第15話 狭くて広い部屋
「動くなよ、ホクト ヒナミ」
北斗は、ダンジョン第1層入口大広場にて、数人の兵士に囲まれていた。
硬い地面に立て膝をつきながら、手は後ろに縛られ左右には直剣を突きつけてくる兵士が1名ずつ。通い慣れた階層に戻ってきて早々、少しの判断ミスが命取りに繋がる状況へと追いやられてしまっていたのだ。
「よく戻ってこれたな、ホクトヒナミ」
跪いている北斗の前に立ち見下ろしているのは、兵士たちの長アーカーだ。
彼もまた他の兵士たちと同様サーベルのような武器を携帯し、いつでも北斗の手足や首を切り落とさんと準備していた。
「…何とか敵から身を隠しながら、謎の鳥を見つけ―――」
「そうではない」
「え…?」
「違反した者が、よくのこのこと顔を出せたものだな…と言っておるのだ」
「…」
アーカーから厳しい言葉が飛ぶ。暗に『死ぬと分かっていてどうして戻ってきのか』と聞いている。
シュンを止めるためダンジョン潜入を強行した時点で、やはり北斗の居場所は無くなっていた事が分かる言葉だ。
しかし北斗はここがまだ断頭台ではないと思っていた。
もし違反者を殺すためなら、わざわざこうして尋問のようなことはしない。
さっさと剣で首を落とすなり、呪印を発動させれば良いだけの話だ。もちろん趣味に、気まぐれに、戯れにこの場を設けている可能性はあるが。
アーカーは北斗がどのようにして生還し何故戻ってきたのかを気にしている事を、北斗自身は状況から感じ取っていた
「もう少し内部でやり過ごせば、逃げ出せる確率も上がったと思うがね? 空腹が限界でも迎えたか」
ダンジョンは基本、兵士が中に入り監視するのは仕入部隊が活動する昼間だけであり、夜間は出入口のチェックのみとなっている。しかも中から誰かが出てくるなどありえない、中に入る命知らずな人間は居ないと思っている様な、やや"ずさんな警備体制"だった。
北斗がシュンを助けるためにダンジョン潜入を強行できたのはまさにこの体制のおかげであると言える。
しかしそんな緩い意識も仕方ない事ではあった。
何故なら最も厳重な警備はここではなく、ダンジョンと仕入部隊の詰め所を含めたエリアを囲む強固な壁に配備されているからだ。
故に兵士はこの周辺に魔石狙いの賊はおらず、弱い仕入部隊の人間が入るわけもなく、ノンビリと入口詰め所で談笑しているというワケであった。
そしてアーカーが言うように、もし中から外に脱出するのであれば見回りの兵士が居なくなり警備が手薄になる夜まで待機するというのが最善策であった。
無論その後に兵士の詰所や壁の番人と、超えるべき難所は多々あるが、ダンジョン内で早々に捕まるよりかは賢明な手段と言える。
それが分からない北斗では無いはずだと、アーカーは彼の行動の真意を計れずにいるのだ。
「空腹はもちろんありますが、それよりも自分の愚かしい行為を反省し、再び部隊へ戻して頂きたく参りました」
「ほお…? そんなことが出来ると、本気で思っているのか。ダンジョンで思考能力でも取られたのかな?」
北斗の話を聞き、それを一笑に付すアーカー。
ダンジョン不法侵入という死罪を犯して、『反省した』から戻ってきたなどと正気ではあるまい。といった様子だ。
だがそれに対し北斗は毅然と答える。
「至って正気です」
「なるほど。では本気で複隊できると思っていたわけか」
「判断するのは私が持ってきた"誠意"を確かめてからでも遅くはないかと…」
「誠意だと?」
「私の背負っている袋を確認してもらえれば分かります」
北斗の背中には、布でこしらえた風呂敷のようなものがぶら下がっていた。
それを指して北斗は"誠意"だと語る。
「おい、袋を取れ」
「はっ!」
アーカーの近くで待機していた兵士の一人が北斗に近付くと、結び目をほどきその袋を手に持ち戻ってきた。
「そこであけろ」
アーカーが爆発物などを警戒し少し離れたところを指定する。そこで兵士が袋を開けると中には―――
「隊長…! 魔石がっ…!」
「………」
出てきたのは数多の魔石。色とりどりの力の結晶だった。
しかもその大きさも、漲る力も、1層で取れる小粒とはワケが違う。人類が足を踏み込むことなど到底かなわない、ダンジョン60層以上で取ることができる選りすぐりの魔石なのだ。
