第11話 オッサン、はじめてのプレゼント1
「遅い! 遅いですよ、ユイ! この森に危険はありませんが、万が一ということもあります。暗くなったら帰っていらっしゃいと、いつも言っているでしょう!」
「……ハイ、スミマセンデシタ」
この男、一族の長と言うより、もはやお母さんである。
俺はムジカのお説教を聞きながら、謝ることしか出来ない。
———暗くなっても帰って来ない俺とスコラを探しに来たのはミィナだった。
この広い森の中、よくピンポイントで俺達を探し当てたもんだと感心していたら、「ユイ、覚悟して帰った方が良いよ」と、よく分からない助言を貰ったが、今ならその意味が痛いほど分かる。
「良いですか。スコラがついているとは言え、ヒト族は我々エルフより夜目がききません。木の根に躓いて大怪我する恐れもあるんですよ!? ただでさえヒトは脆いんですから」
「ごめん、ムジカがこんなに心配してるなんて思わなくって……」
ムジカの言葉は一々もっともで、俺は素直に謝った。
俺のことを本気で大切にしてくれるムジカを、心配させた俺が全面的に悪い。
「………以降、気をつけて下さいよ、ユイ」
俺の心からの反省を受け取ってくれたのか、ムジカが少し口調を和らげた。
「ああ、もう遅くならない。約束する」
「そもそも、こんな時間まで何をしていたんですか?」
「あ!」
いけない、忘れるところだった。
俺は摘んできた草の束をムジカに渡した。
「これを、私に……?」
「ああ。何に使う草か俺は知らないけれど、これをムジカにあげたら喜んでたって、スコラが言ったから」
ムジカがその綺麗な瞳を見開いて、俺をジッと見つめる。
「私のために?」
「そうだよ。俺はここに来てからエルフのみんな——特に君に良くしてもらっているのに、何も返せていない。それが心苦しいんだ」
「そんなこと、ユイは気にしなくて良いんですよ?」
「いーや、要は俺の自己満足だ。何かムジカにしてやりたいっていう。それなのに心配かけて本末転倒なんだけどさ……」
我ながら良い歳をして情けない。
これが元いた世界なら、お世話になったお返しに金品でそれなりのお礼が出来ただろう。
だけどここは勝手が違う異世界だ。
俺は無力で一文無しで、お世話になってるムジカにお礼をする事もままならない。
「………」
彼は無言で俺の渡した草束を見つめていたが、ふと何かを決意したように俺の手を取った。
「ユイ、来てください」
「え? おい、ムジカ?」
引っ張られるままに連れて来られたのは、ムジカの木の家の隣。
こちらも一回り小さな木の家だった。
ここには触ると危ない物が置いてあるから入ってはいけないと、当初からムジカに言われていた。
だから俺はてっきり、刃物や工具が置いてある資材置き場だと思っていた。
「どうぞ」
ムジカが扉を開け、俺に中に入るように促す。
「いいのか? 俺が入っても」
「あなたが私の言う事を聞いてくれるのなら」
「ウッ、もう絶対暗くなったら家に帰ってくるよ!」
「では、中へどうぞ、ユイ」
ムジカはいつものように優雅に笑った。
俺はその笑顔に釣られ、恐る恐る家の中に一歩足を踏み入れる。
「……お邪魔しまー、す? ………え? ここってひょっとして———」
天井からぶら下がる草花の匂いが鼻孔を刺激し、正面奥に吊り下げられた魔獣の死骸に目を奪われる。
壁には小さな引き出しがいっぱいついた棚が置かれ、木のテーブルの上にはすり鉢やすりこぎ、天秤ばかり、何かの鉱物、液体の入った瓶等々が少し乱雑に乗っている。
「ここは、私が薬を作るための工房です」
ムジカは俺が贈った草束から、一本掴んで俺に見せる。
「この草は腹痛に効く薬になります。一番消費が多い薬ですから、原材料の草の提供は嬉しいです。ありがとうございます、ユイ」
———成程、ムジカが喜ぶって、こういうことだったのか。
「君の役に立てたのなら俺も嬉しいよ。でも、どこに危ない物があるんだ? その奥の魔獣は死んでるよな?」
「もちろん。この魔獣は縄張り争いに敗れて死んだものです。食用には適さないけれど、熱冷ましの薬になるので」
そういえば、スコラが食べさせられたって言ってたっけ。
「危ないというのはヒトとエルフで薬の分量が異なるので、もしユイがうっかり口にして具合が悪くなったら……という事を危惧して言ったまでです」
「いや、俺はよく分からない草は食わないよ?」
「子どもは何でも口に入れてしまいがちなので……」
———俺、エルフの子ども基準で考えられていたのか………。
「それにしても、ムジカは族長なのに薬まで作ってたのか。加えて最近は俺の世話までなんて、忙し過ぎないか?」
「そうでもないですよ。元々は亡くなった母が薬師で、私はそれを見て育ちました。だから薬作りは私にとって日常生活の一環です」
「そっか……」
そう言えば宴の席上、俺が歌った『赤とんぼ』で亡くなった母親を思い出したとか、言っていたな。
一緒にいて家族の気配がなかったから、彼は独立して生活してるんだと俺は思い込んでいた。
「父は母とこの森で一緒になるまで冒険者だったので、母が亡くなってから、また旅に出ました」
「ええっ!? 傷心の息子を一人残してか!?」
「大丈夫ですよ、ユイ。母が亡くなったのは100年前——もう私は成人していましたから」
「んー、良くはないけど、それなら、まあ……」
「母が亡くなったのは悲しかったです。でも私は十分大人でしたし、ラヴァンドはじめ、この森のみんなに支えて貰えたので、辛くはなかったですよ」
そう言って、ムジカはふんわりと笑った。
きっと彼にとって、この森のエルフ達は家族同然の存在なんだろうな。
俺は少しだけ、彼らエルフの関係性がうらやましくなった。
「俺も20代の頃に両親が事故で亡くなったから、ムジカの気持ちは分かるよ」
「え」
ムジカの笑顔が凍りついた。
何だ? 俺そんなに変なこと言ったか?
「20代って……まだそんな幼児の時代にユイは辛い経験を——」
「ヒトの場合はもう成人してるから!!」
目頭を抑えフルフルしているムジカに、俺は慌てて捕捉する。
ヒトとエルフの年齢価値観ギャップは、こりゃ相当根深いな…………。
「あのな、ムジカ。君たちエルフから見たら、俺はまだ子どもの年齢なんだろうが、ヒトにしてみればオッサンなんだ。この世界の常識にはまだまだ疎いけれど、そこそこ分別はある。だから、少しは大人扱いして貰えると有り難いんだが」
「………………………………………………………………………善処します」
今すっごい間があったな。
まあ、いいさ。
ムジカに一人の大人として見て貰えるよう、俺がこれからの行動で示していけば良い。
とりあえず、暗くなる前に家に帰る事。
オッサンおぼえた。
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