第4話 オッサンは親の仇ではない
「モルソ!」
突然部屋に入って来た、燃えるような赤い髪と金色の瞳が特徴的なエルフの青年を、ムジカはそう呼んだ。
やっぱり彼もイケメンで、頭に花飾りこそないが、首に花のネックレスをつけている。
モルソと呼ばれた青年に、俺は親の仇のような目で睨まれた。
もちろん俺にエルフの知り合いはいないし、他人に恨まれる覚えもない。
疑問符でいっぱいの俺に、ラヴァンドが申し訳なさそうに耳打ちする。
「すまないね、ユイ。彼は300年前のエルフ狩りで、ヒトに両親を殺されているんだ。君にとっては完全な八つ当たりだが、彼の言動を許してやって欲しい」
なんと! 俺の感じた印象は、当たらずとも遠からずだったのか!?
「ヒトは俺たちエルフに災いをもたらす。だから今のうちにヤっちまった方がいいんだよ!」
「何バカな事言ってるの、モルソ! ユイは異世界から無理矢理召喚されたんだよ、こっちの世界のヒト族とは関係ないじゃない!!」
「ヒト族には変わりないだろ? コイツだってこんな弱っちい顔してるけど、何するか分からないぞ!」
ミィナの真っ当な抗議にも聞く耳を持たないらしい。
親を殺され、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い心情になるのも分からない事ではない。
しかしこの世界のヒトの寿命が俺と同じなら、その下手人はとっくにこの世にはいないだろう。
………そもそも、このエルフたちは何歳なんだ?
「あの、ちょっと良いですか、ラヴァンドさん」
「何だね、ユイ」
「ラヴァンドさんたちは何歳なんですか?」
「私は確か今年で610歳だったかな。ユイ、君は?」
「39歳ですが……」
「嘘!? このエルフの森で最年少じゃない!!」
いやいや、ミィナの反応はおかしいだろ。
でもラヴァンドがこの外見で610歳ってことは、ミィナとムジカも———
俺は恐る恐る聞いてみる。
「ちなみに、君とムジカの年齢は……?」
「えー、いくつに見える?」
……エルフの女の子にまで、こういう絡み方をされるとは思っていなかった。
答えに困る質問って全世界共通なんだろうか。
「ミィナ、ユイを困らせては駄目ですよ。彼はこの世界に来たばかりなんですから」
ムジカに嗜められて、ミィナはペロリと舌を出す。
「ごめんね、ユイ。私は295歳、ムジカは300歳だよ。ちなみにさっきからユイに意地悪な事ばっかり言うモルソは401歳」
「おい、ミィナ! 俺の事まで勝手にコイツに話すな!」
「あのねえ、モルソ。いい加減にしてよ」
「な、なんだよ……」
ジトっと彼女に睨まれて、モルソが僅かにたじろぐ。
それをムジカは静かに見つめ、ラヴァンドはニコニコ見守っている。
「ユイの年齢はモルソの十分の一にも満たないんだよ? そんなちっちゃい子に因縁つけるなんて最低。モルソの悲しみや悔しさは分かるけど、それでユイを傷つけていい事にはならないんだからね」
「うっ……」
淡々と正論で攻めるミィナに押されるモルソ。
………それよりも39歳はエルフ的には子ども年齢らしいが、ヒト的にはくたびれたオッサンだから!
声を大にして訂正したいところだが、空気が読める大人の俺は、心の中で突っ込むだけに留めた。
「お、俺は忠告したからな! 勝手にしろ!!」
モルソはそう怒鳴ると来た時同様、足音荒く去っていった。
「もう! 乱暴なんだから!」
呆れたようにミィナが彼の去った後を見つめ、大きな溜め息を吐く。
「まだまだモルソの中で感情の整理がつかないんだよ。あれ以降ヒト族と触れ合う機会を、私たちは積極的に持たなかったし、モルソのヒト族に対する印象が変わらないのも仕方ない」
ラヴァンドは少しだけ遠い目をしてそう言った。
先程判明した彼の年齢から考えると、モルソ同様当時のエルフ狩りの状況をよく知っているのだろう。
何となく、やるせないような表情に俺には見えた。
「えー? だからって、ユイに八つ当たりするのは違うでしょ」
「私もミィナと同じ意見です。まあ、口ではあんな物騒な事を言っても、ミィナに釘を刺されたので実行する可能性は無くなったと思いますが……ユイ」
「は、ハイっ」
ムジカの眼差しが真剣だったので、俺も思わず敬語になる。
「モルソに限らず、もしこの森で誰かに危害を加えられそうになったら、迷わず私に助けを求めてください。族長として、客人であるあなたを私が必ず守ります」
恭しく俺の手を取り、俺を守ると宣誓するその様は、エルフと言うより君主に仕える騎士のようだった。
そんな風に傅かれた経験のない一般人の俺は、ただ恐縮するばかりだ。
キュ〜ッ
慣れない事態にジタバタしてたら、俺の腹の音が空気を読まずに鳴り響いた。
「うん! まずは腹ごしらえだね!」
「今夜は歓迎の宴だな」
「それはまだ早いですよ、ラヴァンド。ユイの体調が整ってから盛大にやりましょう」
一部を除いて歓迎ムードのエルフの森に、俺は早く馴染みたいと心から願った………。
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