ、バイクという選択肢が増えたのは大きな前進だと思っている。

 やれる事は全て試すべきと思考を回していたのだけど――

 

 「できればバイクのスピードを活かしたい。 他の方角を試したいんだけどどう思う?」

 「……試す、か。 お前、もう死ぬのを前提に話を進めてないか?」


 ――不意に言われたその言葉に私はぎくりと動きを止める。

 座間の視線は冷ややかというよりはやや同情が混ざったような感じだった。


 「お前の話、百パー信じた訳じゃねぇけど、その顔を見りゃ信じざるを得ないな。 鏡で見たらどうだ? 目つきからしてヤバいぞ」

 

 そういわれて私は何も言い返せなかった。 まったく自覚がなかったからだ。

 死ぬ事に対する恐怖はある。 それでも突破を狙うばかりでそういった感情が麻痺しているのかもしれない。 内心で自嘲気味に笑う。 そうかと納得できる部分もある。 私はとっくにおかしくなっていたのかもしれない。


 そうでもなければ息をするように友達を見捨てる事なんてできる訳がない。

 いや、そうでもないと私は正気を保てないのだ。 罪悪感も残っている。

 私はまだ正気だと信じたいけど、今はこれでいい。 仮に狂っていたとしてもここを出るのに正気が邪魔なら目を背けておくべきだ。


 「あ、あー、すまん。 余計な事を言った」

 「……いいから、ここを出る為のアイデアがあるなら出して」


 謝る座間を無視して何か役に立つ事をしろと告げる。 流石に面白いやり取りじゃなかったので不機嫌さが声に出ていた。 座間も悪いと思っているのか切り替える。


 「分かった。 お前の言う通り、試さないとどうにもならないな。 取りあえず、可能性の高そうな他の方角を試す方向で行くか? 東は駄目で、北は不明。 西は謎のデカブツ、南は飛んでいる何か」


 どれも碌なものじゃないなと座間は最後に付け加えた。

 実際、その通りだ。 程度の差こそあれ、どれも突破するのに命懸けになる。

 取りあえず前情報のあるルートを試してからだ。 南か西――


 「――バイクで突破できるか試すんだろ? 西はどうだ?」

 

 西はバスを横転させた怪物が居るって話をしたはずだけど、何か勝算があるのだろうか?


 「いや、デカいって事はそんなに数が居ないんじゃないかって思ってな。 バスをやったって事はトンネルの辺りをうろついてるって事だろ。 だったらハイキングコースからならワンチャン行けるんじゃないか? 情報が足りねぇから期待込みだけど音で寄って来ても最悪、バイクですり抜けられる可能性もなくはない」


 なるほど。 バイクでの脱出を主軸に置くならいい手かもしれないけど、火車の問題がある。

 移動ルートを変えれば追いついて来るタイミングも変わる上、西側は九十九折の坂があるのでスピードがどうしても落ちる事も懸念材料だった。 バイクには全然詳しくない私でもカーブの際には減速する事は理解できる。 前回で振り切れはしたけどかなりギリギリだった。


 要は追いつかれる可能性が高い。 少なくともエンジン音には間違いなく反応するはずなので、遅いか早いかの違いはあっても来ないという事はあり得ない。

 その話をすると座間はうーんと小さく唸る。


 「そんなにギリギリだったのか?」

 「少なくとも前のあんたは振り切るのにかなり必死だった」


 そうでもなければあんなにチラチラとミラーを確認する訳がない。

 

 「ならどうにかして火車を引き剥がすか動きを把握する必要があるか。 どうしたもんかね」

 「座間は引き剥がすか動きの把握、どっちが難易度低いと思う?」

 「長い目で見るなら後者だな。 お前が死に戻れるってんなら死にまくって体で覚えればいい――分かってるからそんな目で睨むな。 死んだらどうなるのかも死に戻りのキツさも俺には分からんがかなりしんどいのは察してる。 単純に実行するしない以前の案の一つってだけの話だ」

 

 まぁ、落ち着けよと座間は話を続ける。


 「引き剥がす事に関してだが、方法はなくはない。 遥香、火車が音に寄って来るってのは確定でいいのか?」

 「百パーセントそうだとは言い切らないけど、これまでの経験から可能性は高いと思う」

 「だったら話は簡単だ。 どっかに音が出るものを置いて誘き寄せて、餌に食いついている間に逃げればいい。 十数秒でもそこそこの距離は稼げるから振り切るだけならどうにでもなるだろ」 

 「音が出るものは何を使うの?」

 「目覚まし時計かなんかでいいだろ。 家を適当に漁ればそこそこの数は集まるだろうし、離れた路上にタイマーを合わせてばら撒いておけば同じタイミングで鳴らせる。 数が足りないってんなら最悪、俺らのスマホを使ってもいい。 まぁ、出た後に連絡手段無しはきつそうだから俺かお前、片方のは残しておいた方がいいかもな」


