第7話 黒い閃光

「ゴホッ!ゴホッ!」


 デュラハンに強引に何かを口にねじ込まれた俺は思い切りえずいてしまう。

 だがその何かは体の中に入り込んでしまい、吐き出すことが出来なかった。


「一体なんだ…?」


 敵意による攻撃…ではないよな。殺すような威力ではなかった。

 となると俺に謎の物体を飲ませることが目的だったことになるが…

 何を飲ませたんだ?

 遅効性の毒物とも思えない。

 放っておいても死ぬやつを毒殺する意味なんてない。能力的にも遥か格下だ。


「…」


 目的を聞こうにも、張本人であるデュラハンはガシャンと音を立てて倒れてしまった。

 鎧の隙間からは黒い煙のようなものが立ち昇っている。

 もしかして死んだのか…?

 まあ、生きていたとして意思疎通が出来るか微妙だったけどな。


「グルルルルル…」


 獣の如き呻き声で意識が思考から現実へと引き戻される。

 俺は今、ベヒーモスに狙われていたんだ。

 デュラハンが妙なことをするからすっかり忘れていた。


「………あれ?」


 立ち上がりベヒーモスと向き合った時、俺はある違和感を覚える。

 ひとつは、見るだけでも怖かったベヒーモスと対峙してもそれほど恐怖に感じなくなっていたこと。さらに体の痛みやら疲労感がいつの間にか和らいでいる。

 そしてもうひとつ…



「グルルォ…」



 先程までこちらを威圧していた化物が、今は"怯えた表情をしている"ということだ。



「……とりあえず、シュンの上からどいてくれ。ちゃんと、埋葬してやら―――」

「グォァアアアアアアッ!!!」


 俺が話している最中にも関わらず突進してくる化物。

 そして頭に付いたその猛々しい角で俺を刺し貫こうとしてきた。


「おっと…!」


 角を両手で受け止めると、両足で踏ん張り突進を止める。

 嘘だろ…こんな巨体がなぜ止められる?

 どうしてこんなことが出来るようになったのか、俺の体はどうしてしまったのか…。

 分からないことだらけだが、とりあえずシュンを地上まで連れて行ってやらなくちゃな。

 ダンジョン葬なんて、悲しすぎる。

 俺ももう、宿舎には戻れないかもだけど。


「そんなわけで、とりあえず…お前は邪魔だ!」


 俺は角を押しつけて来るベヒーモスの頭に思い切り蹴りをかまし、吹き飛ばす。

 この広い空間の反対側の壁の高い位置に激突したベヒーモスは、ズルズルと力なく地面に落ちる。

 だがすぐに立ち上がると、怒りの表情でこちらを睨んできた。

 その口には炎を溜めこんでいる。


「ブレス…か」


 ベヒーモス級のモンスターのブレスなら、こんな広い空間でもあっという間に炎で埋め尽くされてしまう。

 悪いが、まだシュンを火葬させるわけにはいかない。


「…ハァっ!」


 俺は右手を前に突きだし、左手でそれを支える。

 そして力を溜めるようなイメージで集中すると、敵に向いている俺の掌に高密度のエネルギーが収束していった。

 どうしてこんなワザが使えるかは自分でもわからないが、"使える"という認識だけが存在している。

 魔力など持っていないハズの自分が、何故…。


 そんな考えは頭の隅に置いて、俺は向こうに居る怪物を吹き飛ばすべく照準を合わせた。

 そして、敵のブレスの準備が整うよりも少しだけ早く、こちらの発射準備が完了する。


「食らえッ…!」


 俺が叫ぶと、収束した黒いエネルぎーが閃光となって放出された。

 その目にも止まらぬ攻撃は瞬時に遠くのモンスターに届き―――


「グ…ァ…ガァ…!!」


 大きな体を一直線に貫いて、見事な風穴を空けたのだった。

 直後、ズシンッという音が響いてベヒーモスの巨体が地面に倒れ、あっという間に消滅し魔石となる。


「………勝った、のか?」


 モンスターが魔石になるという事は、死んだフリなど出来ない正真正銘の"生命の終わり"なのだが、あまりの非現実な出来事の連続に頭が追いつかない。

 突如放り出された大空間。

 2体の強力なモンスター。

 そして手に入れた強大な力。

 未就学な項目は山ほどあった。

 

「…さま」

「…ん?」


 これらの不明要素が全て解決する事なんて本当にあるのだろうかと考えていたところ、突如一人の少女の声が聞こえた。


「クレイエンテ様…逝ってしまわれたのね。でも、念願が叶って良かった……」


 声のする方を見ると、鎧だけになったデュラハンの傍らで寂しそうに呟く、幽霊のような儚げな少女が佇んでいた。

 彼女からは殺気は感じられない。

 純粋に、デュラハンの死(?)を悼んでいるように見える。


「あの…君は?」


 俺は思わず、この停滞した頭の中に新しい情報を入れるべく声をかけていた。

 すると―――


「…貴方がクレイエンテ様のコアを継承して、仇を取ってくれたのね」


 俺のWho are you?はあえなくスルーされてしまう。いいけど。


「クレイ…エンテさん。というのは、そこのデュラハンの事だよね?」

「ええ、そうよ」

「ごめん、コアとか継承とか仇とか、よく分からないんだけど…」


 知らない要素が多すぎて文章が理解できない。

 まるでフランス料理の注文のようだ。いや、単語一つ一つの意味は分かるけどね…


「貴方がクレイエンテ様のコアを体内に取り込んでその能力を継承して、その力でベヒーモスを倒したんでしょ?」

「あー…ベヒーモスは倒したね」


 コアを体内に…ってことは、あの時口の中にねじ込まれたのがコアってやつなのか。

 それでデュラハンの能力が継承されて…。そんな事も出来るのか?強いモンスターともなると。


「そこだけ分かればいいわ。今の貴方はどう見たってクレイエンテ様の力を継承しているもの。問題はベヒーモスがちゃんと倒されたかどうかだけよ。そしてあれがベヒーモスの魔石ね」


 そっけない少女は遠くに落ちている魔石を見て納得していた。


「それじゃ」

「あ、ちょ…待ってよ」

「……何よ」

「俺はまだ分からないことだらけなんだ。色々と教えてくれないか」


 ここがどこなのか、とか。

 どうやったら地上へ戻れるのか、とか。


「イヤよ。そんな義理ないわ。じゃ…」

「ちょっと…」


 しかし少女は俺の頼みなど知らんと言い、炎のようにボッと消えてしまう。


「…待ってよ」


 そして俺だけがまたしてもこのだだっ広い空間に取り残されてしまった。

 いや、正確にはいるにはいるか…


「…色々聞いていいですか?クレイエンテさん」

『オレに分かる事であれば、答えよう。時間の許す限りな』


 先ほどの少女には見えていなかったみたいだが、俺は"幽霊となったデュラハン"にこの状況の説明をお願いすることにしたのだった。

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