第3話

 その日は朝からとても忙しかった。ええ、そうよね。お茶会と言ったらこのくらい忙しかったわ。そして、夜会とは違って昼過ぎから行われるお茶会は朝から準備をしないと間に合わなくなってしまうのよね。


 いつも私の身支度を担当してくれるメイドに布団を引っぺがされたと思ったら、すぐに身を清めることに。そして薄化粧を施されている間に、髪の毛が結い上げられていく。それらが終わると、用意されていたサンドイッチを口にする。そのあとはドレスを着る。ぎゅっとコルセットを締められるこの時はいつも苦手だった。でも、そのあとに用意していたドレスを着せてもらうと一気に気分が上がった。


「まあ、とてもお似合いですわ!」


「本当に。 

 まるで妖精のようにおかわいらしいです」


 ふわふわとしたドレスと、丁寧に飾られた髪。本当に今日は気合が入っている。鏡の前でくるくると回ってみるとドレスがきれいに舞った。


「ありがとう!

 ナフェルに見せてこなくちゃ」


「ええ、きっと喜ばれます」


 嬉しそうにほほ笑むメイドにワクワクとしながらナフェルの部屋へと入る。ナフェルはまだ寝起きだったらしく、眠そうに目をこすっていた。


「ナフェル、どうかしら?」


 くるりとナフェルの前で一周回ってみる。ナフェルは目をぱちぱちと瞬かせると、途端にぱあっと笑顔を見せてくれた。


「とっても素敵です、姉さま!」


「ふふ、ありがとう」


「かわいい~。

 僕が姉さまをエスコートできないことが残念です……」


「エスコートだなんて」


 いつの間にそんな言葉を覚えたのかしら。ナフェルはまだ7歳になったばかりなのに。


「僕は本気ですよ、姉さま」


 ぷくっと膨れたナフェルがかわいくて、思わず口元が緩んでしまう。かっこいい、というよりはまだまだかわいいナフェル。でも、いつかは素敵な大人になってしまうのよね。


「なら、いつかはエスコートをお願いしたいわ。

 それまでに体を強くしないとね」


「頑張ります!」


 そろそろお時間です、というメイドの言葉に名残惜しいけれどナフェルと別れる。そしてお母様と待ち合わせているエントランスへと向かった。



「遅かったわね」


「お待たせしてしまい、申し訳ございません」


 エントランスに着くとすでにお母様は待ってらした。エントランスに置かれている椅子から立ち上がると、こちらをじろじろと見てくる。


「本当よ。

 今度からはもっと早く用意なさい。

 それにしても……、まあまあね。

 今日は殿下もいらっしゃる大切なお茶会よ。

 くれぐれも粗相のないように」


「はい、分かっております」


 せっかくかわいい服を着て、ナフェルに会って気持ちが上がっていたのに。お母様に言われた言葉に、態度にどんどん気持ちが下がっていく。そのまま馬車に乗り込むと、今度は何をしていたのか聞かれた。


「ナフェルにドレスを見せに行っていました」


「まあ、ナフェルに⁉

 あなた、お茶会にいけない弟にわざと見せつけてきたの?

 なんて子なの……」


「み、見せつけてなど!

 ナフェルが見たいと望んだのです」


「それで素直に見せに行くなんて」


 なんて子、ともう一度言うと、ひどく冷たい目をこちらに向けてくる。その態度にああ、と気持ちが冷めていくのを感じた。どうして今までの私はこの人の愛を得ようと必死になっていたのだろう。こちらの話も聞かず、一方的に私が悪いと決めつけて。そんな人に何を期待していたのだろう。


 きっと何か問題が起きたとき、この人は何も考えずに私に非があるというのでしょう。そして私が持つギフトを知った瞬間、ころりと態度を変える。今まで何度も経験してきた人たちと同じ。私を利用しつくそうとする。

 

 そのあとは無言のまま馬車は王城へと向かっていった。



「招待状を確認いたします」


 王城の門で来城の理由を告げると門番は冷静にそう返した。中には顔を見せるだけで城の中に入っていく馬車がある中での足止め。明らかにお母様がいらいらとしている。叩きつけるように招待状を門番へと渡しているけれど、そういう態度が自分の評判を落としていくといつになったら気づくのだろうか。


 冷たい視線で通された王城の中は、一見遠い記憶の中と変わらないように見えた。そういえば、今はあのときから一体どれほどの時が経ったのだろうか。曖昧にしか思い出せていないから、あれがいつのことだったのか覚えていないのよね。


「いい、うまくやるのよ」


 それだけを告げて、お母様は会場へと入っていく。私もそのあとに続いて会場となる庭園へと入っていった。ここ、いろいろと変わってしまったけれど覚えている。前世でよく遊んだ庭園だわ。


 懐かしい気持ちを押し込めて、お茶会にきちんと参加するために年の近いご令嬢へと近づいていった。

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