第6話 オッサンとやや年上の友達
「ユイ! こっちだよ、早く早く! 美味しい実がなる場所を教えてあげる!」
「ちょっ、ちょっと待ってくれって、スコラ!」
翌日、うららかな日差しが降り注ぐ森の中、全力疾走をする外見年齢10歳——実年齢41歳のエルフの少年に、実年齢39歳オッサンの俺は、息も絶え絶えに振り回されていた。
どうしてこんな状況になったかというと、今を遡ること二時間前———
「今日は森の中を案内してもらったらいかがですか? ユイ」
朝食の席で、俺はムジカにそんな提案をされた。
昨日はお粥のような食事だったが、今朝は新鮮な果物と、何かの肉と野菜を煮た物を貰った。
ムジカも同じ物を食べているから、これがエルフの一般的な食事なのかもしれない。
しかし今の彼の言い方だと、
「案内してくれるのは、他のヒト——いや、エルフってことか?」
「すみません。私が同行したいのはやまやまですが、森の結界の確認など、今日中にやらなくてはいけない案件が重なってしまって………」
「俺の言い方が悪かった! 族長なら忙しくて当然だもんな、俺の方こそゴメン!」
ショボンと項垂れたムジカに、俺は慌てて謝罪する。
「ムジカを責めてるんじゃなくて、俺がこの森で知ってるのって、君とミィナとラヴァンドさんと………あと、モルソってヤツだけだろ? だから、ちょっと心配になって………」
「ああ、それなら大丈夫ですよ。森のエルフ達はユイのことを良く知ってますから」
「え? それは……エルフの情報網で『森の入り口で行き倒れてたヒトを保護した』って、ムジカがみんなに知らせたってこと?」
「はい」
つまり防犯情報の共有か。
当時の俺は満身創痍で悪さどころか、起き上がることさえ出来なかったけど、エルフ達にしてみれば不審者であることに変わりない。
防犯意識が高いのは良いことだ。
「だからユイが寝ている間に、ほとんどのエルフ達がお見舞いに来てくれて、あなたの顔は知っています」
「おいっっ!!」
思わず突っ込んでしまった。
「あ、すみません。あなたの許可は取るべきだと思ってはいたのですが、なかなか目を覚まさなかったもので、つい押し切られてお見舞いの許可を出してしまいました……」
「……………………あー、いいよ別に。こっちから自己紹介する手間が省けたと思っておくから」
お見舞いと言いつつ、行き倒れのヒト族の顔を見に来たんだろうな。
「もしかしてエルフって娯楽に飢えてる?」
「楽しいことは好きですね」
「………」
深く考えるのはやめよう。
そして森の案内係として紹介されたのが、ミィナ———ではなく、彼女の弟のスコラだった。
「スコラは私の三番目の弟で41歳なんだよ。ユイと歳が近い方が気が合うかもと思って、ほら、スコラ、挨拶!」
「は、初めまして、ス、スコラです……」
「初めまして………」
どうしよう。俺もどう対応して良いのか困る。
41歳と紹介されたスコラは、見た目10歳くらいの少年だった。
柔らかそうなハチミツ色の髪に花を挿し、青い瞳で姉のミィナに良く似ていた。
人見知りな性格らしく、姉の後ろでモジモジしている。
「スコラはね、ユイが来るまでこの森で一番年下だったの。でもユイが来たからスコラはお兄ちゃんになるんだよ。ユイはエルフより弱いヒト族で、守ってあげなくちゃいけないの。お兄ちゃんなら出来るよね?」
ミィナの言葉は前半は俺に、後半はスコラに向けて言われたものだ。
あー、分かったぞ。彼女が俺に期待している役割が。
「スコラはずーっとここで育ってきたから、ユイを案内して欲しいの。出来る?」
「………出来るよ。ボクの方がお兄ちゃんだから」
視線を弟の高さに合わせてお願いするミィナに、スコラは何かを決意した顔で頷いた。
「そうだね、スコラは偉い! ユイのことよろしくね」
「うん!」
実に微笑ましい姉弟の光景だ。
俺はミィナにおしめを替えてもらった恩がある。
彼女の弟の成長イベントに協力するくらい、わけもないことだ。
そうして回想は終わり、冒頭に戻る———
「あら、スコラ。今日はひとりでお出かけ?」
森のエルフはみんな知り合いらしく、スコラが歩くと度々声をかけられた。
「ううん。ユイと一緒だよ。今日はボクが森の中を案内するんだ!」
「あら、あなた、族長の家にいた——」
この中年女性のエルフも、俺のお見舞いに来ていたらしい。
「良かったわねえ、元気になって。あなた、寝顔が真っ青でみんな心配してたのよ」
「ははは、お気遣いありがとうございます」
………同じような会話を何回も繰り返すのは少しだけ疲れるが、出会ったエルフたちはみんな俺に好意的なのは有難い。
「ねえ、ユイ。喉乾いた? お腹空いてない? お昼に何食べたい? ユイは何が好きなの?」
「うーん、俺はここに来たばっかりだから、どんな食べ物があるかよく分からないな」
「じゃあボクが教えてあげる! ボクはねぇ、サクサクの実が好きー!」
「そっかー」
スコラの言う『サクサクの実』が擬音による彼の造語なのか、それとも正式名称なのか判断に困る。
