第15話 オッサンの子守唄

「ユイ、出来ました!」


 ———レヴリ爺さんから弓を貰って数日後。

 家の近所で薬草採取に勤しんでると、ムジカが勢い良く俺に言った。


「出来たって、何が?」

「お守りですよ! どうぞ、こちらへ」


 ムジカに家に中に連れ戻されると、出来立てホヤホヤらしい花の首飾りを見せられる。

 それは俺のリクエスト通り白い花で作られていて、これならオッサンが着けてもギリギリ恥ずかしくないデザインだ。


「ありがとう、ムジカ。これで俺が森の中で迷子になっても安心だな!」

「迷子を前提にしないで下さい。着けますから、頭を下げて」


 ムジカが首飾りを掛けやすいように、言われるままに頭を下げた。

 俺たち二人の身長はさほど違わない。

「ハイ、これでいいでしょう」と、ムジカがつむじの辺りで言うのを感じて、俺は顔を上げた。

 彼の端正な顔が、俺を嬉しそうに見つめていた。

 赤とピンクのグラデーションの瞳が、宝石のように煌めいて、思わず時を忘れて見惚れてしまう。


「ユイ?」


 固まった俺を不思議そうに、ムジカがさらに近付いて覗き込む。

 吐息が触れ、唇が当たりそうな程近くに———


「うわぁっ!」


 俺は慌てて飛び退き、彼から距離を取った。


「ああ、すみません。驚かせてしまいましたね。ユイが赤い顔をしているので、おでこで熱を測ろうとしたんですよ」

 ムジカは俺の挙動不審をそのように理解したようだ。


「あ、ああ、熱、熱ね! 大丈夫、君にお守りを貰って、嬉しくなって興奮しただけだから!」

「そんなに喜んでもらって私も嬉しいです。あ、他の色の花で予備もいっぱい作ったので、白に飽きたらいつでも言ってくださいね」

 ウキウキとテーブルいっぱいの花飾りを俺に披露してドヤ顔をしている。

「あー、ははは、うん。その時は頼む」


 良かった。キスされると勘違いしたなんてムジカに気付かれたら、恥ずかしいやら申し訳ないやらで彼に合わせる顔がない。

 そうだ。ムジカは親切で優しいエルフだ。

 間違っても俺みたいなオッサンを、どうこうするような特殊性癖は無いはずだ。

 直に謝るわけにはいかないが、彼の名誉を汚したことを心の中で俺は深く反省した。


 ………それにしても、自分の節操のなさにもビックリだ。

 同性にときめいたことなんて一度も無かったのに、綺麗な顔を近付けられただけでドキドキするなんて………。

 俺は欲求不満なのかもしれない。



 少し落ち着いたら、テーブルにわっさり乗ったお守りの花飾りが目に入った。

 あの一つ一つを、ムジカは俺の為に作ってくれたんだよな………。

 そう改めて考えると、言葉のお礼だけでは到底足りない気がした。


「なあ、ムジカ。このお守りのお礼を君にしたいんだけど、何か俺に出来る事はあるかな?」

 ここで気が効く男なら、相手に聞くまでもなくスマートにお礼が出来るのだろうが、残念ながら俺は気の利かないオッサンだ。

「気にしないでください。私があなたにあげたかっただけなので」

「それなら俺も君にお礼をあげたい! まあ、大した事は出来ないと思うが……」

「………では、少しお待ちを」

「?」

 ムジカは俺を残して自室に向かうと、程なくして自分の弓を手に戻って来た。


「お待たせしました。ユイに歌って欲しい歌があります。あなたが嫌でなければの話ですが……」

「俺で良ければ、いくらでも歌うぞ!」

 躊躇いがちなお願いを、俺は間髪入れず了承した。リクエストなら、むしろ歌い甲斐があるというものだ。


「私は弓を弾くのは苦手なので、お聞き苦しい点が多々あると思いますが」

 ムジカはそう前置きすると、ゆっくりと弦を弾いた。


