第50話 オッサンはデートする 2

俺達が到着した時より、今の王都は賑わいを取り戻していた。

メルクリオ王子の『裏ギルド撲滅』の令状発布の効果か、閉じていた店の半数は開いており、人通りもそこそこある。


「いらっしゃーい! お! おふたりさん、恋人同士かい? 指輪ならいいのが揃ってるよ」


ムジカに勧められて入った店は、貴金属の装飾品を取り扱っていた。

中年の店主は俺達の顔を見るや商魂逞しく、いかにも高そうな指輪を台の上にズラリと並べる。


「いえ、私達はお土産を見に来たので」

「お土産? ああ、エルフの森から来たのかい。それなら男女問わず装身具がオススメだね。土産だって言うなら、たくさん買ってくれるんだろ? 俺の店で買えばオマケしてやるよ」


俺達以外に客はいないので、店主がグイグイ来る。

少し前の活気のない寂れた街中を思えば、元気があるのは良い事だが……。


「このお店はいつ頃開けたんですか? 俺達が王都に到着した時は、多くの店が閉まってましたが」

俺が聞くと、店主はヒョイと器用に片眉を上げる。

「最近さ。メルクリオ殿下が『裏ギルド撲滅』の令状を出してから、俺達商人も怯えてるだけじゃなく、何かやらなきゃって、自警団を作ってな。全商店の半分を交互で開けて、閉めてる時は自警団として裏ギルドのヤツらに目を光らせるって寸法さ。だから、ウチは明日は休みだよ」

「成程。それで街に活気が戻って来たのですね。ところで店主、そこの棚に並んでいる腕輪と足輪、全部いただきます」

「まいど!!」

「配達は出来ますか?」

「ああ、これだけの量だと重いからね。どこに運べばいいんだい?」

「城まで。支払いはメルクリオ殿下で。私——ムジカが頼んだと言えば、きっちり払って貰えますから、大丈夫です」

「え」

「お願いしますね」

ムジカはニッコリと有無を言わさぬ笑顔で、狐につままれたような店主に言い含めると、俺を伴い店を出た。


「………良いのか? 承諾無しで王子に払わせるって……それにけっこうアレ値が張る物じゃないのか?」

小市民の俺がドキドキしながら聞くと、本人はしれっと、

「エルフは基本物々交換で貨幣経済じゃありません。あと、庶民でも買えるものが、王族にとって高い筈ないので、きっと平気ですよ」

とのたまった。

ま、まあ、エルフの族長たるムジカがこう言ってるんだから、俺は気にしないでおこう!


「ユイ、次は屋台に行きませんか?」

「そうだな、腹が減っては戦ができぬだ。あそこの串焼き美味しそうだな」

「良いですね。すみませーん! 串焼き2本ください!」

「あいよー!」


大金は無くても小銭は持っていたのか、今度はちゃんと現金を払って、ムジカが湯気の立つ熱々の串焼きを買って来てくれた。


「熱いうちにどうぞ」

「ありがとう。じゃ、遠慮なくいただきます!」

ムジカに貰った串焼きに齧り付くと、肉の弾力と汁と、肉の旨みを引き立てる香辛料のピリッとした辛味が、口の中いっぱいに広がった。


「うまっ! これ美味いな。ウチでも出来ないかなあ」

「香辛料に使われている植物は森にもありますよ」

「本当か!? うーん、じゃあ直火焼きで、コレに近いものが出来るかな……」

「あ、ユイ」

「ん?」


考えながら食べ歩きしていた俺の顔を、ムジカが指の腹で拭った。


「肉汁付いてましたよ」

「えっ」

ムジカがクスクス笑いながら懐から手拭いを取り出し、そっと俺の口まわりを拭いてくれる。

いつもなら子ども扱いされたと感じるところだが、今日に限っては意味合いが変わってくる。


「こういうのも『恋人』らしいって言うんじゃないかな」

「!」


俺の何気ない呟きに、彼の手が止まる。


「あ、いや、こうやってイチャイチャしてる恋人達を、元の世界でよく見たなあと思って」

「……………成程。ではユイも私にして下さい」

「え!?」

「さあ!」と手拭いを渡される。

ムジカは今か今かと俺が拭くのを待っているが、食べ方が綺麗なので、正直どこも汚れてないんだよな。

それに目をつむって、顔を突き出すそのポーズは、俺にはキス待ち顔に見えてしまって———


「! ユイ、痛い、痛いですっ!」

「あ、ごめん」


なるべくムジカの顔を見ないように拭いたら、ついつい力が入ってしまった。


「と、とにかく、これで気が済んだだろう」

「あとは、どのようなものがあるのでしょう?」

「何が?」

「もちろん!ユイの元いた世界での『これをしたら恋人同士』と言う仕草ですよ!」

「あー」


ちょっと前の俺の迂闊な発言を、今すぐ撤回させて頂きたい。

しかしムジカの期待に溢れるキラキラした瞳に抗し切れるはずもなく———


「食べさせ合いっこ……とか?」

「良いですね! やりましょう!」


俺は彼の気が済むまで、墓穴を掘り続けるのだった…………。



「そろそろ頃合いでしょうか」


往来でこれでもかと、俺の羞恥心の限界までイチャイチャした後、ムジカがポツリと言う。

「ああ、そうだな」

俺も彼に同意した。

陽が落ちるまで時間はあるが、追跡する兵士達の事を考えると、少しでも明るいうちに済ませた方が良い。

俺の手を握るムジカの指に力が入る。


「周りにそれらしい人物は10人います。あそこの細い路地に入って待ちましょう」


彼の先導で、俺達は敢えて人通りのない路地に入る。

待つ事1分も掛からなかっただろう。

細い道で、俺達は柄の悪い男数人に取り囲まれた。


「そこの綺麗なエルフのお兄さん、ちょっと俺達について来てもらおうか。なに、大人しくしてりゃあ、酷い事はしねえよ」


彼らのリーダーと思しき男は、悪党のテンプレ的台詞を吐いて、ムジカと俺をその場から連れ去ったのだった———

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