第9話 アドルト王の企み

「ええい! まだ召喚儀式の用意は出来ぬのか!?」


 歌姫召喚に失敗したドゥエル王国のアドルト・スフィーダ王は、ここ数日荒れに荒れていた。

 壊された陶器は数知れず、王の癇に触る進言でもしようものなら自分も同じ運命を辿るのだと、臣下の誰もが理解していた。


 それでも誰かが応えねばならず、その役目は当然王の側近が担うことになる。

「恐れながら陛下、何度も申し上げておりますように、術師は何とか用意出来ましたが、魔石の数が足りませぬ。このままでは先日の二の舞です」

「宰相よ」

「ハッ!」

「私は何度も言ったはずだ。それを用意するのがお主らの役目だとな!」


 アドルト王の叱責に、宰相や他の臣下達はただこうべを垂れ、嵐が通り過ぎるのを待つしかなかった。

 王自身、大量の魔石の入手が難しいのは重々承知していた。

 何故なら、先日の召喚に使用した魔石も、正規のルートを通して入手したものではなかったからだ。

 それでも『歌姫召喚』のチャンスは、敵対するゼルドナ王国が王位継承で混乱している今しかないと彼は踏んでいる。


「ゼルドナ王国はいずれあの若造——第一王子メルクリオ・リクイドが王位を継ぐ事になるだろう。その前に我が国の優位を確立せねばならんのだ。それがお主らには分からんのか!?」


「アドルト王、魔石の入手が困難ならば、別の手がございます」

 側近の一人が口を開いた。

 王の間にいた人々の視線が一斉に彼に集中する。


「申してみよ」

「ハッ! 魔獣や他種族を魔石の代替品に使うのです。エルフ……は難しいでしょうが、他の愚鈍な種族なら捕らえて贄として使えるのではないかと」

「ふむ……」


 ざわめきがさざなみのように広間に伝わる。

「確かに、召喚に必要なのは魔力……」

「魔石そのものでなくても良いわけか」

「ヒト以外の種族なら多かれ少なかれ、魔力を保持しておりますからな」

「では騎士団を魔獣狩りに森へ派遣しましょう」

「この前、魔獣討伐に入った部隊が全滅したばかりではありませんか。ここは民間のギルドに依頼主を伏せて、冒険者に魔獣捕獲をやらせた方がこちらの損害も少なくて済みます」

「魔獣より他種族の方が効率が良いのでは?」

「確かに。しかし我らドゥエル王国が他種族を狩ったとなると、それはそれで問題が……」


「『裏ギルド』を使えば良いのでは?」


 誰かの一言に、再び広間は静まり返る。

『裏ギルド』———その名のとおり、普通のギルドでは扱わない、盗み、誘拐、人身売買、殺人、暗殺等々の要するに違法行為全般の仕事を取り扱う所だ。

 もちろん法の元において、裏ギルドの存在はあってはならないものとして否定されている——表向きでは。


「……王家がそのようなものと繋がりを持つのは、いかがなものかと」

「裏ギルドを使えば我らの手を汚さずに済むが、それはヤツらに弱みを握られたも同然だ。ゆくゆくはまずい事になるのでは?」


「裏ギルドと連絡を取れ。ヤツらにこの件を任せる」

 側近達の心配をよそに、王は断言した。


「お待ちください、陛下!」

 慌てて止める宰相に、アドルト王は手を上げて彼の発言を制した。

「のう、宰相よ、私が無力な男に見えるか?」

「い、いいえ、陛下はドゥエル王国の偉大なる王にございます……」

「そうであろう。であれば私がそのようなものに利用されるはずもない。もし裏ギルドが我が意に反するような事があれば———」

 鷹揚に笑って、アドルト王は言葉を切った。


「潰してしまうまでだ」



 ———後日、裏ギルドの掲示板に依頼主の名がない依頼書が貼り付けられた。

 成功すれば高額な報酬が約束されている仕事に、腕に覚えがある者達が一斉に飛び付いた。

 男もそのうちの一人だった。

 捕獲場所や種族は問わないという条件に、彼の足は森に向かったのだった———

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