第7話 オッサンと歓迎の宴

 森の広場には、大勢のエルフが集まった。

 昨日ムジカが俺に見せてくれた精霊の灯火が、森の木々のあちこちに吊り下げられ、暗くなる空とは反比例して明るく地上を照らしていた。


 宴会部長よろしくラヴァンドの挨拶があり、俺も流れで自己紹介をさせられた。

 それが終わると宴会スタートだ。


「異世界では鉄の鳥が飛んでるって、本当かい?」

 飛行機のことだろうか?

「黒い円盤を回すと、音楽が流れるんでしょ?」

 これはレコードだな。

「腐った豆を食べるんでしょ? お腹壊さない?」

 納豆? いや字面的に豆腐の可能性も?


 その他、俺は微妙に古い情報の質問を矢継ぎ早に浴びせかけられた。

 俺が視線でラヴァンドに説明を求めると、

「80年近く前だったか。近隣のオークの村の洞窟からマレビトがこちらの世界に訪れたんだ。ちょうどユイのように黒い瞳と黒い髪で、女性だったけれど。名は『チヤコ』と言ったな」

 と、意外な事実を教えてくれた。


 80年近く前というと……戦時中か。

「彼女……チヤコさんは存命なんですか?」

「いや。少し前……20年前か、そのくらいに亡くなった。私はチヤコが出現した時、オークに要請されて話し相手になる為に行ったんだよ。ユイはオークを知っているか? 彼ら種族の容姿はヒト族とかけ離れているから、怖がられて困った挙句に、まだヒトに見えなくもないエルフ族に助けを求めたって訳だ」

「オークというと、頭部が豚の……?」

「そう、それだよ。チヤコはエルフやオークを知らなかったけれど、ユイは知ってるんだな」

「知っているとしても 空想上の存在としてですよ」

「ああ、あちらではそうらしいな。マレビトの中にもこちらの種族を知っているヒトがたまにいるのは、あちらの世界にマレビトとして、ここの住人が行っているんじゃないかと、私は考えてるんだ」

 確かに、俺がここにいる以上、逆もまたあり得る話だ。


「それにしても、今の話だとオークとエルフは仲良しなんですか?」

 オークとエルフがキャッキャウフフしてる絵面は、俺には思い浮かばないが………。


「オークに限らず、他種族との交流はありますよ」

 ラヴァンドではなく、今度はムジカが話に割って入ってきた。

「じゃあお互いに何か売ったり買ったり、そういう交流もあるのか?」

「ヒト族以外とは基本、物々交換ですね。貨幣を使うのはヒト族の街で、物々交換が出来ない時だけです」


 あれ?

 300年前エルフ狩りなんてものがあって、モルソみたいな恨みを抱くエルフがいたら、ヒト族との交流は難しい筈だが………?


 ラヴァンドは俺の疑問を的確に読み取ったようだ。

「今も積極的な交流はない。しかし300年だ。エルフの方で恨みはあっても、ヒトの方はとっくに代替わりしている。そもそもエルフ狩りは『ヒト族の王女とエルフ族の若者の駆け落ち』から端を発する。愛する娘を奪われ、激怒した王が引き起こした事だ」

「………かなり個人的な理由ですね」

「そうとも。だから悲劇は悲劇としてあまり後を引かなかった。我々エルフは当時の反省としてヒト族と距離を置いて生活することを選んだが、全てのエルフに強制するものではない。冒険者になったり、商人になったり、ヒト族の街でエルフの姿を見ることは珍しくない」

「私もたまに出掛けますからね」

「ムジカがヒトの街に!?」


 ———想像する。

 ヒト族の街に、キラキラした神々しいムジカの美貌が溶け込むとは思えない。

 どうしたって滅茶苦茶浮くんじゃないのか?


「………ユイ、何か失礼なことを考えていませんか?」

 困惑が顔に出ていたのか、ムジカに少しムッとされる。

「気に障ったらゴメン。ただ、君がヒトの街にいたら目立つだろうと思ってさ」

「…………」

 ん?

 今度はムジカの眉間の皺が深くなった。


「ユイ、ムジカの顔のことは言ってやるな。エルフ族の中でも目立つ方だからな。ヒト族の街にムジカが初めて行った時なんか大変だったぞ。両手に足りないほどのヒト族の男女に求婚されて、挙句に攫われかけたんだから」

 ラヴァンドは昔のことだとあっけらかんと笑って話すが、その内容はムジカ当人にとってはトラウマになってもおかしくないだろう。


「俺は茶化すつもりはなかったけど、そんな目に遭ったんなら嫌な気持ちになるのは当然だよな。無神経なこと言ってゴメンな、ムジカ」

 俺が真面目に謝ると、彼はすぐに目元を和らげた。

「私こそ、これじゃあ八つ当たりですね。ユイを怖がらせてしまって、すみません」

 ………やっぱり、ムジカに限らずだが、エルフの俺への対応は子ども扱いでオッサンの俺は複雑だ。

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