恐らくこの場にいる全員が、目にすることすら初めてだといったお宝である。
「………何があった」
普通ではありえぬ質の魔石を目の当たりにし、アーカーは北斗の話に聞く耳を持つことになる。
北斗の作戦がようやく次のステップへと進んだのであった。
「およそ半日前に私が飛ばされたのは、
北斗の口から飛び出す事実に、周りの兵士は動揺していた。
深層、そしてデュラハンとベヒーモスなど人類のアンタッチャブル…いや幻とすら言われている話である。
本来であればそんな事を語れば混乱魔法を受けたと疑われるところである…が、目の前に見たことのないレベルの魔石があることで、北斗の話の信憑性をほんの少しだけ上昇させたのであった。
「ではこの魔石はそいつらの魔石ということか?」
「はい。正確には、2体の怪物の勝負がつきベヒーモスの方が炎の攻撃により死亡し魔石となりました。デュラハンの方はフッと消滅してしまい魔石化はしておりません」
「そうか…」
「一番大きいのがベヒーモスで、他は下層の別のモンスターの残骸と思われます」
「…」
改めて魔石の方を見るアーカー。北斗が話すように、ちょっと深めに潜っただけでは到底手に入れられぬような深層の財だと改めて感じた。
呼び寄せた他の兵士たちはその輝きに釘付けになっており、もう北斗への警戒心はゼロになっている。そもそも招集をかけられた段階で"たかが仕入部隊ひとりに"と舐め切った態度であったため無理もないのだが。
なんなら『よくやったな』と褒めたたえそうな勢いすらある。これは日ごろの北斗との親密度と、良い魔石を献上することで国王から貰える特別賞与への期待の表れである。
この中でまだ警戒しているのは、アーカーと、彼が名指ししたジョイワスとマルサンくらいである。
「マルサンよ」
「はっ、隊長」
「この者は嘘をついておるか?」
突如呼ばれ、マルサンという兵士が一歩前に出る。
アーカーからの質問内容は、北斗の発言の真偽を確かめるものであった。
「はっ…。私のスキルによれば、その者は嘘をついていないと出ております」
「そうか」
(やはりいたか…嘘を見抜くスキル持ちが)
アーカーが呼び寄せたのは、スキルによって嘘を見抜くことが出来る兵士であった。
しかしその存在を予測した北斗は、発言に細心の注意を払い事実を若干濁し伝えていたのだ。スキルに引っかからないように。
だがこの対策も綱渡りで、相手のスキルの精度によっては意味をなさない。
今回はたまたま真と偽の二種類の判別でしかなかったため助かったが、仮に"真ではない"と"偽ではない"という中間の答えまで分かる物であったのなら、戦闘は避けられなかった。
これから表で堂々と帰る手段を探したい北斗にとってここでお尋ね者になる事は避けたかったので、何とか希望を繋いでいる状況だ。
「ただ、アーカー隊長」
「なんだ?」
「情報がまだ少ないので、もう少し話を聞いてからでも…」
「ふむ…」
マルサンが隊長に助言を行う。
自由に話をさせるのではなく、知りたい情報をこちらから聞くのはどうかという事だ。
そして、それは北斗にとって限りなく誤魔化すのが難しい危険な状況であるため、すかさず割り込むことに。
「アーカー隊長」
「…なんだね? ホクトヒナミ」
動揺は見せず、極めて冷静に話を切り出す。
決してマズい状況を打破しようと話し始めたことを悟られぬよう、冷静に…
「自分が深層で力を付け、貴方たちの命を狙う為にここに戻ってきたと…そう疑われるのは無理もありません。恐らくいくら言葉で違うと言い、マルサン殿がそれに太鼓判を押したところで、隊長の疑念が0になることは無いでしょう」
「…よく分かっているな。その通りだ」
「であれば、いつものように、皆さんの前でステータスの確認をして頂きたく思います。それでマルサン殿の先ほどの結果と合わせて、自分の潔白を証明したく思いますがいかがでしょうか?」
ここにいる多くの兵士は北斗を"
そして残りの疑っている兵士に対しては自ら進んでステータスを見せる事で、疑いを晴らす腹である。スキルで低く見せる、偽りのステータスを。
