第14話 地上へ
俺とマルクトは、液体でベチョベチョの場所から少し離れたところに腰をおろした。
そして俺のここまでのいきさつを彼女に聞かせてやることに。
「俺はさっきも言った通り、半年前に異世界からここに飛ばされてきて、魔石集めをさせられている。言わばミストリア王国の奴隷のような存在だ」
「……この国のメイン産業のひとつが魔石だということは故郷にいるときから知っていましたが、それを集めるために他所の世界から人を呼んでいるというのは、このシステムに組み込まれてから知りました…。最初はとても驚きました」
ダンジョンの入り口と俺たちの宿舎があるエリアは強固な壁で覆われており、兵士が交代で常に見張っている。
それは俺たちが外に逃げないようにする為と、外から秘密を探られないようにする為という2つの役割を担っているのだろう。
だからこの子が知らなかったように、他の大多数の国民もこの事実を把握していないハズだ。
あってもせいぜい兵士が大変な思いをしているとか、それくらいの認識だろう。
「今日に至るまで、一緒に飛ばされてきた友人たちはどんどん死んでいった。俺とは違う世界の人も含めて、数え切れないくらい…。あるものは魔物にやられ、あるものは過労で倒れ。中には環境に耐えきれずに自殺した者まで居たな。そしてとうとう、俺の親友も死んでしまった…」
「っ…」
親友のダンジョン自殺とそれを阻止する為に規則違反をしたことなど、その辺の事情を簡単に説明する。
淡々と話す俺の代わりに辛そうな表情を見せるマルクト。
この子はとても素直で良い子だなと改めて感じた。
「それで親友が死んだ時、俺はこのダンジョンの第一層に居たんたが、突然足元に魔法陣が浮かび上がってどこかに転送されちまったんだ」
「もしかして、トラベルバードですか?」
「おお、よく知ってるな」
「はい。そのモンスターは普段深層に住んでいますが、身の危険を感じると一旦地上の方へ逃げる習性があるみたいなんです。そこでやり過ごして、ほとぼりが冷めたらまた戻るっていう…」
「そうだったのか。通りで…」
「何か……あったんですね」
緊張した様子で先を促すマルクト。
「ああ。トラベルバードの代わりに俺がやってきた場所…ダンジョンの67階層で、デュラハンとベヒーモスが戦ってた」
「えっ!?」
緊張から一転、目を大きく見開いて驚きの声をあげるマルクト。
ここまで期待通りのリアクションだと少し嬉しくなる。
「神話級の怪物が戦ってたんだよ。目の前で」
「え…じゃあ、さっきの強い鳴動は、その2体が衝突して起きたってことですか…!」
「多分そう。俺は戦闘の余波だけでほぼ逝きかけたけどな、そんときに」
見ていることすらままならない中、俺はただの背景の一部に過ぎなかった。
メインキャラになんの影響も与えない、路傍の石。いや、路傍の捨て石。
「それで、その怪物同士の戦いは卑怯な手を使ったベヒーモスに軍配が上がったんだけど、たまたま近くにいたってことで俺が力を継承して、
「へ?」
「だから、罠にかけられ多勢に無勢な中、クレイエンテさん…あ、デュラハンの名前ね。が、それでもベヒーモスを追い詰めていたから、最後の一撃を俺が加えたって事よ」
「???」
俺の説明に疑問符を大量に浮かべるマルクト。
そういえば、コアの話はほとんどの人間が知らない情報だったっけな。
まずはそこから話す必要があるか。
「いいか。これから話すことは事実だから、よく聞いてくれ。実は―――」
俺はモンスターの中にあるコアと魔石の関係を話し、人間に力を与えまいとするかつての魔王の行いをマルクトに説明する。
また、ベヒーモスを討伐した後にクレイエンテさんから色々と話を聞き、元の世界に帰るためにスキルを探し、力を付けて、必死にもがいた結果ここに辿り着いたことを教えた。
「まあそんなワケで、この施設へは普通にダンジョンの上からこの階層に降りて入ってきたんだ」
「…色々と耳を疑う情報ばかりでしたが、壮絶な一日でしたね……ホクト」
「運が良かっただけだけどね」
ステータスもスキルも知識も、クレイエンテさんからの貰い物だし。人のふんどしで相撲を取っている感じだ。
それでも、俺は元の世界に戻るために進み続けなくてはならない。
その為にはこの子の力が必要だ。