 座間はどうだ?と私に判断を促す。 実際、彼のアイデアは分かり易く、かなり有効そうだった。

 どちらにせよ試さない事には始まらない。 私は小さく頷く。


 「分かった。 それで行こう。 バイクの鍵の場所は知ってるから座間はそれの回収を。 私は上から部屋を回って目覚まし時計を集めて来る」

 「了解だ。 荷物も積んでおくからもうここには戻らなくてもいいな」

 「なら準備が出来次第、下で集合って事で」


 やる事が決まれば後は行動に移すだけなので私と座間は早々に動き出した。

 私は今度こそはと思いつつ、思考の片隅にチラつく失敗するかもといった不安から目を背ける。

 今はできる事を積み重ねるしかない。 そう自分に言い聞かせて。


 マンションから少し離れた場所にかき集めた目覚まし時計を固めて設置し、全て同じ時間にセットして準備完了。 後は時間までバイクは押して距離を稼ぐ。

 スマホの時刻表示を確認してそろそろといった所でバイクに跨ってその時を待つ。


 背にしがみ付くと座間も緊張しているのか若干ではあるが身を固くしているのが分かる。

 事故られても困るのでしっかりしろと背を叩くとビクリと身を震わせた。

 そうこうしている内に遠くから音が響く。 時間が来た事でアラームが起動したのだ。


 同時に座間がエンジンを始動。 一気に走り出す。

 バイクは一気に道を駆け抜け、短時間で目的地に近づく。 元々、マンション自体が西寄りにあった事もあって時間がかからなかった事も大きい。 恐らくだけど座間はこの辺も見越して西を選んだのかも。

 

 少しの時間をエンジン音に紛れて聞こえ辛かったけど、後ろで響いていたアラーム音が消えた。

 同時に遠くでできれば二度と聞きたくないあのガラガラ音が聞こえる。 追って来ている事は分かったけど、囮は効果ありだ。 座間も気が付いたのかスピードを上げる。

 

 バイクは私があれ程苦労した九十九折の坂を容易く踏破し、登り切った所にあるハイキングコースの入り口にそのまま飛び込むように侵入。 こちらは整備が行き届いていないのか、しっかりとした舗装がされておらずに路面はかなり荒れていようで入ったと同時にガタガタと車体が揺れる。


 取りあえずは入る所までは上手く行った。 火車がハイキングコースに入って来ないのなら振り切ったとみていいけど、問題はこの辺りを縄張りにしている巨大な何かだ。

 私は霧で利かない視界の中、目を凝らして周囲を窺う。 仮に失敗したとしても最悪、正体だけでも見極めないと割に合わない。 そんな気持ちで霧の向こうへと意識を傾ける。


 今のところはだけど異常は――不意に霧の向こうに巨大な人影がぬっと現れた。

 こっちがそれなりの速さで移動している所為か本当に唐突に現れたように見える。

 座間も気が付いて回避しようとしたけどズシンと地響きが起こり地面が縦に揺れた。 それによりバイクが制御を失いかけたがどうにか立て直したけど、正面に対する反応が致命的に遅れる。


 私が見たのは巨大な白い壁。 間違いなくあの時に私を押し潰した巨大な何かだ。

 睨みつけるようにその壁を見つめる。 視界を埋め尽くす程の大きさなので回避は無理だ。

 なら、正体だけでも見極めないと。 そんな一心で見る事に全てを傾ける。


 白い壁だ。 白いのは霧の所為ではなく。 壁自体も真っ白で、特に目立った特徴はない。

 強いてあげるなら一定間隔で横にラインが入っているぐらいか。

 あれは一体何だろうと疑問を抱いた所が限界だった。 バイクは壁と正面衝突し、私と座間は成す術もなく吹き飛ばされる。 視界が回転し、地面に叩きつけられた。 落下の衝撃はそれだけで殺しきれなかったのかかなりのスピードで地面を転がって近くの樹にぶつかって止まる。


 全身のあちこちが鈍く痛み、起き上がる事も難しい状態だった。 座間を探すと少し離れた所で何とか起き上がろうともがいていたけど、次の瞬間に巨大な何かにブチリと潰される。

 果物の果汁のように座間の命を構成していた様々なものが飛び散った。 確認するまでもなく即死だ。


 だけど、そのお陰で見えたものもあった。 座間を潰した何か、そして壁の正体。

 ようやく見極める事が出来たからだ。 見上げるとその全容――輪郭のみではあるけど明らかになる。

 巨大な人型。 座間を潰したのはその掌だ。 巨人かとも思ったけど少しだけ違う。

 

 正体は巨大な骸骨。 学校の理科室に置いてあるそれを大きくさせた造形だ。

 そいつは目の部分だけ妖しい光を放ち、私を一瞥すると腕を振り上げて――下ろす。

 私は躱す事も出来ずに振り下ろされた腕に虫のように叩き潰された。

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