 彼の弓から出た音色は、何かの楽器ではなく女性の声だった。

 確かにこの弓は奏者が頭に浮かべた音をそのまま奏でる。

 こういう使い方も出来るのかと、感心している間に演奏は終わった。


「——どうでしたか? ユイ」

 不安そうな表情で、ムジカが俺に感想を求める。

 本人の言う通り、ムジカの演奏は辿々しく、聞こえてくる女性の歌声は終始掠れがちだった。

 それでもこの歌が誰の為に歌われたものなのか、察しはついた。


「優しい子守唄だね。君のお母さんが、昔歌ってくれたのか?」


 ムジカの表情がパッと明るくなる。

「はい、そうです!」

「これを俺が歌って良いのか? ムジカとお母さんの思い出の歌なんだろ?」

「ユイに歌って欲しいです。曲自体はエルフに広く伝わるものですから」

 彼は言葉を切って、俺ではない、どこか遠くに視線を向けた。


「この前の宴の時、あなたの歌で母の事を思い出し、子守唄を歌ってもらった記憶も一緒に浮かんできたんです。でも昔の事だから少しぼやけていて……ユイに歌ってもらえれば、はっきりと思い出せるんじゃないかって」


 歌う事ならお安い御用だ。

 亡き母親との記憶を鮮明に出来る力は俺にはないが、少しでも彼の慰めになれば良い。

 俺はそんな願いを込めながら、弦に指を這わせた。


「っ!」


 ムジカの瞳が大きく見開く。


 伴奏は今聞いたばかりの彼の母親の声にした。

 伴奏と言っても、俺も同じ旋律を歌っているから、斉唱と言った方がいいかもしれない。

 幼子を寝かしつける為の甘く優しい旋律を、聴衆ただ一人のために、俺と彼女で歌い上げる。

 俺にとっても、それは不思議な感覚だった。


 歌い終わってムジカの方を見ると、彼は呆気に取られた顔をしていた。

 ………これは俺、やっちゃったか?

 良かれと思って彼の母親との斉唱にしたが、俺みたいな新参者と一緒に歌わされるなんて、嫌だったかもしれない。

 はたまた一回聞いただけだから、母親の声の解釈違いを起こしたかも——


「ユイ」

「ひゃいっ!」

「私、思い出しました」

「何を……?」

「子守唄、母だけでなく、父も一緒に歌ってくれた事があったんですよ!」


 花が咲くような笑顔とはこういう事だと体現するように、ムジカが俺に笑い掛けた。


「え?」

「今のユイの歌で、母と父が一緒に子守唄を歌ってくれた事、思い出しました!」

 ………よく分からないが、冒険者で今は不在の父親との思い出も母親同様、ムジカにとっては大切だったって事かな?

 母親が亡くなった時点で、父親もこの森を出て行ったのなら、ムジカにとって両親との思い出は同じ時間しかないはずだし。


「俺は君の役に立ったのかな?」

「もちろんです!」


 彼の望みを叶えられたのなら、それで良いか。

 ホッとしていたら、ムジカがモジモジし始めた。


「何? まだ歌って欲しいならいくらでも俺は歌うよ」

 むしろ随時リクエスト受付中だ。

「今はいいです」

「あ、そう……」

「でも今の子守唄」

「ん?」

「私が眠れない時に、ぜひ側でお願いします」


 …………………………………………………………………。


「ユイ?」

「あ! ああ! モチロン! オチャノコサイサイサ!!」


 しまった。

 ムジカに他意はないだろうに、俺の方で色んな意味を想像してフリーズしてしまった。


「やっぱり熱があるんじゃないですか?」

「大丈夫! おでこくっつけなくて大丈夫だからっ!!」


 ムジカは親しくなればなる程、距離感がなくなるエルフなんだと、しみじみ実感させられた一日だった———

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