第17話 容疑者Hの献身

「一体それは、どういう…」

「そのままの意味だよ、ホクトヒナミ」


 突如俺に刃と死刑宣告を突き付ける兵士に質問をすると、奥から彼らの長であるアーカーが姿を見せた。

 先日俺がダンジョンの1層で向けられていたような鋭い視線で、今も射貫くように見据えている。怪しい動きをしたら即断罪するといった様子だ。


 兵士たちと違うのは、手に剣ではなく俺の呪印とリンクしていると思われる"アミュレット"を持っているという点だ。

 発動させればたちまち俺の命を奪うことが出来るというのだから、剣よりもよほど厄介な武器となっている。

 どうしたもんか…


「私が、ジョイワス殿を殺害した犯人だというのですか?」

「そうだ」

「ありえないです。そもそもどういう事態でそんな容疑がかけられているのか、詳しく教えてもらっても良いですか?」

「もう先日のように私の意思が変わることは無いが、いいだろう…。よく聞け」


 彼らの疑いが分からないという俺に、アーカーは前置きをしたうえで話し始める。


「昨日の見張り当番だったジョイワスが、貴様と話をしていたのを最後に行方不明となった。仕入部隊の人間の中には貴様とジョイワスがどこかへ向かうのを見たという人間が居る」

「それは先日の一件を労う言葉をくれるのに、他の人が居る前じゃしづらいからと言う理由で私が呼び出されたんですよ。その後すぐに別れましたし、そもそも私がレベル20以上も上の相手にどうやって勝つんです? 仮に殺害できたとして、その遺体はどこにやるんですか。他の仕入担当がいるダンジョンを遺体を担いで通って、モンスターの前に持って行くんですか? 不可能です」

「良く回る舌だな。しかし、出来る出来ないなどどうでもいいのだ。ただ貴様は2回も立て続けに問題を起こすトラブルメーカーであるという事が分かった。仕入部隊を処分するのにそれ以上の理由などいらんのだ」


 俺が投げかけた疑問には答えるそぶりも見せず、一方的に処分すると告げるアーカー。

 彼の言う通り、もう心は決まっており議論の末に心変わりをするとかそういう段階ではとっくに無かった。

 俺が兵士にどうやって勝つのか、とか。死んだ兵士の遺体はどこへ行ったのか、とか。そんな、普通であれば解決すべき問題も今は何の意味も無い。

『雇用主が殺すと決めた』『だから死ぬ』 ここではこの単純な公式がまかり通るのだ。


「というわけで、さよならだホクトヒナミ。無実だとしたら、この世界に呼び出されてしまった事を呪うがいい」

「くっ…」


 マズイな。

 今あのアミュレットを発動されてしまったら、俺は…

 俺は数秒後の自分の運命を予測し頭を必死に回す。

 しかしその時、ある人物がこの場に現れ事態は急展開を見せることに。


「何事かね…? アーカー隊長」

「…ダリトン殿下。アリューゼ殿下」


 現れたのはミストリア王国の第2王子【ダリトン=ミストリア】と、アリューゼ第3王女だった。

 ここしばらくダンジョン地区に滞在し、何やら色々と調査をしている人たちのトップ二人だ。そんな彼らがここに留まる理由にも、もちろん見当はついている。


 ダリトンは、この世界に俺が呼び寄せられた時の説明では"ある研究職"に就いていると言っていた。おそらく彼の仕事は"仕入部隊の補充"で、それが出来なくなってしまった事で原因究明の為ここに調査をしに来たのだろう。

 そもそも施設に行く手段がないのでは、ここに来るくらいしかやることがないと見た。残念だな。


「彼を殺そうとしているのかね? アーカー隊長」

「え…」

「はっ…。彼には一名の兵士を殺し遺体を遺棄した容疑がかけられており、その処分を行うところです」


 あのアーカーも、流石に王族相手では自分の作業を中断せざるを得ないようだな。

 そしてアリューゼ王女は心配そうにこちらをチラチラと見ている。あまりそんな顔をすると怒られるぞ…。と別の意味で内心ハラハラしていたり。


「なんだ。君の部下は仕入部隊ひとりに殺されるようなヤワな人材なのかね?」

「いえ…決してそのようなことは……。不意を突かれても、丸腰のレベル1に後れを取るようなことはありません」

「ではその少年は、やっても居ない事で処刑されようとしていると? 貴重な仕入部隊を簡単に殺すのは感心しないな」


 "貴重な仕入部隊"という言葉が聞けただけでも、今日の実入りは充分だな。

 以前なら貴重だなんて扱いは決してされなかった。本当に人員の補充が出来ていない事がしっかりと確認できた。

 あとは…


「ダリトン殿下。その者は何か良くない物を引き寄せる体質であると確信しております。故にこのまま生かしておけないと判断し、処分するのです。確かに私の部下はこの者に殺されたかどうか分からず、遺体も出ておりませんが…。しかし私の直感がこの者を生かすなと告げているのです…!」

「ふむ…」


 直感て…。とうとうよく分からんことで説得を始めたアーカー。

 そんなもので人を殺すなよと何か口を挟もうとしたが、考えているダリトンの邪魔をして心証を悪くするのもアレだし、少し様子を見る事にする。


「ではこういうのはどうだろう」


 少し考えたダリトンが、アーカーにある提案をする。


「今度の建国記念祭の催しに、王都のコロシアムで"英雄カレンデュラスの凱旋"を上演するのだが…。その中のキャストの一人にこの少年を入れるというのはいかがかな?」

「兄上…!それはっ…」


 口を挟もうとするアリューゼを手で制し、アーカーに確認をする。

 俺はなんのこっちゃ分からず、その様子をただ見守るしかないのだが。


「君は彼を生かしておきたくない。しかし私はいたずらに労働力を減らすのを良しとしない…。そこで折衷案だ。一旦は君の手から離れるし、もし彼がそこでも生きていられたのなら、その悪運は何か使い道があるかもしれない。その時は私が預かるよ」

「…分かりました。ではそのように。おい、ホクトヒナミに手枷をはめろ」


 提案を飲んだアーカーが部下に指示を出し、俺の手にはゴツい枷が付けられた。

 剣とアミュレットは下げられ一旦命の危機は去ったような感じだが、一体どうなってしまうのだろうか。


「ホクト…くんと言ったかな」

「…はい」


 そんな俺の心中を察してか、ダリトンは今後の処遇に関して説明をしてくれた。


「いきなりでワケが分からないよね。君はこれから私たちと一緒に王都へ向かう」

「王都…ですか?」

「そう。そして4日後に開催される我が国の建国記念の式典…その中のプログラムのひとつに出てもらう事になったんだ」

「そんな大事な式典に、私がですか…?」


 どう考えても場違いな扱いに戸惑う俺。

 しかしそんな俺に対してダリトンは笑顔で酷い事を言い放った。


「あっはっは! そんな身構えなくてもいいよ。君の役どころは、大勢いる死刑囚の中の一人だから」

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