第20話 囚人たちと魔族たち

 王都へ入る巨大な門の前で王女の馬車から降ろされた俺は、頭から布袋を被せられ連行されることに。

 そして、体感で15分くらいだろうか…歩いたり階段を下ったりした先で袋を外されると、薄暗い地下牢が目の前に広がっていた。

 通路の両側に鉄格子がはめられた部屋がいくつもあり、いかにも収監施設といった見た目をしている。これでホテルですと言われたら、それこそ嘘だろと突っ込みたくなるだろう。

 灯りは所々にあるロウソクの炎くらいで、窓もないため、まだ昼間だというのに陰鬱な空気が凄かった。


「よォ。随分と若いのが来たなぁ…」


 俺が入れられた牢屋には先客が居た。随分と年老いており、ボサボサの白髪と白ヒゲが印象的だった。

 男は看守と思しき男が牢屋の扉を閉め、離れた所から地下フロア入り口の扉が閉まった音が聞こえたタイミングで話しかけてきたのだ。


「どうも。短い間ですがお世話になります」

「…ぷっ」


 俺の挨拶に男は軽く吹き出す。


「短い間ですがって…いいジョークだなボウズ。あっはっは!」

「ああ、いや…そんなつもりは」


 意識していなかったが、確かに数日後に死ぬ予定の人間にする挨拶としては嫌味っぽくもあるか。笑っているからよかったが。


「あーおかしい…。…んで、ボウズは何やってここに連れてこられたんだ?」

「あー…兵士殺しの容疑をかけられて…ですかね」

「なんじゃそら…。兵士がお前ェみてえなのに殺られるかっての」

「そう言ったんですけどね…」

「ってことは、祭りに参加させるためにふっかけられたんだな。可哀想に」


 男は俺が多くを語らずとも、勝手に自分の中で結論付けて納得してしまう。

 ただ俺も事前に仕入部隊の事は他言無用だと言われていたので、根掘り葉掘り聞かれた時のフィクションを考えずに済んで助かった。

 まあ、間もなく死ぬ人間に口止めなんてしてどうする、とは思ったけどな。言ってもしょうがないので聞かれなきゃ答えるつもりもない。


「ここがどんなところか知ってるのかよ? ボウズ」

「ん?」


 突然お向かいの牢屋から、ガタイの良い男が話を振って来る。

 俺やじいさんと同じく手枷をはめられており、硬い地面に座りこちらをニヤニヤと見ながらの質問だ。


「どんなところって…祭りで逃げ惑う役を任された死刑囚の収容施設ですよね?」

「おう、分かってるじゃねえか。にしては随分と落ち着いてるな。死ぬのが怖くないのか? ボウズは」

「そうですね。まあ、いつ死んでもおかしくないような生活を送っていたんで…そんなには」

「なんじゃそら」


 俺みたいな小僧がそんなこと言うのがおかしかったのか、向かいの囚人は呆れ笑いを漏らした。

 しかし同室のじいさんは俺を哀れむような目で見ながら質問をしてくる。


「なんだ、お前さん貧民街の出か?」

「え、ええ、まあ…」

「どこの街よ?」

「……いやぁ、生まれた街も親の顔も、覚えてないですね。適当に、仲間と集まってその日暮らししてました」


 嘘です。

 親の顔も出身地もバッチリ覚えています。でも設定上そうなりました。

 父さん母さんごめんなさい。


「…いろいろ苦労してんだな」

「え…はは」

「まあもうすぐその苦労も終わるからよ…って死ぬんだけどさ。周年祭当日までのからな。最後くらい、贅沢しようぜ」

「?」


 俺はじいさんの言っている意味が最初分からなかったが、その日の夕食でその真意を知る事となった。



「なんだこの…豪華な食事は…!」


 窓も時計も無いので時刻は分からないが、夕食として持ってこられた食事を見て驚かされる。

 ベーコンと思しき焼いた肉に野菜スープ、サラダ的な物にパン…それぞれ似たようなメニューは口にしたが、その質には大きな開きがあった。

 こっちの世界に来て一番のご馳走かもしれない。


「どうだ。たまげたろ?」

「凄いですね…。これは一体……」

「死ぬ間際に良い思いをさせてやる…んじゃあねーぜ?」


 豪華料理に面食らっている俺に、じいさんは勿体ぶって説明する。


「俺たちは周年祭で、モンスターから逃げ回る王都の民衆の役を演じるわけだ」

「そうですね」

「ところが、その役が小汚いガリガリの、ほっといても死にそうなオッサンばかりじゃあ"華"がねえだろう? だからここ数日は力の付く豪勢な食べ物が出てきて、俺たちは最後の晩餐にありつけるってワケよ」