「で、ようやく本題。俺が元の世界に戻るために、マルクトの時空間魔法の力を貸してほしいんだ。もし足りないスキルとか道具があれば調達するから、言ってほしい」
呼び寄せることができるのだから、送ることも理論上出来るはずだ。
そしてそのキーパーソンとなるのは間違いなくこの子。時空間魔法の因子を持つマルクトだ。
単体では無理かもしれないが、クレイエンテさんの言う組み合わせで補えれば、或いは…
しかし、そんな希望を抱く俺と対象的にマルクトの表情は浮かなかった。
「ごめんなさい…。私にはホクトを元の世界に戻すための手段が見当もつきません…。ここにある装置も、あくまでランダムに座標指定した場所から呼び寄せる役割しかないみたいなんです」
「研究者も分からないかな?」
「聞いた話だと、別の世界の座標を指定して…というのは難しいとか…」
「そうか…」
少女の口からは、無慈悲な現実が告げられる。
そりゃそうだよな。そんな簡単にはいかないか。
「分かった、ありがとな。何か分かったら教えてくれよ」
「いえ、お役に立てずすみません…」
「いいって、気にしないでくれ」
「あ、でも…!」
「…?」
俺の要求を叶えられなかったことに落ち込むマルクトだったが、すぐに何かを思いついたようで提案してきた。
「転移スキルでホクトを地上に送る事は出来ますよ!」
「お、そりゃあいい。助かるぜ」
最悪この施設の人間が出入りに使っている魔法陣を使うことになるかと思っていたが、それならプラン2を遂行できる。
王城の地下に転移なんてしたら、それこそ城にいる人間を全員抹殺して…なんてことになりかねない。
"王国"という単位に恨みはあるが、城に仕えている給仕や門番、その他常駐の医師などを根絶やしにしたいワケではないのだが…甘すぎるかな?
目的遂行の障害になり得るのであれば排除もやむなしだ。
「じゃあ、この施設と魔法陣を壊したら、ダンジョンの第2階層に送ってくれよ」
「第2?地上じゃなくて?」
「ああ。作戦があるんだ。そこから徒歩で第1階層に行って、保護してもらう」
「保護って…戻ったら殺されちゃうんじゃ。力負けすることは無いでしょうけど、その首にある呪印が…」
「これな」
俺は首にあると思われる模様を指でなぞる。
「ほんとは解呪できればそれがベストだけどな。それが出来ない以上、いつかは渡らなければならない橋だよ」
「それは、そうですが…」
効果範囲もタイミングも分からない即死の呪いをいつまでも受けて活動は出来ない。
元の世界に戻る直前、いや戻ってから発動されてしまっては死んでも死にきれない。
であれば、早めに解消しておくべきだ。
「それじゃ、ちょっと施設を壊しておくから、その間にマルクトも帰る準備しておいてな」
「分かりました…」
こうして俺は、とうとう地上への帰還を果たすことになったのだった。
果たして、俺は無事呪いを解除して、元の世界に帰るという活動の第一歩を踏み出すことができるのか…。
________
「アーカー隊長!」
一人の兵士が勢いよく隊長室に飛び込んでくる。
息を切らし、血相を変え、1秒でも早く報告せんと自らの上官の元へやってきた。
呼ばれた隊長は報告書に目を落としながら視線は変えずに、入ってきた部下に問いかける。
「なんだね?騒々しい」
「先ほど、第1層で行方不明だった仕入部隊のホクト ヒナミが発見されました!」
「何だと…?」
ここではじめて隊長は視線を上げた。
転移スキルを使うモンスターと入れ替わりどこかへ飛ばされたという事は、すなわち行き先はダンジョン下層である事は明白である。それが示すのはホクトの死亡以外有り得ない為、隊長は驚いていた。
「現在、第1層の入り口すぐのところにある広場に拘束してありますが、とても衰弱している様子です」
「分かった…。直ぐに向かう。君はジョイワスとマルサンに来るよう伝えろ」
「はっ!」
命令を受けた兵士はすぐに遂行しようと部屋を出て行き、部屋に残された隊長も現場に向かう為速やかに支度を始める。
このような事態は仕入部隊を結成してから初めての出来事であり、どのような展開になるかと思考を巡らせていたのだった。
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