第6話 さまよえる
二人の兵士の声が聞こえなくなったと思ったら、見知らぬ広い洞窟のような空間に横たわっていた。
床には魔法陣がかすかに残っており、自分が何らかの転送魔法で飛ばされたのだと理解する。
そして直後―――
「…っぐぁ!」
大空間で発生した衝撃波が、俺の体を吹き飛ばす。
咄嗟に手で防御をするがまるで意味をなさず、俺の体は宙を舞い地面に落ちてからも勢いそのままゴロゴロと転がり…
「がはっ!!」
やがて壁に激突した。
「………ってぇ」
うめき声が思わず漏れる。
背中を強打し、全身にできた擦り傷切り傷が脳に危険信号を送る。
親友を失った悲しみが大きくても、どうやら痛いものは痛いらしい。
そりゃそうだよな。
そしてゆっくり目を開けると、視界に広がる光景に、更にド肝を抜かれた。
「………嘘だろ」
「グオァァァァァァ!!!!!」
「…」
なんと、この広い空間で"デュラハン"と"ベヒーモス"が戦っていたのだ。
俺は夢でも見ているのだろうか。
こっちの世界の空想小説で見たような伝説級のモンスター2体が、目の前で戦っている。
そしてたった今俺を吹き飛ばした衝撃波の正体が『デュラハンの剣とベヒーモスの爪がぶつかり合うことで発生した』ものだと気付いたのは、次の衝撃波で壁に押し付けられた時だった。
そして悟る
ああ、俺は間もなく死ぬのだと
全身の毛穴が開くような感覚の到来と、汗腺が不具合を起こし汗が止まらない。
汗まみれなのに体温は驚くほど低く、寒気がする。
少し気を緩めれば失禁してしまう程のプレッシャーに必死に歯を食いしばっても、ガチガチと音を鳴らしてしまう。
心臓がバクバクと高速で律動しているのに、息が上手く出来ない。
圧が強すぎて目もしっかり開けられない。
「っ…!?」
死の恐怖に怯えていると、自分の近くに何かが飛んできた。
轟音と衝撃、そして壁の破片が細かく体に当たる。
どちらかのモンスターの流れ弾が近くに当たったのだと思い恐る恐る目を開けると、自分の左隣に
乗っていた馬は壁にめり込み消えかかっており、持っていた剣は地面に突き刺さっている。
どうやら2体の化物の勝負は、ベヒーモスに軍配が上がったようだ。
どうしてコイツらが争っていたのか、そもそもここが何処なのか。
分からないことだらけの状況で2体の行司のごとく勝負の行方を見守っていると、それは大きな間違いだと気付かされる。
「グォォォ……」
ベヒーモスの視線がデュラハンとその近くに居る俺を捉えたのだ。
その瞬間、先ほどの死の恐怖がさらに大きくなって襲ってきた。
目線を外しただけでも殺されそうな殺気。
大木のように太い四肢に付いた鋭い爪、頭に付いた雄々しい角と牙。
ハンティングゲームなら真っ先に破壊目的で狙ったであろうそれらの武器は、目の当たりにすると戦意を失うほど猛々しく主張している。
かすっただけで自分の体など消し飛ぶだろう。
口からは炎が漏れ出ている。ブレス攻撃も備えているのか…。
一瞬、2体に比べ
正解は、矮小な自分など『殺そうと思うことなく殺せる』のだ。
デュラハンに止めをさす"おまけ"で、"ついで"で、"余波"で、死ぬ。
そんな悲しいくらいの差があった。
無駄に逃げたいが、足がすくんで動けない…。
無駄に細胞が全力で警鐘を鳴らし続けるが、従えない。
「グルルルルルル…」
ベヒーモスが一歩、また一歩と近づいてくる。
その歩みは、自分と死との距離に等しい。
これがゼロになった時、俺の人生は終わる。
でも、よくよく考えたら、それの何が怖いのだろうか…?
俺にはもう、帰る場所も、待つべき人も居ないというのに…。
「シュン…」
頭には先ほど失った親友の顔が浮かんだ。
こんな世界で、あんな宿舎で、俺の帰りを待ってくれていた唯一の存在。
それを失ってなお、生きる意味とは…?
「そういえば、シュンは…?」
無意識に目がシュンを探していた。
転送される前、確かに手の中に居た親友の亡骸…それが何処にもないのだ。
せめて最期に一目でも…そう思った時、シュンは予想外の場所に居た。
「…オイ」
気付いてしまった俺はよろよろと立ち上がり、
悪あがきだとか、ヤケクソだとか、そんな感情から来る挑発ではない。
ただ…
「その汚い足をシュンの上からどけろ…!」
親友の亡骸をゴミ同然のように扱う化物が許せなかった。
俺は近くにあった"デュラハンの持っていた剣"を手に取り、構えていた。
恐らく普段使っている剣の、"攻撃力"なんてパラメータがあれば1,000倍は違うであろう、上等な剣を借りる。
ザコが武器一つ変わったくらいでどうこうできる相手ではないのは分かってはいるが、それでも怒らずにはいられなかった。
「どけよ…おらああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
思い切り叫びながら斬りかかる。
敵との距離が4m…3m…と近づき、あと少しで剣が届く―――
と思ったところで、俺の体が再び宙を舞った。
「ぐぁッ…ゴハっ…!」
そして直後に背中に鋭い痛みと、口の中に鉄の嫌な味が広がった。
どうやら先ほどまで背にしていた壁に叩きつけられたようだ。
その衝撃で口から血を吐き出した。
敵からしたら、ほんの少し撫でただけ…
それくらいの感覚だったのだろう。
猫が興味のある物をチョンチョンと確かめるような、そんなユルさで。
しかしそんなのでも、俺はもうほとんど虫の息になってしまった。
今度こそ指一本動かせない。
目もかすんで来た。
まさか仕入部隊の俺の最期が『ベヒーモスに殺される』なんて、想像もしていなかった。
誇っていいのやら、どうなのやら…だ。
もう意識が遠のいてきた。
「……ん…?」
俺は途切れかけた意識の中で、いつの間にか目の前に近付いてきていたデュラハンを見た。
そしてデュラハンは自分の胸を手で貫き、取り出した"何か"を―――
「うぐぉ…!?!?」
俺の口に突っ込んで来たのだった。
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