第15話
「風邪かしら?
ずっと頑張ってくれていたものね」
「すみません……」
痛む頭とぼんやりする視界でリミーシャさんを見上げる。その顔はおそらく心配そうにこちらを見下ろしている。
「謝らないでね。
今お医者様をお呼びしたから、しっかりと診ていただいてね。
本当は一緒にいてあげたいのだけれど、お店のほうに行かなくちゃいけないから」
「はい。
ありがとうございます」
それじゃあ、と言ってリミーシャさんは部屋を出ていく。余計な心配をさせてしまった申し訳ない気持ちと、純粋に私を心配してくれて嬉しい気持ちが混ざり合う。でも、この発熱は疲れとかではなく、ギフトの副作用なんだよね……。さすがに説明ができない。
マゼリアのことを視ると副作用がいつもよりもひどい。鮮明に視える分、仕方ないのだろうけれど。目を閉じると視ていた内容を思い出す。そのときの気持ちも。本当に大切で、隣に立っていたいと望んだあの人。マゼリアはその瞳をあまりちゃんと見返すことができていなかったけれど、思っていたよりも優しい、心配している瞳をしていた。そして、寂しがっているような……。でも、それも私の思い込みなのかもしれないけれどね。
サラシェルト王太子……。王城を訪れた後、時間を見つけて家の書斎で王族の記録をのぞいてみた。もちろん貴族家とはいえ、個人管理している資料に書いていることなんてあまりないけれど。それでも、さすがに直径の系譜はわかる。王家の代替わりがいつあったのかも。
それはマゼリアが亡くなった十数年後、サラシェルト王太子が王として即位して数年後のことだった。あんなにも王となるべく努力していたサラシェルト王太子が、実際に王として名を遺したのはたった数年だった。その数年の間に多くのことに取り組んだようだが、その詳細はわからなかった。わかったのは、彼は賢王と呼ばれたことだけ。
そして、もう一つ。マゼリアが亡くなった後、サラシェルトが再婚することはなかった。マゼリアとサラシェルトの間に子はいなかったというのに、だ。だからこそ、グージフィ王家が途切れた。そしてそのあとを継いだのが彼の従弟だった。それが、王弟殿下が婿養子となったクアルゼット家の人。現在の王家だ。
いくら考えてもわからない。どうしてそうなったのか。知るためにはきっと、王城で保管されている記録を見るしかない。気になるけれど、さすがにそれは無理な話よね。どうして、どうして。その気持ちが胸の中を支配する。
聞こえてきたノックの音に思考が霧散する。もともと高熱のせいで頭がぼんやりとしているのに、きちんと考えられるはずがなかった。
やってきたのはリミーシャさんが話していたお医者さんだった。軽く診察をすると疲れからくる発熱だろうと結論づけて、よく休むようにと言いながら薬を処方してくれた。
「フィーア様、ゆっくりとお休みください。
昼食には消化にいいものを用意いたしますね」
「ありがとう」
そう返した後は、襲ってきた眠気に身を任せる。『画』、特に過去の自分の『画』を視ているととても疲れる。寝ているときに視たものだけれど、あまり寝た気がしない。目を閉じるとすぐに寝てしまった。
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「フィーア、ご飯の時間だよ」
「え……?」
ぼんやりと意識が浮上していく。声がした方を見ると、そこにはラシェットさんがいた。とっさに窓の外を見ると、外はかなり明るいから、まだ昼頃だよね。
「どうして、ラシェットさんがここに?
お仕事中では?」
「今は昼休み。
フィーアが体調を崩したって聞いてね、戻ってきたんだ」
「え、そんなお手数を」
「気にしないで」
ラシェットさんはほほ笑むと、ほら、とおかゆが入った皿を差し出す。そこからひとさじ掬われて、慌ててお皿とスプーンを受け取った。そんな、食べさせてもらうのはさすがに恥ずかしい……。
「私、大丈夫ですよ?
ラシェットさんは休んでください」
「体調悪いのにそんなの気にしないの。
ほら、おかゆ食べられたら次は薬ね」
「はい……」
見張られているのか、見守られているのかわからない状態でなんとかおかゆを食べきり、薬を飲みこむ。苦い……。
「うん、薬もちゃんと飲めて偉い。
ほら、ご褒美」
「ありがとうございます」
そう言って差し出されたのは飴玉。ころり、と口の中に入れられる。甘い。薬の苦みが溶かされていく。
「それじゃあ、おとなしく寝ていてね」
最後に軽く頭をなでるとリミーシャさんは仕事に戻っていった。私が、フリージアが体調を崩した時、傍にいてくれたのはアンナだけだった。それが、ここではこうしてたくさんの人が心配して傍にいてくれる。それが温かくて、幸せだった。
夜にはブランスさんが仕事終わりに様子を見に来てくれた。そのころには熱はほとんど下がっていて、よかった、と笑ってくれたブランスさんの顔が印象的だった。
ゆっくりと休んだ次の日、すっかり体調は回復していた。疲れからくる発熱だなんて働かせすぎたかしら、とおろおろしたリミーシャさんをなだめるのが、実は一番大変だったかも。でも、それもまた幸せなことだった。
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