第3話 大安吉日

「ふっ…!!」


 気合いと共に鉄の剣を振り、大ねずみの頭をカチ割る。

 もはや刃物としての機能を失っている鉄の剣コレは、鈍器以上の役割を果たさない。が、それでも何とか第一層のモンスターを殴り殺すくらいには働いてくれる。

 俺の大事な相棒だ。

 とはいえ相棒も、もうすぐ完全に砕け散りそうだがな…。


 そもそも俺たちに支給されるのは王国所属兵が訓練や実戦で使用した物の"おさがり"だ。

 つまり最初から、ほぼ壊れかけ。


 現役を無事終えた武具が俺たちの仕入部隊でさらに使われる様は、東南アジアで日本の中古車や農作業機械が重宝されているという出来事を彷彿とさせた。

 完全に壊れるまで使われるという点には、シンパシーを感じたりもする。

 でも、機械あっちは愛されたり感謝されたりするが、仕入部隊こっちはぞんざいな扱いなんだよなぁ…

 泣けるぜ。


「ギィィィィィイィィィィィィィィイイィィイィ!!」


 断末魔を上げながら園児程のサイズはあるネズミの体が消滅し、一つの魔石となって地面に落ちる。

 薄暗い洞窟のようなダンジョンに、石のぶつかる音が反響したのだった。

 俺は本日最後の魔石を拾い上げ、ちょっとした灯りにかざしてみる。

 鈍く光る紫色の結晶は、宝石に興味の無い俺だってキレイだなと思えるくらい魅力的だ。


「これを砕いたら、どんだけ強くなるんかね…?」


 仕入担当なら誰もが、幾度となく妄想する。

 自分で得た魔石を全部自分の為に使えたのなら、果たしてどれほどの強さになっていたのか…

 もっと強くなれば、一層だけではなくもっと下の階層まで潜れてさらに経験値の高い魔石を得て、順当に力を付けたら…そしたら…


 呪印があるとはいえそういう謀反を起こさせないために、俺たちは訓練も受けれず粗悪な装備でひたすら第一層のザコモンスターを狩らされ続けるのだろうな。

 下に行けば行くほど強いモンスターが出て、得られる魔石の経験値も多くなる。

 一見すると王国側にもメリットがあるように思えるが、その場合ノースキルの屈強なソルジャーが量産されてしまうリスクを孕んでいる。


 そこで100の経験値を10稼がせる運用ではなく、1の経験値を1000稼がせる運用にしているというワケだ。

 ミストリア王国が誇る"召還術"で、捨て石は掃いて捨てるほど調達できるしな。

 良くできた仕組みだよ、ホント。


「まっ、考えたってしゃーないわな」


 俺は手に持った魔石を袋に詰めると、地上へと向かって歩き出した。

 今日も何とか袋いっぱいの魔石を納入することが出来る。

 しかも珍しくダメージや怪我がほとんどなく終えることができた。

 こりゃあ、今日は良い事がありそうだぞ…ってもう今日もあと僅かなんだけど。


 俺は普段よりも痛まない体で、足取り軽く出口を目指したのだった。












 _______














「よぉ、戻ったか」

「どもっす」


 ダンジョン入り口近くの詰め所で待機していた兵士が、俺の姿を確認しいつものように話しかけてきた。

 そしていつもの軽いチェックを受け借りたタオルで顔を拭いていると、向こうから話を振ってくる。


「今日はそろそろ雨が降って来るらしいぜ」

「あー…確かに怪しい雲行きっすよね」


 ダンジョンに入る前は青空だったが、急に変わったんだろうか。

 空を見ると黒い雨雲が姿を見せていた。

 この世界には週間天気予報なんて便利なものは無いので、その日その日の空模様で判断するしかない。


 降り出す前に汚れを落としておかないと。


「すんません、もう行きますね」

「お、今日は随分急ぐじゃねえか」

「雨が降る前に汚れを落としたいんで」

「あー、室内風呂がないお前らにゃ雨は辛いわな。可愛そうに」

「ほっといてくださいよ。あ、タオルありがとうございます」

「おう。また明日な」


 俺は兵士に別れを告げ魔石を納品すると、急いで宿舎へと向かう。

 ダンジョン入り口から宿舎までは歩いて15分くらいだが、走れば5分で着く。

 しかし―――


「こりゃあ、すぐ降りそうだな…。よし…」


 もう間もなく降りそうだと判断した俺は、普段は飯をシュンに届けてから水浴びするところを、予定を変えて先に水浴びすることに決めたのだった。

 体が濡れるのはいいが、服とかが濡れてしまうと大変だからな。


 俺は大急ぎでいつもの川へと向かった。











 _______











「いや~♪ラッキーなこともあるもんだ」


 宿舎の廊下を軽い足取りで歩き自室へと向かう俺。

 今日は良いことづくめで、思わず鼻歌なんて出てしまう。


 というのも、俺が水浴びしている間に雨が降る事が無かった…だけでなく。

 なんと食堂のおばちゃんから、昨日のシフトで亡くなった俺のルームメイトの分の、既に用意してしまっていたご飯を余分に貰えたのだ。


 おばちゃんは俺が自分の分をシュンにあげていることを知っていたため、普段から食材が余りそうな時だけ多めにくれたり色々と融通してくれていた。

 仲間が死んだのは残念だが、今は腹を満たせることがただただありがたかった。

 やっぱり今日は、最高の日かもしれない。



「ただいま!」


 いつになくテンション高く扉を開ける俺。

 しかし返事はなく、部屋は静まり返ったままだった。

 今日シフトだったもうひとりのルームメイトはまだダンジョンから帰ってきていないとして、シュンが居ないのは珍しい。


「トイレか?」


 何せ両足を怪我しているからな。用を足すのにも一苦労らしい。

 でも戻ったら久しぶりに一緒に飯が食える…きっとアイツも喜んでくれるぞ。

 俺はシュンの喜ぶ顔を想像しつつ、貰ってきた夕飯を置こうと自分のベッドに近付いた。

 すると―――


「…ん?何だコレ」


 一枚の紙がベッドに置かれている事に気付く。

 夕食を置き、その紙を手に取って見た俺は…


「シュンっ…!!」



 猛ダッシュで部屋を飛び出した。

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