第73話 オッサンは普通のオッサンに戻ります

俺の思惑通り、『歌姫』の力と魔力はこの世界から消失した。

代償として俺自身の声も———


当然、それでめでたしめでたしと物語は終わらない。

実を言うと今回の作戦内容の詳細を、俺は親友であるスコラに話さなかった。

言ったら絶対反対されるし、下手をしたら行軍について行くと言い出しかねない。

その結果———


「ユイのばかっ!! なんでそんな無茶したの!?」


帰宅後のこの罵倒である。

100%俺が悪いので、返す言葉が無い。いや出ない。


「ボク、もっともっとユイとおしゃべりしたかったのに、勝手に決めて……ひどいよ、ユイ………」


しかも泣かれた。罪悪感が半端ない。

俺は彼を傷付けまいとして、結果的にそれ以上の悲しみを与えてしまった。

事前にスコラと向き合えず、逃げてしまった臆病者の報いを、たった今受けている。


「スコラ、ユイはあなたを心配させまいと……」


ムジカがフォローに入ろうとするが、俺が首を横に振って止めた。

気持ちは有難いが、これは俺自身が始末をつけなきゃいけない事だ。


ドゥエル王国からエルフの森の帰途で、レヴリから貰ったノートサイズの黒板もどきを取り出す。

ユキちゃん救出作戦の詳細が決まった後、声を失った俺に必要になるだろうと、前もって作ってくれたそうだ。

本当にこの森の住人達は、俺にどこまでも優しい。


俺は自分の正直な気持ちを黒板に書き出すと、板面を叩いて、スコラの注意を引いた。


『スコラ、本当にごめん。言ったら止められると思って、言い出せなかった。本当にごめん』

「止めるに決まってるよ! ユイが嫌な思いするの、ボク嫌だもん!」

『でも、これで『歌姫』だからと言う理由で俺が狙われたり、みんなが危険にさらされる事は無くなった』

「あ……、そうだけど、そうなんだけど………でもっ!」

『後悔するかもしれないけど、正直、今はホッとしてるんだ。自分勝手な親友でごめんな、スコラ』

「ユイ……」


心の奥底まで覗くように、スコラの涙に濡れた碧い瞳が、俺をジッと凝視する。

声を失った俺は、言葉で言い繕ったり誤魔化す事がもう出来ない。

泣かせておいて今更だが、表裏なく真摯に向き合ってくれる親友に対して、俺も同じ思いを返したい。


『本当にごめん。それから、ありがとう』


今日を境に絶交されてもおかしくない俺の所業だが、それだけは伝えたかった。

スコラがふっと顔を俯かせる。

やっぱり、許して貰おうだなんて、虫が良すぎたか…………。


今日は一旦引き、また明日、許して貰えるまで何度でもスコラに謝りに来ようと俺は決意して、振り返ったその時———


トンッと、背中に何かがぶつかった。


「ボク、これから大きくなって強くなるから……今度、ユイが困った時、ちゃんと相談して。1人で背負わないで。約束してくれたら………………………許してあげるよ」


背後から伸びた小さな手に、俺はギュッと抱き締められた。

黙って見守ってくれていたムジカが、俺の気持ちを後押しするように、優しく微笑んでいる。


ああ、こういう時、声が出ないのは本当にもどかしい。


俺はスコラの手をギュッと握り返すので、精一杯だった。




———それからの日々は実に平穏だった。


魔力が無くなった弊害はエルフ族にもあるだろうに、誰にも文句を言われないのが、逆に申し訳ないくらいだ。

魔力を込めて作ったり、動く道具は軒並みガラクタになり、レヴリの作った弓もただの丈夫な弓と化した。

遠距離通信に役立ったダスクと近衛騎士団長の耳は、通信機能は失ったものの、幸いな事に擬似耳がそのまま定着して、日常生活に支障は無いようだ。


エルフの髪を飾る花のお守りは、魔力を流して作るものだから、あれも今はただの髪飾りだ。

花の首飾りの代わりに、ムジカは俺に鈴付きの首輪をくれた。

これが愛らしい猫ならともかく、オッサンには微妙なチョイスだが「ユイの居場所が出来るだけ分かるように」と、ムジカに真剣な顔で言われてしまえば受け取らざるを得ない。


今も俺が動くたび、チリンチリンと、軽やかな音を鳴らしている。


しかし居場所も何も、ムジカの隣りが俺の居場所だ。

たまにミィナやスコラ、それに加えてミィナの恋人になる事を諦めないクヴェレ王子が、俺を遊びに誘いに来て、一時家を離れる事はある。

だけど2人きりの時は何か作業をしていない限り、互いの身体の一部が常に触れているような状態だ。


今だってそうだ。

身体を繋げてから一緒のベッドで眠るようになった俺達は、今夜もお休みの挨拶で寝るつもりが、軽い口づけが深くなり、なし崩しで行為に及んでしまった。


「………大丈夫、ですか? ユイ」


まだ慣れない事後の気怠さに息を切らしていると、横からムジカの手が伸びて、乱れた俺の髪の毛を撫でつける。

薄暗い部屋の中で、俺を見るムジカの瞳には情欲の炎が消えずに揺らめいていた。

完全に偏見だが、エルフはこういう事に淡白な印象があったから、少し意外だ。

いや、求められるのは悪い気はしないけど………。


言葉も無く再び彼を受け入れようとして、ふと違和感に気付く。

何も言わずとも、ムジカは俺の視線の意味を察して苦笑する。


「すみません。少し他の事を考えていました。あなたと過ごす時間以上に、尊いものはない筈なのに………」


まただ。

ユキちゃん救出作戦が成功して以降、ムジカがぼうっとする瞬間が幾度もあった。

『何か悩み事か?』と俺が聞いても、はぐらかされる。


確かに今の俺には何の力もない。ムジカの役にはあまり立てない。

それでも、心に何かつっかえているのなら、俺が取り除いてやりたい。

そんな真意すら彼にはお見通しらしい。

俺を宥めるように額に口づけを落とすと、ポツリと呟いた。


「大丈夫。もうすぐ私が決着をつけます。私はユイさえそばにいてくれれば、何の不安もありませんから」



———後日、久しく行われていなかった緊急会議がムジカの号令で開かれ、いつものメンバープラス、何故か今回はスコラまで招集されたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る