第18話 死に役

 演目:英雄カレンデュラスの凱旋


 英雄は、名を【カレンデュラス=ミストリア】と言い、数百年前の王族のひとりである。

 彼は当時王都に大量のモンスターが進軍してきた際、槍を持ち兵を率いて立ち向かい、国の危機を救ったのであった。

 その英雄譚は彼の没後数百年経った今も語り継がれており、ミストリア王国の建国記念祭では王都にあるコロシアムで彼の半生が舞台演劇として上演される。


「舞台中盤、進軍してきたモンスターから逃げ惑う国民のシーンを、王国所属の魔物使いテイマーが使役するモンスターと死刑囚を使いリアルに再現。殺戮ショーが貴族に大ウケ、か…」


 俺は手枷をはめられ王都へと向かう馬車の中で、自分がどのような状況に置かれているかの説明を受けていた。

 アリューゼ王女が移動するのに使う六人乗りの豪華な馬車に乗りながら、ときおり車輪が街道の石に乗り上げ車体が上下するのを体で感じる。人生で2度目、半年ぶりの馬車だ。1度目はまだこの世界に召還されたての頃で、何も分かっていなかったのを思い出す。


「…」


 ふと視線を下にやると、両の手首にごつい手枷が付けられている。王都に召還されダンジョン地区に運ばれる時には無かったモノだ。

 1度目と2度目では気持ちと待遇が随分違うなと笑ってしまう。

 それでも、拘束らしい拘束をされずに手枷だけで済んだのは、王女の計らいのおかげだった。


 俺の王都行きが決まりいざ移動となった際、王女が仕入部隊の管理者という権限を使い俺の運搬担当を名乗り出てくれたのだ。

 そのため本来であればガチガチに全身を拘束され荷物同然の扱いを受けるところを、自由に景色を見てお喋りしながら快適な王都への旅路を満喫できるようになったというわけである。彼女には感謝せねば…。


 そして説明によれば、毎年この時期になるとミストリア領の色々な所から死刑囚が集められ、舞台のエキストラとしてあてがわれるのだという。今回俺はその囚人たちの輪の中に入り、無様に逃げ惑い醜態を晒す大役を仰せつかった。


 しかしまあ…あれだ……


「趣味が悪いことで…」

「ねー。ほんと貴族の趣味ってキモいよねー」

「ちょっと、スーリエ…」


 俺のつぶやきに反応したのは、アリューゼ王女の従者の【スーリエ=ドゥアン】だった。

 同じ馬車に乗り入れた彼女はここに来るまでずっと王族従者とは思えないざっくばらんな態度で、今みたいに堂々と貴族・王族批判をしていた。


 俺としてはとても親しみやすく早々に打ち解けたのだが、その行き過ぎた態度にアリューゼが呆れながら諭しているというのがなんともおかしな主従関係だなと感じた。

 歳は俺のひとつ上の18で、アリューゼにとっては時に姉のように、時に世話のかかる妹のように、お互いを支え合っているのだと。


「それで、俺の役割期待としては惨たらしくモンスターにバリバリと食われることなんですね」

「せいかーい」

「スーリエ!」


 笑顔で俺を指差すスーリエ。そして歯に衣着せぬ物言いな従者を叱る王女。

 そこまであけすけな言い方をしてもらえると、逆に笑えるからいいんだけど。


「ごめんごめん。でもさ、助かることもあるんだよ」

「そうなんですか?」

「そう。一応演劇だから、そのシーンで読まれるト書きとかセリフが全部終わるまで生き残っていられれば、英雄カレンデュラスが颯爽と駆けつけてくれるわけ。そういうシーンだから」