それが北斗が立てた、戦闘せずに地上に戻ることのできる作戦だった。
その為にわざわざ苦労してスキルを集め、ステータスの上一ケタを調整したのだ。
その提案を受け、アーカーは少し考えると…
「よかろう。おい、上から"銅板"を持ってこい!」
「はっ!」
アーカーは兵士に指示を飛ばし、ステータスを写し出す為の道具を取ってこさせる。
すると程なくして、姿見くらいのサイズのピカピカに磨かれた銅板が運ばれてきたのだった。
鏡はかなり貴重なものでステータス確認をするためだけに用意はできないので、その代替品として使われているのがこの磨かれた銅板だった。
これでも数値を確認するだけであれば十分豪華すぎる道具といえる。
「さぁ、映し出してみろ」
「はい」
「…!」
北斗は銅板に手を付け、まずスキルを発動させた。
周りに気付かれないように"保護色"を纏った"霧"で覆い、銅板の表面を再現して見せる。
そして次にステータスを表示させるが、まだ見せないよう霧で覆ったままに。本当のステータスがバレてしまえばここまでの芝居が台無しになるからだ。
こうして自分のステータスの上に霧でコーティングし、あたかもまだ表示されていないように見せかけながら、"千里眼"スキルで霧の裏の数値を確認しつつ慎重に開示させていった。
昨日までの無力な自分のステータスに見えるよう、数値を部分的に、スキルは持っていないように細工をしたのだ。
「…どうかね?」
アーカーが兵士の一人にたずねる。
「はっ…このステータスは、何も問題無いかと…。体力以外は平均的な仕入担当のステータスかと」
「体力…?」
「彼は祖国で運動競技に参加していた関係で、体力の値は他の者よりも優れていました」
「ふむ…」
部下の報告を受け、アーカーは再び銅板を見る。
確かに体力は他よりも高い。が、それも少しだけ高い程度だ。
だがそれは北斗がステータス上取るに足らない人間であることに他ならない事を示していた。
「他に何か言っておきたい事がある者はいるか?」
アーカーが周りを見回しながら話すが、それに答える者は居なかった。
全員が、自分ひとりで押さえ込めるくらい弱いステータスであると感じているからだ。
「ジョイワスくん、どうかね?」
この中で1番親交が深いと思われる兵士に、隊長が名指しで確認した。
「…そうですね。問題ないかと」
「そうか」
(この人は日々の俺に対するステータスチェックを怠ってたからな…。何も言えないだろう)
ジョイワスのチェックもパスした事で、北斗に対するアーカーの嫌疑はこれでほぼ晴れて―――
「…よかろう。貴重な魔石を持ち帰った功績と、絶対服従の態度。そしてステータスにも問題は無いことから、貴様の複隊を認めてやる」
「ありがとうございます」
北斗はとうとう地上へと戻ることが出来たのであった。
本人もまだ気づいていない火種を孕んだ状態で、彼は一日ぶりの帰還を果たすことに…。
________
「ただいま~」
簡素な作りの木造の扉を開け、中に居るルームメイトに声をかける。
昨日俺と一緒に帰ってくるヤツらのシフトなら、今日は非番のはずだ。俺はシュンの分まで出ていたから例外だが。
しかし声をかけても、誰からも返事は返ってこなかった。
一瞬行水か飯でも行っているのか思ったが、少し部屋の中に足を踏み入れて、返事の無い理由を理解する。
「…」
シュンのも含めて、俺以外の荷物が全て撤去されていたのだ。
つまり、この部屋で生きている人間は俺しか居ないということになる。
「ふぅ…」
行水に行く前だが、俺は空いているベッドに適当に入り仰向けにった。
目の前には上の段のベッドの底が見える。木造の、こっちの世界でも良く見る感じのベッドだ。
六人では狭すぎるこの部屋だが、一人でも狭い…ハズなのに、今は妙に寂しい。
「シュン…チャーリー…モダンナンド…チャン…キヨカヤン…」
直近のルームメイト五人の名前を呟く。
過酷な環境で砕け散ってしまった石たちの意思は、俺が刻む…。
なんてしょうもないダジャレを思いながら、俺は決意を新たにするのであった。
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