第4話 走れホクト

『ダンジョンそう?』


転移から3か月が経ったある日、北斗と同室であり親友のシュンが"ある単語"を口にし、北斗がそれに反応した。

言われた北斗は、その聞き覚えの無い妙な単語に「なんだそりゃ?」といった様子である。


『うん。ミストリアこの国の人たちは亡くなったら普通、リビングデッドにならないよう"お祈り"をしてから、土に埋めるんだけどさ』

『おう』

『でも俺たちには祈りをかける手間も、埋める墓も無いから、"ダンジョン葬"が行われるんだ』

『だから何だよ?そのダンジョン葬って…』


中々単語の意味が聞けず先を促す北斗に、シュンはゆっくりと話し始める。


『読んで字のごとく、ダンジョンでほうむるってこと。ダンジョンの中には人間を食べる肉食のモンスターがいるから、仕入担当俺たちは地上で死んだらダンジョンに捨てられるんだよ。そうすると、骨も肉も内臓も…全部綺麗に無くなるんだ。モンスターが食べてくれるからね』

『げー…まじかよ』

『この話を聞いたら怖くなっちゃったよ、俺』


話を聞いた北斗は露骨に嫌な顔を見せ、話したシュンは体が恐怖で少し震えていた。

ダンジョン葬の方法もそうだが、そんな扱いを受ける自分達の未来に恐怖していたのだ。

人生の最期はベッドの上で沢山の人に見守られながら…などという希望はとっくに捨てていたが、最後の最後までゴミ同然の扱いをされてしまう自分の未来に深い絶望を覚えてしまうのは無理もない事だった。

しかし―――


『だったら、生きて帰らねえとな』

『北斗…』


友人の北斗は、決して諦めていなかった。

そんな酷い最期を迎える気はさらさら無く、元の世界へ戻ろうとしていた。

その目には生きる気力が漲っているのだ。


『…そうだな。確かに、このままじゃ終われないよな』

『だろ?』

『ああ』


北斗の炎にあてられ、くすぶっていたシュンにも火が付いた。

酷い扱いがしばらく続き滅入っていた彼だったが、何とか手探りでも帰る方法を探そうと決意したのであった。


「じゃあこの話も必要ないな」と彼が続けたのは、【魔法の合言葉】の話である。



世界にいくつか存在するダンジョンのうちミストリアがその権利を独占する【ユーヴェンズ】は、朝も夜も常に入り口を王国所属の兵士が見張っており無断で入る事は出来ない状態となっている。

それはダンジョン内で取れる魔石や鉱物などの成果物が、ダンジョンを持たない国に対して大きなアドヴァンテージとなる要素である事に他ならないからだ。


魔族との抗争のみならず、いつ降りかかるか分からない脅威に対して戦力を備えておきたいと思うのはどの国も同じであり、その戦力増強に現状最も早道なのが魔石であった。

魔石は自国の兵力強化もそうだが、【ダンジョンの無い国への輸出】の需要が特に高い。

中でも天然資源や名産品などで財力は潤っているがダンジョンの無い大国にはかなりの数が売れるのだ。


そのため、モンスターを倒すという手間はあるものの第一層から魅惑のお宝がゴロゴロ眠るダンジョンにおいそれと人が入れないようにするのは当然の措置と言える。

しかし唯一の例外が、シュンの話す【合言葉】なのだ。


仕入担当だけが使える、いつでもダンジョンに合言葉。

それは、見張りの兵士に首にある"牢獄の呪印"を見せ自分が仕入担当であることを証明した後ひと言―――


ダンジョン葬お願いします


―――と言うだけ。

それで兵士は道を開けてくれるのだ。

但し、身に付けている服や装備などは全て入り口で没収される上に、地上への帰還は許されないであった。

一歩足を踏み入れてから「やっぱり気が変わった」は認められない。万が一にもダンジョン内の資源を持ち出されてはならないからだ。


仕入担当の中でまことしやかに噂される合言葉は、絶体絶命の死の呪文と同義であった。













________













「はっ…はっ…はっ…!」


宿舎からダンジョンへの道を息を切らせながら走る北斗。

たかだかダッシュで5分の道、部活サッカーで鍛えた北斗にとっては何て事の無い距離のハズだった。

なのに今は口から肺が発射されそうなくらい苦しい。


心臓も五月蠅い。

いや、体全体が北斗に急げと命令を飛ばしている。

それに従って、ただがむしゃらに足を動かした北斗は、先ほどまで自分が働いていたダンジョンの入口へと到着した。


「…おう、どうした。忘れもんか?」


北斗の姿を確認した、彼と仲の良い兵士が話しかける。

だが、お互い先ほどまでと違う雰囲気のせいで、言葉を交わさずとも察してしまった。


「…はぁ…はぁ…、シュン、来ましたよね…」

「………」


沈黙。

違うなら違うとただ言えばいいだけの状況でこの沈黙は、北斗の問いかけに言葉よりも分かりやすく肯定していた。


「っ…!

「あ、おい!!」


瞬間、北斗は兵士の横をすり抜けダンジョン内へと走っていった。

朝も昼も半分の量の食事しかとっておらず、夕飯に至っては口も付けていない状態で、渾身のダッシュ。

それでも、今走らなければいつ走るんだと言わんばかりに、全身に力を入れて駆ける。


「ダンジョンへの無許可の侵入は極刑だぞ!!聞こえているか!!???」


兵士の善意からくる忠告を振り切り、親友を探し走った。

そして―――


「………シュン」

「………」


ダンジョンに入り5分程走ったところで、北斗はシュンの姿を見つけることが出来たのだった。



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