第13話 オッサンは可愛い……らしい

「フンフンフーン♪」


 今日の薬草摘みも絶好調だぞ、俺。


 初めてムジカの薬の工房に入れてもらってから数日後、俺は鼻歌混じりで薬草を採っていた。

 まだ採取場所は家の周囲に限られているが、それにはムジカの過保護とは別の理由があるからだ。


「こんにちは、ムジカはいるかしら」


 腰の曲がったエルフのお婆さんが、木の杖をつきながらこちらへやって来た。


「こんにちは、フュジさんですね? ムジカは今不在ですが、彼から薬を預かっています」

「あら、あなたヒト族の」

「はい、ユイです」

「まあ、お留守番をしているの? 偉いわねえ」

「ハハハハ」


 ここでも子ども扱いである。

 とにかく、今の俺には薬草採取とお留守番という立派な仕事がある。

 それこそ子どもでも務まる任務ではあるが———


「はい、これがフュジさんの薬です」

「いつもありがとうって、ムジカが戻ったら伝えておいてね。それからこれ、少ないけれど良かったら二人で食べて。私の家の周りで採れた果物なの」

「有り難く頂きます」


 フュジは少し疲れたように腰を叩いた。

 そういえば、ここに来た時の足取りもゆっくりしたものだった。

 俺は「ちょっと待ってください」と彼女を引き留めて、家の中から木の椅子を持って来て、座るように勧めた。


「悪いわねえ」

「いいえ、お茶もお出しいたいところですが、ムジカが火を使わせてくれなくて……俺には魔法が使えませんし」

「ヒト族は魔石がないと魔法が使えないものねえ」

「フュジさんはどんな魔法が使えるんですか?」

「見たい?」

「是非!」

 俺が勢い込んで答えると、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。


「それっ」


 フュジが腕を一振りすると、一陣の風が俺の頬を撫で、通り過ぎて行った。


「今のが、フュジさんの魔法?」

「そうよ。若い頃は嵐も起こせたけど、今は駄目ね。腰も痛いし」

「あの……その腰痛って、ムジカの治癒魔法で治せないんですか?」

「それは無理ね。あの子の魔法は怪我は治せるけど、こういう老化による症状は治せないみたい。身体の衰えは自然な事だし、受け入れるしかないのよ」

 老エルフは全てを悟った穏やかな表情で、俺に微笑んだ。

 ヒトより長命とはいえ、エルフにも老いと死は逃れ難い事なのか………。


 フュジが帰った後も、ぽつぽつとムジカを訪ねてエルフが来た。

 薬草採取の合間に応対しているうちに日が暮れて、ムジカが家に戻って来たのはすっかり外が暗くなってからだった。


「すみません、ユイ! すぐに夕飯の準備をしますから」

 いつもは余裕のあるムジカが、ドタバタと慌ただしく入って来た。

「いいって俺に気を遣わなくても。それより俺にも台所を使わせてくれれば、食事を用意出来るんだが」

「危ないから駄目です!」

 そんなにキッパリ拒絶しなくても………。

 確かに現代日本のキッチンと比べたら、炊事も手間がかかるし、火の取り扱いも注意が必要だけどさあ。


「あの、食事の前にユイ……」

「ん? 何だ?」

 何故かモジモジし始めたムジカに、俺は彼の顔をじっと見る。

 そういえば今日のムジカは少し様子がおかしい。


「具合でも悪いのか?」

 だったら困った事になる。俺では治癒魔法はもちろん、薬作りだって出来やしない。

「違います。そうではなくて———これっ!」


 ブワッと、目の前が色の洪水で覆われた。

 それから遅れて感じた、多種多様な花の香り———


「!? 何だコレ!! 花束?? 何で俺に!?」

 巨大な花束に押し潰されながら、俺はムジカに問いただす。

「あなたにお守りを作ろうと思って、花を見繕っていたのですが、結局どの花が良いか迷ってしまって……」

 途方に暮れたように、彼はしょんぼり答えた。

「それで、俺に選べと?」

「はい、すみません」

「いや、謝る必要はないけれど……」

 選びあぐねたといっても多過ぎるだろ。ザッと見た感じでも100本以上ありそうだ。


「あ」


 ここでようやく俺は気付いた。

「エルフが身に付けてる花の髪飾りや首飾りって、ひょっとして」

「はい、お守りです」

 ムジカが自分の髪飾りに手をやる。

 何だ。アレはエルフ特有のオシャレじゃなかったんだ。


 ムジカは花束からピンクの花を引き抜き、茎を切り取ると俺の髪に翳した。

「……オッサンに可愛い色は似合わないだろ」

 しかしムジカは満足そうに笑っている。

「どうして? お似合いですよ」

 うーん、老若男女みんな美形のエルフ族ならともかく、ただの冴えないオッサンにピンクの花の髪飾りは、正直いかがなものだろう。


 他の色は……と花束を見ると、白い花が目についた。

「俺はこれが良いかな」

 白い花を引き抜いてムジカに渡すと、彼は少し不服そうな顔をする。

「白が好きなんですか? 今の花の方がユイに似合っていたのに」

「これだって綺麗な色じゃないか。君の髪みたいに透き通って、光ってるみたいだ」

「え……」


 あ、今のは失言だった。

 少し心安くなったからといって、人——いや、エルフか——の容姿をあれこれ言うもんじゃない。

 いくら優しいムジカだって、不快に思う事だろう。


「あの、ごめん。ムジカ、今の言葉は無しで……」

「何故ですか? 私の髪の色は綺麗じゃないですか?」

 怒ってはいない? 逆に俺が前言撤回した事が不満そうだ。


「いや、綺麗だと思ったから、つい言ってしまったけど、こういうの嫌なんだろ。ラヴァンドさんだって君の顔のことは言うなって」

「容姿のことを揶揄われるのはもちろん嫌ですよ。でもユイは誉めてくださったんでしょう?」

「まあ……そうだけど」

「だったら問題ありません。私もユイの事を可愛いと思っているのでおあいこです」

「へ」

「嫌ですか? 私に可愛いなどと言われるのは」

「えーと……言われ慣れてないんで、なんとも……」

「ではユイが私を綺麗だと思っても、私がユイを可愛いと思っても、何も問題ありませんね」

「えー」

 ムジカがキッパリと断言して、この話題を終わらせた。

 しかしこんなくたびれたオッサンを可愛いだなんて、いくら向こうが261歳上だからって、エルフの美的センスは良く分からん。

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