第3話 3周目
目を開けるとそこはバスの中だった。
「は、はは……」
完全に決まりだ。 さっきのは夢でも何でもなく現実で、これからまた繰り返される。
思わず顔を覆う。 体に痛みはないが感覚は残っていた。 心臓はバクバクと鼓動を刻み、呼吸は荒い。
落ち着けと意識して何度も深呼吸する。 ややあって落ち着いて来たけど――
「……これ、どうしろって言うのよぉ……」
思わずそんな言葉が漏れてしまう。 頭を抱えている間にバスはトンネルを抜けて三回目の霧に包まれた街並みが視界に入る。 頭を抱えていても状況が好転する訳もないので考えるしかない。
これからどう動くべきなのかをだ。 正直、頭が上手く回らないのでとにかく逃げる事しか考えられなかった。 どこまで逃げれば安全なのか? 考えたが恐らくトンネルの外に出れば大丈夫なのではないのかと思う。
今となっては気持ち悪いこの霧が発生したのはトンネルを抜けてからなのだ。
異変があったのはこの街、この霧を見てからなので単純に離れればどうにかなるのではないか?
手っ取り早いのはこのバスに乗って逃げるのがいい。 幸いにもこの後に楢木がバスに乗って戻る事は知っている。 それに便乗できればどうにか危機を脱する事は出来るはずだ。
問題はバスに乗せてくれるかどうかになる。 便乗するにも相応の理由が必要だ。
最初はバス内に隠れている事を考えたけど、外で点呼を取るので隠れようがない。
散々、悩んだけど答えは出なかった。 そうしている内に無人のホテルへと到着する。
既に二回も見た展開を繰り返し、ホテルの部屋に行くように促された。
私はホテルへ向かわずにバスへ乗ろうとしている楢木へ駆け寄る。
「先生、お願いがあります」
「遥香? どうかしたか?」
「ちょっと街の外に用があるので私も乗せてください」
私の突然の申し出に楢木は露骨に眉を顰める。
冷静に考えれば当然と理解できるかもしれないけど、今の私にはそんな事も分からない程に視野が狭くなっていた。 今はとにかく街から出たい、あんな思いはもうしたくない。 そんな考えで頭がいっぱいだったのだ。 文江達の事を考えなかった訳ではないが、とにかくあの恐怖から逃げ切りたかった。
そんな一念で必死に頼み込んだのだが――
「駄目だ。 ホテルで大人しくしていろ」
「お願いします。 少しでいいんです。 何ならトンネルを抜けてた所で降ろしてくれるだけでいいんです!」
「さっきから何を言っているんだ? どうした? 何か問題でもあったのか?」
困惑しつつもそんな事を聞いてくるが、この後に化け物が出て来て撲殺されるので逃げ出したいですなんて言っても信じて貰えない事は分かり切っていたので私はとにかくお願いしますとしか言えなかった。
楢木は埒が明かないとでも思ったのかやんわりと私の身体を押し返した後、話は後で聞くからホテルで待っていろと言われてそのままバスに乗り込んだ。 追いかけようとした私を遮るように扉が閉まり発車。
排気ガスを撒き散らして走り去っていった。
「織枝ー? 部屋に上がろうよー!」
後ろで文江達が呼ぶ声がするが耳に入らなかった。 バスを見て私が思った事は楢木に対する強烈な怒りだ。 このクソ教師、自分だけ逃げやがって。 私がどれだけ酷い目に遭ったかも知らないで無意識に危機を脱する? ふざけるなと怒りに身を震わせ、感情に任せて走り出した。
上等だ。 バスに乗れないなら徒歩で逃げきってやる。
私が殺された時間は二十時を回った辺りだ。 現在は十六時半過ぎ。
方角は大雑把に掴んでいるので道が分からなくてもトンネルに辿り着くまで四時間も要らない。
意地でも走り切ってやる! トンネルを抜けさえすれば助かると思っていたので後の事は一切考えない。
後ろで文江達の声が聞こえたが無視して駆け出した。
道路をひたすらに走る。 不思議な事に車道には車が一台も走っていないので真ん中を堂々と全力疾走。
バスの排気音は聞こえてはいたけど徐々に遠ざかって聞こえなくなったので、静かな街並みを一顧だにせず走り続ける。 心臓がバクバクとうるさく疲労に足は重たくなっていく。
それでもあんな目に遭うよりはマシだといった一念で必死に足を動かす。
方向だけしか分からなかったので分かれ道などは適当に選んで進む。 悩んでいる時間すら勿体なかったからだ。 結果的に戻る羽目になって時間のロスをして更に思考が過熱していく。
怒りを足を動かす為の燃料にして必死に前へ前へと進む。
幸いにも背の高い建物はそう多くないので、道を間違える回数は多くなかった。
――はぁはぁと荒い息を吐いて足を止める。
気が付けば薄暗くなっていたがゴールは見えた。 ただ、問題は目の前に立ち塞がる九十九折りの坂だ。
バスの中ではそこまで意識していなかったけど、これを登るのかぁ……。
きっついと思いながらひいひいと情けない声を上げて必死に坂を上る。 気が付けば日も落ちてすっかり暗くなっていた。 スマホを見ると18:40と表示されており、急がないと不味い。
それでも私は焦ってはいたけど悲観はしていない。 何故ならそろそろトンネルが見えて来たからだ。
霧で分かり辛いけどここを真っ直ぐ行けばトンネルだ。 抜ければ助かる。
電波が入る場所にさえ辿り付けば家に連絡して事情を話し――
「――え?」
そんな間抜けな声が漏れた。 トンネルが巨大な何かに塞がれていたからだ。
「……何よこれ……」
呟きながら近寄るとそれは横転したバスだった。 フロント部分が完全に潰れており、何が起こったのか真ん中辺りが大きく陥没している。 私は呆然と見上げる。
楢木が戻って来なかった理由はこれかと納得しつつ、どうやって越えるべきかと考えていた。
バスは見事なまでに入り口を塞いでおり、通り抜ける隙間もない。
通りたければバスを登って越えるしかなかった。 車体裏の取っ掛かりを掴めばなんとか行けるはずだ。
そう考えて登ろうと――不意に私の影に巨大な何かが重なる。 それを見てぎくりと体が固まり、恐る恐る振り返ろうとした瞬間、肩越しに白い何かが見えたと同時に全身に衝撃。 どうしてこうなったのかは分からなかったけど、私の身体がバスの車体とサンドイッチにされた事だけは分かった。
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