 なるほど。

 別に市民役が全滅するまで虐殺が続くのではなく、一通りの流れが終われば救われるのか。


「ちなみに、今までの演目で生き残った人はどれくらいなんですか?」

「んー…七人位かな?」

「それは、何人中?」

「んー…五千人位かな?」


 ワォ…脅威の生存率。

 高すぎて涙が出ちゃうね。


「しかも死刑囚だからどのみち死んじゃうしねぇ」

「ああ、確かに」

「…いい加減にしなさい」

「はーい。でも、さっきダリトン王子が『生き残ったら身柄を預かる』って言ってたみたいだし、他の死刑囚みたいにはならないんじゃない?」

「だといいですけどね」

「でもなぁ…ダリトン王子研究者だから、実験動物にされちゃう可能性はあるかも」


 それは嫌だな。

 研究というと、きっとダンジョン最下層のあそこのことなんだろうけど、それ以外にも何かやっているのだろうか?

 随分と手広くやってるんだな。



「…ねぇ、ホクト」

「…? 何ですか王女」


 会話が落ち着いたタイミングで、アリューゼが重苦しく口を開いた。

 何だろう…。意を決したような表情と声音だが。


「私はアナタを、別の死刑囚とすり替えて、私の従者として迎え入れようと思っています…」

「え…」

「アリー…それは……」


 突然の王女からの提案はとんでもないものだった。

 俺を従者にする? しかも死刑囚とすり替えて?

 ずいぶん大胆な作戦だ。


 先ほどまで飄々としていたスーリエも、真面目な表情で王女を見ている。

 言葉にしないだけで、『それは本気か?』と伺っているのが傍から見て分かった。


「それは、どういうことですか? 真意をお聞かせ貰えますか?」

「…そのままの意味です。アナタを、助けたいと思っているのです」


 そう語る王女の表情は、とても冗談を言っているようには見えなかった。

 だから俺はちゃんと返事をするため口を開く。


「…ありがたい申し出ですが、遠慮しておきます」

「っ…! どうしてですか…。このままではホクトは確実に死ぬんですよ…?」

「分かっています」

「だったら…」

「もしそんな計画がバレてしまったら、処罰を受けるのは俺だけですか?」

「っ…それは」


 ダリトンが決めた配役を勝手に変え、あまつさえ自分の従者にする。

『別に死にゆく人間を入れ替えてもいいのでは』となるだろうか? それは分からない。

 ブチ切れて俺だけでなく王女以外の従者も巻き込まれるかもしれない…そう考えるととてもじゃないが受けられないな。

 そもそも旅ができない時点で受けかねるし。


「アリー」

「…何ですか?」


 スーリエが自身の主に進言する。


「私達従者はアナタが命ずるのであれば、どんな事でもやりますよ」

「ええ…」

「アナタがその少年を助けるというのであれば、私達はアナタの代わりに処刑される覚悟でもって協力します」

「…」


 スーリエの覚悟の程に言葉を失う王女。

 いや、スーリエ個人ではなく、従者全員を代表して発言している。

 やはり、それだけの覚悟がないと乗ることができない提案ということだ。

 当然か。犯罪の片棒を担ごうというのだからな。


 誰も何も言えなくなり、馬の蹄が地面を踏み鳴らす音と車輪が回転する音だけが支配する中、俺は王女に語りかけることに。

 ちょっと気まずいからね。王女も反省して落ち込んでるし。


「王女様」

「…はい」

「俺の故郷には、1年に1回…出会いと別れの季節と言うものがありまして。それは学校や職場の1年の丁度節目になる事が多い時期なんですけど…」


 言わずもがな、3月~4月にかけてのあの時期の事である。何故わざわざそんな遠回りな言い方をするのかと言うと…

 ここに転移されてきて現地の人たちとの言語や単語などはある程度同期されているのだが、"風習"に関してはやはり一致しない事が多いのだ

 それはこの世界の人のみならず、寮の同じ部屋に入ってきた別世界からの転移者とも認識がズレることが多々あった。

 なのでいきなり『盆と正月が一緒に来たようだ』と言っても大多数には伝わらず、『故郷では○○という風習があって…』と前置きする必要がある。


 ただしことわざや慣用句や単語でも、相手の世界に似たようなものが存在すれば自動変換されるようで、すんなり通じる時があるのだ。多少面倒だが、今のところコミュニケーションに支障を来すほどではない。


