第3話 オッサン、エルフと出会う
「あ、起きた?」
目覚めたら、女神と一緒に天使が俺の顔を覗き込んでいた。
「………ここは………天国?」
思わず呟いていたが、よくよく見るとその天使には輪っかも翼もなく、あるのは尖った耳だけだ。
そして見上げた天井も、大きな木の内部をくり抜いたような曲線で、一般的な天国のイメージとは程遠い。
「どうしよう、ムジカ。この子頭強く打ったみたい。変なこと言ってる」
「傷はほぼ治した筈ですが、打ち所が悪かったのかもしれませんね」
女神の声は存外低く、肩幅もがっしりしていた。
あれ? ひょっとして…………。
「女神じゃなくて、男神?」
「ね、変なこと言ってるでしょ?」
「これは確かに」
二人の視線が可哀想なものを見る目に変わる。
え? 俺、何か憐れまれてる?
彼らのことも気になるが、根本的な疑問は早目に解消するに限る。
「あの……俺はどうして、ここに………?」
「森の中にいたことは憶えていませんか? 獣達がやけに騒ぐので気になって行ってみたら、あなたが酷い怪我を負って倒れていたので、私が連れて来たのです。ああ、ここは私の家の中です。あなたを害するものは何もありませんからご安心を」
俺が気を失う前に見た女神は、この人だったのか。
赤とピンクのグラデーションの不思議な色合いの瞳、白銀の髪に挿した生花のような髪飾りがよく似合っている。
性別を超越したような美人だが、よくよく見れば体つきから男性だとすぐに分かった筈だ。
そして彼も耳が尖っている———
「自己紹介がまだでしたね」
俺の不躾な視線を怒りもせず、彼は鷹揚に微笑む。
「私はこのエルフの森の族長、ムジカと申します」
「エルフ……」
そうじゃないかと思っていたけど、やっぱりエルフだったんだ。
実際に目の前にいる彼らに対して失礼だけど、空想上の存在に出会えて嬉しくないわけがない!
思わずムジカを凝視すると、天使——ではなくエルフの女の子がニュッと俺の視界に入って来た。
「私はミィナ! あなたの名前は?」
「あ、俺は山田由一朗。君たちが助けてくれたんだね? 本当にありがとう」
「私は様子を見に来ただけ。治療をしたのはムジカだよ。えーと、ヤマダが名前? 不思議な響きね」
ああ、ここでは名前が先に来るのか。
「ヤマダは苗字。ユイチロウが名前だよ」
「そうなの? ちょっと言い難い名前ね」
ミィナと名乗ったエルフの女の子は、うーんと唇を尖らせた。
彼女もムジカとは違う花を髪飾りにして、柔らかそうなハチミツ色の髪に挿している。
エルフの文化か、流行のおしゃれなのだろうか?
「では『ユイ』はいかがでしょう」
ムジカが唐突に提案した。
「えっ」
「それいい! じゃあ今からあなたを『ユイ』って呼ぶね」
「構いませんか? 『ユイ』」
「あ、はあ……」
そういえば親族以外の誰かに呼ばれる際は『山田』という苗字ばかりで、親しくなっても名前で呼ばれることは少なかった。
『ユイ』は、亡くなった両親や祖父母から呼ばれていた小さい頃の俺のあだ名だ。
久しぶりに聞く優しい響きに、俺は少し懐かしくなった。
「それではユイ」
ムジカが表情を改めたので、俺も起き上がろうとした。さすがに寝たまま会話を続けるのは失礼だろう。
しかし、彼は手でそれを制す。
「いえ、そのままで。あなたは三日寝たきりだったのですから、無理をしないように」
「そんなに!? 俺は三日間も眠っていたのか!?」
びっくりした。
森で気を失って、ここで目覚めるまで俺にとっては一瞬の出来事だったのに、それが三日も眠っていたとは———
「それだけ酷い怪我だったのです。誰にやられたか分かりますか?」
「もちろん! 実際に俺を殴る蹴るしたのは近衛兵だけど、殺すよう命令したのは『陛下』って男だ。名前は知らないけど……」
「他に、何か彼らは言っていませんでしたか?」
「俺を召喚したのは失敗だって」
「なんと! 君は『マレビト』ではなく『召喚者』だったか!」
「ラヴァンド! 来ていたのですか」
「ああ、客人が目を覚ましたと聞いてな」
部屋に入ってきたのはエルフの男性だった。
外見年齢は俺より10歳くらい上に見える。
薄紫の瞳。赤味のある濃いブラウンの髪に花飾りをつけている。そしてやっぱり顔が良い。
そう言えばムジカは20歳代、ミィナは20歳前後くらいの年齢に見えるけど、エルフは長命な設定が常だから、見た目と実年齢が違ったりするんだろうか?
