第22話 混乱

「治療版は何をしている!? 早く大臣の回復をっ!」

「土系のスキルを持つ者は前へ!」

「急いで国王と御婦人を安全な場所へ!」


 何やら場内が騒がしい。

 俺が突進された瞬間は歓声が響いてたのに、そのすぐ後に悲鳴が聞こえた。

 そして今は阿鼻叫喚。

 この短い時間に何があったのかは、視界が”100%レッサーベヒーモス“だった俺には確認できなかった。千里眼スキルも今は使えないしな。


 ただ…

 俺の背中が壁をぶち破る音に紛れて僅かに雷のような音が聞こえていた気がする。

 この演劇の山場に便乗して、誰かが客席に攻撃を加えたということか。一体誰だ…


「グオーーーーー!!」

「ちょっ…落ち着け」


 目の前のレッサーベヒーモスが咆哮しながら強い力で後ずさりしようとしている。

 俺は片方のツノを掴んでそれを阻止していた。

『突進の勢いでステージの石壁にツノが刺さって抜けなくなっちゃったお茶目なコ』という設定で、他の死刑囚のために時間を少しでも稼いでやるつもりだったのだが。もうそれどころではなさそうだな。


「ていうか、レッサーベヒーモスの肌ってこんななんだな」


 ツノを右手で持ちながら左手で表面を撫でてみると、ザラザラとした感触が指に伝わる。

 人差し指と中指でノックをするみたいに叩くと、コンクリートのように硬かった。

 テレビゲームよろしくコイツの素材で防具でも作れば、さぞ頑丈なものに仕上がるだろうよ。


「何やっているんだ、コイツは」

「あ…」


 俺がどうでもいいことを考えていると、知らない男の声がレッサーベヒーモスの顔の後ろから聞こえてきた。

 死刑囚…ではないよな。いくら壁にめり込んでもがいているとはいえ、レベル1が気軽に近寄っていい相手じゃない。


「なんだよ…抜けねえのかよ。ったく…」


 引っ張る力が強まった。

 どうやらレッサーベヒーモスの体を引いて、抜け出す手伝いをしているようだ。

 余計なことを…。仕方がない。


「おっ…抜けたのか。ドジだなぁ―――っ!?」


 俺はツノから手を離しレッサーベヒーモスを解放すると、穴の入口のところにいた男を自分のところへ瞬間引き寄せた。


「……悪魔?」


 男の襟をつかんで引っ張ってみると、ツノとキバと尖った耳が生えた、フィクションの中の悪魔人のような見た目をしていた。

 黒いマントに背中には羽も見える。


「誰だキサ―――!」

「動くな」

「っ…」


 叫ぼうとする男の口を左手で掴んで塞ぎ、首元に右手刀をあてがう。

 ただのレベル1の弱キャラの脅しでないことには、すぐ気付いてくれたようだ。

 抵抗を止めて、一旦大人しくなる悪魔。


(…千里眼)


 スキルを発動し状況確認をすると、コロシアム内部には翼の生えた悪魔が沢山飛んでいるのがわかった。

 逃げ惑う観客と、戦う兵士。雷や炎で焼かれた人々。

 ステージ内に生きている死刑囚は…どうやらいないらしい。

 人だったと思われる炭があちこちに転がっている。みんな真っ先にやられてしまったようだ。


 そして、一際強烈なオーラを纏っているのが、悪魔たちの親玉だな。


「おい、お前たちは何者だ」

「…」

「喋らないならすぐに殺すぞ」

「―! やって    みろやコラ―――」


 情報提供の意思が無かったので、俺はすぐさま首を切り離した。

 そして体が塵芥になる前に胸の真ん中あたりにあるコアを取り出すと、そのまま飲み込む。


「………」


 相変わらず、味はしない。

 取り出して手に持ったときは結晶のようだが、口に入れるときには流体となる。

 だから取り込むのに苦痛はない。

 喉を通る時、少しだけ温かい。それだけ。


 でも、力が湧く実感は大きい。

 強い相手であればあるほど…


「グォォォォォォォ!!」


 雄叫びとともに、さっき開放したレッサーベヒーモスが突進してくる。


「なんだよ…折角解放したげたのにさ」


 1度目の突進で出来た壁穴の中で、右足を後ろに下げて構える。ボーナスタイムは終わりだ。

 闘技場が土煙と炎と普通の煙で充満しているのを確認し、俺はこの騒動に便乗することに決めた。

 そして、邪魔するヤツはぶっ飛ばす。


「グォォォォォォォ―――」

「友達キックぁ!!!」


 イノシシの如く、相手の力量も測ろうとせず突っ込んでくる怪物の鼻っ柱に、俺は黄金の右足をお見舞いしてやったのである。



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コアスクランブル〜異世界で捨て石部隊の俺が成り上がるメソッド!!?~ 金木犀 @kinmokusei0913

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