 さて、話を元に戻すか…


「俺がこの世界に飛ばされてきてからは、時期に関係なく常に別れの連続でした。故郷の学校の2クラス分の車が突然こちらに飛ばされて、スキルを持っていた数人以外がみんな仕入部隊に入れさせられて…」

「ええ、覚えています…。私とホクトが出会う少し前ですね」

「はい。そしてそこからはあっという間でした。体の弱いやつ、運動が苦手なやつ、心が弱いやつ、運が悪いやつ…。仕事に適正のなかった友人たちから次々に亡くなっていく」


 最初は他クラスの不良っぽい生徒が見せしめに殺されたんだったな。

 ボクシングをやっていたから腕っぷしと体力には自信があっただろうけど、仕事内容や境遇を聞かされて反抗的な態度を取ったら、呪印を発動されてそのまま…。


 他の生徒たちは強かったそいつがあっさり殺されたことと、その苦しそうな死に様を見て素直に従うしかなくなったんだ。

 そういう意味では、彼は仕入部隊として本来強い戦力となり得たかもしれない人材だったが、それを失ってでも得られた効果は大きかったかもしれない。


 そして、勉強は出来たけど運動は苦手なやつや、生まれつき体の弱いやつなどが過酷な環境で順当に死んでいった。

 出勤拒否したり、逃げたり、ダンジョンに隠れて地上に出て来ないやつも容赦なく呪印で死んだ。


「俺たちのあとにも別の世界から次々と人が補充されてきて、でもやっぱり向いてないやつから死んで…。いつしか、人が死んでも大して驚かなくなりました」

「感覚が麻痺していくんだよね。"人魔戦争"を経験した年配の兵士も、昔そんなことを言ってたね」


 スーリエさんは、昔この世界で起きた戦争を経験した兵士の話をして、俺の話に補足してくれた。

 きっと心が壊れないようにするための自衛作用なんだと思う。


「そしてこれからも、この国ではそんな境遇の人たちがどんどん生まれると思います。魔石を採取するあのシステムがある限り、ずっと…」

「…ええ」

「だからもし、王女が自分やスーリエさんたちの命を賭してくれる気持ちがあるというのなら、俺一人なんかの為ではなく、未来の俺のような人間を生み出さない為に使って貰えないでしょうか」


 仕入部隊の撤廃

 異世界人転移の撤廃

 彼女がどこまでやれるか分からないが、命を使い捨てるような仕組みを少しずつでいいから変えていってほしい。


 ダンジョン最下層への転送装置や異世界転移装置の破壊だけでは不十分かもしれないから、打てる手は打っておく。



「…」


 俺の話を聞いた王女は、何も話さなくなってしまった。

 難しい顔をしたまま、下を向いている。

 表情から彼女が今なにを思っているのかを推し量るのは難しい。


「…もちろん、無理にとは言わないです。ずっと続いてきたシステムを急に変えたりするのは難しいですからね」


 沈黙に耐えかねて俺が話をするが、王都に着くまで王女が話をすることは無かった。

 スーリエさんと目を見合わせるが、お互い苦笑が漏れるばかりである。


 そしてしばらく馬車が街道を走り、王都へと入る巨大な門に差し掛かった時、俺の耳には懐かしい人物の声が届いた。


「お疲れ様です…。日南のやつはいますかぁ?」


 馬車の外から聞こえる声は、実に半年ぶりに聞く同じクラスであり、同じサッカー部でもある男子生徒のものだった。

 俺の名前に反応しスーリエが窓にかかる布をずらすと、ニヤニヤとした嫌な笑みを携えた男の姿がそこにあったのだ。


「やぁ、元気そうだねぇ、日南ぃ…」


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