「自己紹介がまだだったな。私はラヴァンド。以前は族長をやっていた者だ。君は——私もユイと呼んでも?」
………この人、結構前から立ち聞きしてたな。
「いいですよ、ラヴァンドさん。それで『召喚者』というのは想像がつくんですが、『マレビト』というのは?」
「異世界からの訪問者のことだ。たまに向こうの世界とこちらの世界が交わって、ヒトが来ることがある。まあ滅多にないことだがね」
「じゃあ俺は違います。ハッキリと召喚だって『陛下』と呼ばれた男が言ってましたから。でも俺は間違って召喚されたみたいで、北の森に捨てて始末しろと……」
言いながら当時の理不尽な扱いに、俺は腹が立ってきた。
そうだ。
相手にどんな事情があれ、俺が命まで奪われなきゃならない理由なんて、それこそこちらにはない!
「酷い! 勝手に呼んでおいて、間違ったから殺すなんて、普通そこは謝るとこじゃない!」
「全くです。ごめんなさいで済まされる事ではありませんが、あんな怪我まで負わせるなんて、どうかしています」
「ミィナさん、ムジカさん……」
他人事なのに俺の境遇に本気で怒ってくれる二人に、俺自身の腹のムカつきが少し治まった。
良い人……いや良いエルフか。心優しい彼らに拾われて、俺は本当に幸運だったな。
「やだ、ユイ。さん付けはいらないから、ミィナって呼んでよ」
「私も。ムジカでいいですよ、ユイ」
「えっと、じゃあ、ミィナとムジカで……」
「うん!」
「はい」
「……友情を育んでいるところ悪いけど、話を戻していいかな、ユイ」
「あ、どうぞ。ラヴァンドさん」
ラヴァンドは顎に手をかけ、自分の考えをまとめるように口を開いた。
「おそらく『陛下』というのは、ドゥエル王国のアドルト・スフィーダ王だろう。北の森に一番近いのはあそこだし、あの王ならやりかねない。他に何か気づいた事は?」
「そう言えば……『何故男なんだ』と怒っていました」
「ふむ、必要としていたのは女性か……だとすれば、彼らが召喚しようとしていたのは『
『歌姫』?
召喚するのは『聖女』とか『勇者』って、相場が決まってるんじゃないのか?
ムジカとミィナもお互いに顔を見合わせてキョトンとしている。
となれば、この世界でも『
俺は疑問をそのまま口に出して聞いてみた。
「それは召喚する側の事情で違うだろう。瘴気が世界に溢れていれば『聖女』、魔王などのヒトの力ではどうにもならない脅威には『勇者』と、召喚儀式は様々だ」
「『歌姫』っていうのは……?」
まさか歌謡祭とかする為に呼んだ訳では無いだろうが。
「『歌姫』は純粋な力だ。その力の発露は善悪を問わない。つまり、この世界を破滅に追い込もうと目論む悪人でも、条件さえ揃えば彼女は召喚出来るし、その力を行使出来る———と、言われている。私も長いこと生きているが、実際どの召喚も成功したと聞いた記憶が無い。つまり、召喚儀式自体とても成功率の低いものなのだよ」
ラヴァンドは肩をすくめて最後にそう結んだ。
「うーん、結局アドルト王は何でユイを呼んだの?」
「『歌姫』という強大な力が手に入れば、他の国々は従わざるを得ませんから、その為でしょうか?」
「実際『歌姫召喚』を行った動機はムジカの言うとおりだと私も思う。先の大陸全土を巻き込む大戦に懲りて、お互い和平を約束して握手したものの、机の下で足を蹴り合ってる現状だからな。アドルト王が他国を出し抜こうとやった可能性が高い」
………なんか、異世界も大変だな。
エルフが存在するようなファンタジーの世界なんだから、ふわふわキラキラした世界観であって欲しかったけど、やっぱり人間がいて国家がある以上、争いの種は尽きないらしい。
「でもそうすると『歌姫』じゃなく俺が召喚されたことで、この世界の平和は守られたんですね」
「………………」
「………………」
「………………」
俺の一言で、三人の間に奇妙な沈黙が生まれた。
え。俺、変な事言っちゃった?
「ハハハハ! 確かに、そういう前向きな考え方もあるな。ユイ、君は面白いヒトだな!」
「いや、ラヴァンド、笑い事では無いですよ! 彼にしてみれば、訳もなく異世界に召喚されて、理不尽な扱いを受け、本当に酷い話です!」
「ムジカの言うとおりだよ! 茶化さないで! ラヴァンド」
吹き出した元族長に、真剣に怒って抗議してくれるムジカとミィナ。
「悪かったよ」と、俺と二人に謝るラヴァンドも、決して悪いエルフではないだろう。まだ笑ってるけど。
俺は召喚された先で理不尽な扱いを受けたが、助けてくれたエルフ達は、こちらが恐縮するくらいとても優しい………。
捨てる神あれば拾う神あり、人生ってそう捨てたもんじゃ無いんだなあと、いるかどうか分からない神様に感謝しようとしたその時、
「おい、ムジカ! ヒト族のヤツが目を覚ましたって本当か!? 俺が二度と目覚めないよう、念入りにぶっ殺してやる!!」
ヒトへの殺意に満ち満ちたエルフに、俺は遭遇する事となる———
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