第5話 親友はもう死んでいる

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 北斗へ


 北斗がこの手紙を読んでいる頃、きっと俺はこの世には居ないだろうね

 なんて、ドラマみたいな手紙をまさか自分が書くとは思わなかったよ


 北斗が自分の分の飯を俺に分けてくれていたことは、途中から気付いていたよ

 ごめん

 毎日の仕事で、一人前でも足りないくらいなのにな


 安静にしてても、ご飯を分けてもらっても、足が一向に良くなる気配がしなかったから

 これ以上、北斗の足を引っ張るのは嫌だと思って

 こんな事を決めてしまって、申し訳ない


 叶うことなら、もう一度選手権に出て、俺と北斗のゴールデンコンビを披露したかったよ

 俺のアシストで北斗がシュートを決めるのを、みんなに見せてやりたかった


 いつか俺に言った、元の世界に帰るっての、俺はもう無理だけど、北斗ならきっと行けるよ

 応援してるね


 旬





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「よぉシュン…!早く帰ろうぜ…!!こんなところで突っ立ってないでさぁ…」

「…」


 うなだれるように立つシュンに必死に話しかける北斗。

 もう会えないと思っていた親友の姿を確認でき、興奮で視野が狭くなっているのか。

 はたまた、目の前にある現実が直視できず逸らしているだけなのか。

 会話はキャッチボールにはならず、一方的な壁当てとなっていた。


「俺はお前の事を負担だなんて思ってないからさ」

「…」

「ホラ、早く帰ろうぜ…。謝れば今ならきっと許してくれるよ。な?」

「…ア…」

「ん?どうした?あ、そうだ。今日は夕飯一緒に食おうぜ。多めに貰えたんだ」

「ア…と…ほ……」

「なんだよ…?」


 何かの言葉を発するシュンにフラフラと近づく北斗。

 しかし―――


「バカヤロウ!!!!!」


 北斗が来た道から突如現れた兵士が、猛チャージで二人の間に突っ込み、引き離す。

 そして一定の距離があいた所で剣を抜き、改めてシュンと向き合った。


「なにを迂闊に近付いてんだ!よく見ろ!ソイツはもう傀儡百足くぐつむかでに操られているだろ!」

「……くぐつ…?」


 傀儡百足とはダンジョンの第一層に生息するモンスターで、足一本一本から放つ魔力の糸で死体を自在に操る。

 人間の死体であれば背中に張り付き、腕や足を巧みに動かし『自分の人形』を増やそうと他の人間を襲う。

 声帯を動かすことで声を発する事は出来るものの、言語を理解する知能は無い為ただうめいているだけに過ぎない。


「どいてろ!せぁああ!」


 ほとんど正気を失っている北斗を下がらせて、シュンを操る百足に立ち向かう兵士。

 ただ手足を無理矢理動かしているだけの相手に鍛えている兵士が苦戦するはずもなく、後ろに回り込んで本体を剣で斬り勝負はあっさりと着いた。


「っ…!」


 動力源を失い膝から崩れ落ちるシュンの体を、倒れる寸前のところで北斗が受け止める。

 まだ生きていた頃のぬくもりが僅かに感じられるが、既に生気が失われているのが手からイヤでも伝わってきたのだった。


「あ…ああ…!」


 もし自分が水浴び寄り道などしていなかったら…

 ダンジョンと宿舎の間の道で待機していたであろうシュンに気付くことが出来ていたら…

 ご飯の事を伝えた上で心配ないと言えていたら…


 あらゆるIFもしもが脳内を駆け巡る。

 この中で正解などあったのだろうか…?それは誰にも分からない。


「シュン…」


 立膝をつき抱えるシュンの体から伝わって来る体重は、軽い。

 ミストリアここに飛ばされてきた半年前から既に労働に見合わぬ食事量であり、ここ1ヶ月はその半分にも満たない量であった。

 お互いサッカー部に所属していた時は、体作りの為に競うように食べ競うように筋トレをしウェイトを増やしていったが、それも今は見る影も無い。


「ホクト…」


 親友の亡骸を抱え声も発さない北斗を心配するように見守る兵士。

 本来であればダンジョンへの不法侵入は即刻処分の対象だが、それをしないのは半年間で築かれた関係の賜物であると言える。

 だが―――


「何をしているのだね?ジョイワスくん」


 彼が上にどのように言い訳をして思案していたところ、まさにその上司である人物が二人の居る場所まで来てしまっていた。

 名前を呼ばれた兵士は視線を北斗から上司へと移し、名前を呼んだ。


「アーカー隊長…どうしてここに」

「報告を受けたのだよ。一人がダンジョン葬を申し出た事、そして一人が許可なく押し入った事をね。それで気になって様子を見に来たら、君が侵入者を処分せず見守っているじゃないか」

「それ…は…」


 隊長の威圧に気圧されるジョイワス。

 年齢も歴もレベルもステータスも自分を遥かに上回る相手に逆らえないのは自然な事であった。

 それでも、精一杯の抵抗を見せる。


「何故早く始末しないのだ?」

「……彼は、役に立ちます」

「…ほう?」

「彼は…そこで倒れている者の代わりにここ1ヶ月毎日ダンジョンに潜り、ゆうにノルマの1.5倍は納品しています。怪我もせず、メンタルも良好…先ほども私と談笑していました。自分の飯を半分以上そこの者に与えているにもかかわらず…です。それと―――」


 ジョイワスは必死にプレゼンをする。

 如何に北斗が王国にとって有益であり、一時の気の迷いで犯した罪で断ずるには惜しい存在であるかを。

 彼は北斗が思っている以上に、北斗の事を想っていたのである。


 そして隊長のアーカーも黙ってそれを聞いていた。

『私の決定に意見するのか』と叱責することなく部下の話に耳を傾けるくらいには寛容であり、ジョイワスの語る内容に偽りや偏見や瑕疵かしが無いかを吟味している。

 そして一通り聞くと…


「なるほど…わかった。その者の活躍に関しては私の耳にも届いているよ。とても有能であると、他の兵士も語っていたよ」

「では…!」

「だがね…」


 北斗を指さすアーカー。


「果たして今の彼に、以前ほどの活躍が期待出来るのかね?」

「…」


 そこには、心に力が入らず茫然自失の少年が一人いるだけだった。

 親友と一緒に元の世界に帰るという目的の為に頑張って来た北斗だったが、その基礎の部分が折れてしまったのだ。

 再起不能か、回復までに相当な時間を要する事は誰の目から見ても明らかなのだった。


「…」

「彼にだけメンタルケアを施し、復帰をはかるような例外は存在しない。さあ、呪印を解放したまえ」


 隊長命令には逆らえず、ジョイワスはゆっくりと与えられた権限により北斗を処分しかけた、その時―――


「むっ!?」

「これは…」


 北斗の足元に、転移ゲートが浮かび上がってきたのだった。

 そしてそこから、1体の鳥型モンスターが姿を見せる。


「あれは…転移魔法を操る幻のワタリドリ…!?なぜここに!」

「おい、それより…」

「ホクト!!」


 突如現れたモンスターはどこかへ飛び去り、代わりにゲートの真上に居た北斗とシュンはモンスターが元居た場所へと飛ばされてしまうのであった。

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