第21話 悪趣味なショー
『そこで既に、カレンデュラス少年の才覚は片鱗を見せていたのです』
うっすらと声が聞こえる。音響の魔法だかスキルだかにより声が増幅され、コロシアム全体に語り手の読むト書きが聞こえるようになっている。
それは俺たちの居る場所も例外ではないが、分厚い石壁に囲まれたこの“控室”にはその音声も大分薄れて聞こえた。
それでも耳をすませばある程度内容を把握することが出来、自分達の出番が刻一刻と迫っている事が分かるのであった。
間もなく俺たち殺され役とモンスターが、コロシアムの中に放たれるのだ…。
できれば大型モンスターがドン! の方が俺も色々と細工がしやすいのだが、違っていたら頑張るしかないな。
「毎年同じ演劇を見て飽きないのかな…? ホクトもそう思わない」
「リア…」
いつの間にか隣に来ていた、リアこと【リアリリス=ミース】は、この演劇を見るために毎年コロシアムが満杯になる事に対し苦言を呈していた。
「ボクなら一回見たらしばらく見たいとは思わないけどな」
彼女は女子でありながら自分の事をボクと言い、髪も割とショートで、男子と言っても差し支えない…ワケもなく、普通に中性的な可愛い女の子といった感じだ。年齢は俺と同じ17歳。
突然難癖付けられて連れて来られたらしく、特に人を殺したり窃盗をしたりはないとのこと。人手不足の被害者だ。
そんなのがまかり通るなんて、この国はどうかしているなホント。
「俺の故郷でもさ、ひとつの劇団が毎年じゃないけど同じ演目を繰り返しやってたりして、それでも毎回満席になるくらい人気があったりするんだよね」
「そうなの?」
「うん。ストーリーを楽しみに来るだけじゃなくて、違うキャストによる演技・表現の違いとか、演出の違いを見るんだってさ。熱心なファンは」
「へぇ…」
"劇団三木"とか"竹ノ塚歌唱団"とか、もっといえば落語も能も狂言もそうだ。
伝統的な演目をブラッシュアップして後世に伝えている。
それに対し『飽きないのか?』と言う人は、そもそも興味が薄いのだろう。刺さらなかったか、或いは一度も見ていない。
「そしてここの観客は、まさに俺たちが逃げ惑う様を毎年楽しみにしているんだけどな。今年はどんな風に惨めに死んでいくのかってさ」
「趣味が悪いね」
「間違いない」
それは従者のスーリエも言っていた。
俺の世界でいう所のハブとマングースや、闘牛や闘犬を見る人間というのが今観客席にいる人間たちなんだろうな。
そう思うと、自分達も大差ないのかもしれないな。嫌だが。
『ある日平和な王国に、突然モンスターが襲ってきたのです』
「時間だ。準備しろ」
兵士が俺たちに声をかける。絞首台へ歩みを進める合図だ。
今ごろコロシアムの外では出店なんかが並んでいるのだろうな…なんて思いを馳せながら、俺は出番を待つのであった。
________
『王都の民はモンスターの突然の襲来に驚きました』
北斗たち死刑囚がコロシアムの中央まで走る。そして語り手がト書きを読み上げると、観客席からは拍手が巻き起こった。
皆が楽しみにしているシーンがとうとう始まるからだ。
そこに至るまでのカレンデュラスの幼少期の修行のシーンや、学校生活など…それぞれの役者がコロシアムで演じたシーンの比ではないくらいに盛り上がっている。
コロシアムは野球場くらいの広さのメインステージと、それを囲むように作られた観客席で構成されていた。
ステージを囲むのはフェンスではなく石壁であり、高さがビル4階分相当もある。
そしてその石壁の上には階段状に観客席が設けられており、さらにその中の一部が王族の観劇するためのスペースになっていた。
ステージ内の人間は、出入り口を使う以外で外に行くのは難しいな。
「グオォォォォォォォォォッ!!!」
北斗たちのステージ入りから少しして、死刑囚たちとは別の控室から一匹のモンスターが飛び出してきた。
控室なんてもんじゃないな。檻だよ檻。
「あれは…」
「レッサーベヒーモスだね」
「レッサー…」
貴族という役柄の為ちょっとしたドレスに身を包んだリアリリスが、横にいる北斗へ解説をする。
国の魔物使いが使役する、象の何倍もの大きさを誇るモンスター【レッサーベヒーモス】。その禍々しき姿が観客の興奮と死刑囚たちの恐怖を駆り立てた。
『レッサー=劣った』と言いながらも、そのサイズや迫力、ステータスは並の人間では一切太刀打ちできない。
ましてや今おなじフィールドにいる人間は何の訓練も受けていないのだから、ただ蹂躙されるのは火を見るよりも明らかな事実だった。
「少しでも生き残る可能性を上げるために、なるべく距離を取って……ホクト?」
「じゃな」
リアリリスが北斗に向かってアドバイスを送るも、彼はそれを無視してずかずかと歩き出した。
逃げるわけでもなく、怪物に向かって堂々と、リアリリスに後ろ手を振りながら…
「ちょっと!」
当然その姿は怪物の目に留まる。
彼女の静止も虚しく、北斗はレッサーベヒーモスのヘイトを買ってしまった。
「ウオォォォォォッッッ!!!」
「うるせ…」
既に2、3人の逃げ役がやられ、その返り血で怪物の興奮はMAXに近い。
視界の真ん中に北斗を捉えると、初速を高めるため後ろ足に力を入れ…
「ッ!!」
北斗へと猛突進したのだった。
「北斗くん!」
北斗のクラスメイトの壬生が声を上げる。
しかしそれほど大きな声ではないことに加え、ド派手なレッサーベヒーモスの突進が出たということもあり観客は大盛り上がり。彼女の声など僅かも響いてなかった。
「うぉっ」
レッサーベヒーモスの体が北斗にぶつかり、そのまま石壁へと激突する。
大きな衝撃音と観客の歓声が会場を埋め尽くす中、同時に―――
『消し飛べ…』
落雷の音が辺りに響いたのであった。
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