第10話 オッサンは手伝いたい

「おはようございます、ユイ。良い天気ですよ。今日もコスタとお出かけしますか?」


 麗しいエルフの族長ムジカは、今日も早起きだ。

 俺がこの異世界に召喚されて十日くらい経つが、彼が俺より遅く起きたことはない。


 集会に使用される一階の広間は、普段はダイニングとして機能していた。

 俺がムジカに起こされてのそのそと階下に降りれば、簡素なローテーブルの上に野菜と肉を煮つけた料理と果物が、綺麗に盛り付けられ用意されている。


 俺が寝汚いのが全面的に悪いんだが、料理や掃除洗濯に至るまで、ムジカは俺の起床前に全部済ませてしまうので、俺が手伝う事がない。

 厚意で居候させてもらっている以上、俺も彼の役に立ちたい。

 しかしさすが族長を任される男、ムジカには隙がない。


 俺だって一人暮らし歴はそこそこ長いから、料理くらい出来ると包丁を握れば、危ないからと取り上げられる。まるっきり子ども扱いだ。

 確かにムジカは300歳、俺は39歳、その歳の差261歳…………。

 彼が俺をエルフ基準で子ども扱いするのも無理はないが、オッサンの自覚がある俺は納得がいかない。



「どうしたの? ユイ、元気ない?」

 俺がよっぽど浮かない顔をしていたのか、スコラに心配されてしまった。


 朝食後、今日も俺は森の中をスコラに案内してもらっている。

 このエルフの森は広大で、数日案内してもらっただけでは、全然回り切れないらしい。

 今いる場所も初めて来た所だ。


「うん……ムジカの世話になってるから、何か役に立ちたいんだけど、危ないからって俺に手伝わせてくれないんだ」

 愚痴くらい聞いてもらっても良いだろう。俺は胸の内を年上の友達に零した。


 スコラは俺の話を聞くと、うんうんと頷いて、

「大人ってそういうとこあるよね。何でもかんでも『子どもには早い』とか『危ない』からって、何にもさせてくれないの! お父さんとかお母さんとかミィナ姉ちゃんとか、いっつもそう!」と、力強く同意してくれた。


 しかし同意してもらって何だが、ここで大人エルフに対するヘイトが溜まっても宜しくない。

「スコラの場合は、みんなに愛されて大事にされてるから、特に心配されるんじゃないか?」

 そう俺は少しだけフォローを入れた。


「そうかなあ」

「そうだよ。スコラが怪我をしたり病気になったりしたら、みんな心配するだろ?」

「うん……そうかも」

「だからスコラも怪我しないように、ゆっくり出来るようになれば良いんだよ」

「………そうだね。ボクが怪我しちゃうと、みんな困っちゃうもんね!」

 スコラは本当に素直で賢くて良い子だ。


「だったら、族長もユイのこと心配してるんだよ」

 今度は逆にスコラから俺への助言タイムだ。


「……ああ、それは分かってるんだ、スコラ。ただ俺はヒトで、もう大人の年齢だから、親切にされたらお返ししたいって思うんだよ」

 俺がボヤくと「うーん」とスコラも真剣に考えてくれる。

「困っちゃったね」

「うん、困った。ムジカは一人で何でも出来るし、そもそも、ムジカが何をしたら喜んでくれるか、俺には分からないし………」

「あ」

 スコラが突然パンと両手を叩く。


「ボク知ってる、族長が喜ぶもの」

「本当か!?」

「うん! ユイ、こっち来て!」

 スコラが駆け出し、俺は慌てて追いかけた。


「これ! 族長、この草あげたら喜んでた!」

 全力で走って五分くらいの場所に、何かの草の群生地があった。

 俺は乱れた呼吸のまま、スコラの横に座り込む。

「はぁ、はぁ、なにっ、何の草なんだ?」

「分かんない!」

 元気いっぱい断言するスコラ。


「でもね、中でもこういう葉っぱの縁が白くなってる草をあげたら喜んでた」

「へえー、何か味が違うのか?」

「ボクは食べないよ?」


 一見、この場所には同じ種類の草が生えてるように見える。

 でもジッと目を凝らすと、スコラが教えてくれた葉っぱの縁が白くなってるものがポツポツと生えていた。

 しかし食用でないとすると何に使うんだろう? 染色とか?


 俺が今着ている服は、元いた世界で着ていたスーツではない。ムジカに貰ったエルフ用の服だ。

 エルフ用と言っても、需要と供給がエルフ内で完結しているだけなので、ヒトが着ても問題はない。

 この世界では制作工程が全て手作業なので、服を買うとしたらかなり良いお値段になるはずだ。

 そして俺は一文なしである。


 ただで貰うわけにいかないと最初は断ったが、俺が泉に水浴びに行った隙に、元々着ていた服全部を洗濯されるという力業で、ムジカに押し切られた。

 本当に女神のようにたおやかなのに、ここぞという時は強引な男だ。


「……この草、摘んで持って帰ったら、ムジカ喜ぶかな」

「うん! きっと喜ぶよ!」

「教えてくれて、ありがとうな、スコラ」

「どういたしまして! ボクも摘むの手伝うね、ユイ」


 頼りになる年上の友達に後押しされ、俺はせっせと暗くなるまでムジカの贈り物の草を摘んだ。

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