しかし『お兄ちゃん』効果のお陰か、スコラは第一印象の『人見知りな少年』を払拭して、積極的に俺に話しかけてエスコートしてくれる。
森の中とは言え、歩道は整備されて俺の革靴でも歩きやすい。
そういえば、ボロボロだった俺のスーツは洗われて、破けた所は綺麗に繕われている。
ムジカかミィナがしてくれたのだろうか? 帰ったら聞いてみて、お礼を言わなくては。
木漏れ日の下、時折風に吹かれて洗濯物がはためいているのが見える。
ヒトの街のような開けた場所じゃなくても、エルフの生活の営みがこの森には存在するんだ。
「……なあ、スコラ。エルフは畑を作らないのか?」
「畑?」
「ああ、自生だと食べたい野菜や果物の数の調整が出来ないだろ?」
「うーん、ユイの言ってること、よくわかんないけど。食べ物が足りなくなったことは、今までないよ? 場所や時期でとれる果物は変わるけど、お腹空いたらそこら辺になってるものを食べるから。ほら、これがサクサクの実!」
スコラはそばに生えていた木の枝から実をもいで、俺にくれた。
赤くて丸っこい……でも表皮はバナナの皮のような感触だ。
「これはね、こうやって皮をむいて食べるんだよ。はい! どうぞ!」
スコラが誇らしげに赤い皮をむき、可食部を俺に渡してきた。
瑞々しい白い果肉はレモンのような香りがする。
…………どうしよう、これで味もレモンだったら。
大きさは小ぶりなメロンくらいあるから、メロン大のレモンを完食するのはキツいぞ。
断ろうにもスコラがキラキラした目で見てくるし———
「いただきますっ!」
俺は思い切って、白い果肉に齧り付いた。
…………何だこれ、美味い!
レモンのような酸味のある匂いに対して、味は例えるなら桃のような甘さだ。
そして歯触りはサクサク……と言うよりシャクシャクしていて、梨のようでもある。
「ね、おいしいでしょ? ボクも食べよ」
俺の反応に気を良くしたのか、スコラも隣でもう一つもいだ実を食べ始めた。
「ご馳走様でした」
………完食してしまった。
中央に大きな種が入っていたから、可食部はそれほど多くなかった筈だが、ギュッと詰まった実は一個だけで満足感を得られた。
その実がなっていた木を見上げると、これから大きくなるであろう実を含め、かなりの数が実っていた。
「この、サクサクの実は一年中なってるのか?」
「ううん。たまになくなる。でも、そう言う時はゴリゴリの実を食べるから大丈夫!」
「ゴリゴリ……」
また新しいワードが出てきた。
しかしこの森では畑を作るまでもなく、野菜と果物は十分に手に入るのか。
「肉はどうしてるんだ? 魔獣を食べるのか?」
「食べないよ! 不味いもん!!」
スコラがビックリしたように反論する。
そういえば、ムジカが魔獣とは共生関係だと言ってたな。
「不味いんだ? 魔獣は」
「うん。普通は食べないよ。熱が下がらなくて、どうしてもって時だけ、お薬だって食べさせられたけど、とっても不味かった……」
その時の記憶が強烈だったのか、スコラは本当に嫌そうな顔をした。
「じゃあ魔獣じゃなくて、普通の獣?」
「そう! 大人になったら狩りに行けるんだよ! 鳥とかウサギとか、鹿とか猪とか、弓で射るんだ! あ、魚もたまに食べるけど」
興奮気味にスコラが教えてくれる。
今朝食べた肉は不味くはなかったので、今彼が羅列したの動物のどれかだったのだろう。
ウサギは食べたことはないし、心情的に可哀想な気もするが、まだ俺の知ってる動物の名前で良かった。
「スコラは早く狩りに行きたい?」
「うん! だって大人になった証拠だし、族長なんてすごいんだよ! 飛んでる鳥だって一発で当てちゃうの!」
「へえー」
あの外見から虫も殺さないようなイメージを抱いていたが、確かに一族を束ねる男が、綺麗なだけじゃ務まらないよな。
「100歳超えたら弓の練習して良いって、お姉ちゃん言ったんだ。そしたら、ユイにも教えてあげるね!」
「ああ、気持ちだけでも嬉しいよ」
その頃には俺はヨボヨボして、弓じゃなく杖が必要になってるだろうけど。
「スコラー、ユーイ!」
「あ、お姉ちゃんだ!」
空が明るさを失い始めた頃、ミィナが俺達を呼びに来た。
もうそんな時間か。
今日は夕方から森の広場で俺の歓迎会が開かれるそうだ。
スコラの案内で森を散策中に、ラヴァンドさんに呼び止められ、歓迎会の開催を告げられた。
俺一人のために仰々しいのはちょっと……と、やんわり断ろうとしたが、エルフ的に宴会の口実が欲しいだけだからと、低音のイケボで了承させられてしまった。
まあ、族長であるムジカの許可も取ってあるそうなので、俺に断る権限は端からないか。
歓迎会か……。
召喚される前の世界では正直面倒臭かったり、「俺なんかに時間を使わなくても良いのに」とか思ったり、あまり乗り気ではなかったな。
だけど今はスコラとミィナに手を引かれ、エルフ達の輪の中へ自然と溶け込んでいけるのが、自分でも少し不思議だった。
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