「ナルホド…」


 じいさん曰く、いくら死刑囚だと分かっていてもみすぼらしい人間が王都の民を演じるのは観客の癪に障るのだと。

 それに全員ヘロヘロであっさりとモンスターに殺されたのでは"ショウ"として盛り上がらない。だから出演者は数日前から豪華な食事と運動、そして清潔にするための(しっかり目の)入浴が許されているのだという。というか絶対条件だと。


 ここにきてようやくありつけるまともな食事がなのは泣けてくるが、囚人たちの『ワンチャン生き残れるかも』という思惑とは皮肉にも合致しているな。

 そして俺も体力が付けられるのは好都合だ。"現代への帰還"の為の最後の砦である、ここからの脱出…せいぜい利用させてもらおう。










 ―――――――










「シャードラント様。報告が…」

「何だよ」


 魔族領にある城の一室では、会議が行われていた。

 室内の大きなテーブルには姿をもつ"魔人族"が数人着席しており、打ち合わせを行っている。

 そこにもうひとり魔人族の者が入室し、この中で最も上位の魔人に報告をしようと近寄り姿勢正しく立った。


「密偵によりますと、3日後のミストリア王国周年祭は予定通り行われ、そのスケジュールも確定したそうです」

「ふーん…」

「今その内容を共有…シャードラント様?」

「んー?」

「話、聞いてますか?」

「おー、聞いてる聞いてる」


 現魔王の第3王子である【シャードラント=グリンダム】は、先程から机に足を乗せて椅子の背もたれに思う存分寄りかかりながら携帯ゲーム機で遊んでいた。

 大事な作戦会議中にも関わらず、その態度は不真面目そのものである。

 報告に来た魔人もその態度にとても困惑していた。

 すると―――


「会議中くらいしっかりしてください!」


 と、シャードラントの近くに座っている魔人が意見した。七将軍の一人【ブランタール=ルブラン】だ。

 長身・白い長髪に大きなマントをなびかせて、第3王子に盾突いている。


「人族への進攻の大きな足がかりとなる作戦なんですよ! もう少し真面目に向き合ってください!」

「………はぁ」


 なおも吠える魔人に対しシャードラントはため息を吐くと、ゲームをスリープモードにし向き直った。

 そして鋭い睨みをきかせながら話を始める。


「なぁブランタよ。この作戦は"反人族派"であるお前が立案して進めたモンだよなぁ?」

「…その通りです」

「んで、平和主義な現魔王オヤジが頼りねえから、反抗のシンボルとして俺の立場と顔を貸してやった…ここまではOK?」

「はい…」

「俺はよォ…本当は別に人族とか魔族とかそーいうのはどうでもいいワケ。どっちの味方でもないし、俺の邪魔をするヤツは魔族でも殺す。ただ今回はお前がどーーーしても力を貸してほしいって言うから、作戦実行時にちょーーーっとだけ顔を出すって約束したワケだ」

「…」


 歳は将軍であるブランタよりも遥かに下だが、王子の威圧感は既に一級品だった。

 恵まれた血統に加えそれに驕ることなく重ねた鍛錬は、自分よりもずっと長く戦いの世界に身を置いている将軍に引けを取らない実力を彼に付けさせた。

 実力と血が作り出す"圧"は、既に王子の域を脱している。


「つまり、打ち合わせぐらいテメーらでやれよって話だ。いいか? 俺はあくまでちょっと手伝ってやるってだけだからな。段取りが決まったら俺に教えろ」

「…分かりました」

「つーワケで、後で当日の段取りだけ教えろよ。んじゃな」


 言いたい事だけ言うと、シャードラントは部屋から出て行ってしまう。

 もちろんあれだけ睨まれた後に口出しできる者など居るはずもなく、みな黙って後姿を見送るしかなかった。


「…ちっ」

「いいんですか…? ブランタール様」

「いいも悪いも、王子がああじゃ仕方ないだろう。下手に食い下がりヘソを曲げられて『作戦からおりる』なんて言われでもしたら面倒だ。あんなんでも、魔族には顔が通るしな…」


 将軍ブランタールはとても忌々しそうに吐き捨てる。

 そして、あんなのでも頼るしかない状況にウンザリしながら、段取りを詰めていくのであった。


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