第16話
天気もよく、穏やかな午後。ちょうど店内のお客様が途切れて、少しだけ眠気が襲ってくる。そんな中カラン、とドアに設置されたベルが鳴る。その音に刺繍をしていた顔を上げると、見覚えのある男の子が入ってきた。
「あ、いらっしゃいませ」
「あれ、君?」
図書館で過ごしてから数日、いつか来ると思っていたその男の子の訪問にやっぱり、と思う。男の子の腰には先日とは異なり剣を佩いている。騎士見習い、とかだったのかな。この領には騎士団の支部があるから、街中を騎士見習いが歩いていても不思議ではない。どこか落ち着かなそうにきょろきょろとしているのはこのお店の雰囲気が女性向けだからだろう。そんな男の子の視線が私に向くと、驚いたように目を開く。そんな男の子ににこりと笑みを向けた。
「また会いましたね。
どうぞ、店内を自由に見てください。
妹さんにプレゼント、でしたか?」
「え、あ、はい。
ありがとうございます……」
この子、ずっとおずおずとこちらの手元のほうを見ている。あまり私から話かけない方がよさそう。それにしても、先ほどから外からこちらをうかがっている人がいる。あまり嫌な感じがしないから気にしないで大丈夫かな?
「あら、お客さん?」
「はい、妹さんのために買いに来られたみたいです」
あらあら、とほほえましそうに男の子を見るリミーシャさんも特に話しかけるつもりはないようだ。落ち着かないようにしばらく店内を見て回った後、こちらにやってきた。
「あの、僕、何買えばいいかよくわからなくて……。
よければ一緒に選んでくれないか?」
「あ、はい、もちろんです。
今日はどういったものをお探しですか?
たしか……、以前気になっていたのはポシェットでしたよね?」
「あ、うん、そうなんだけれど……。
君がしているようなヘアピンとかのアクセサリー、ほしいかな」
ああ、と今日もつけているヘアピンに手を触れる。ここのお店は多種多様な商品を扱っていて、ヘアピンの種類も豊富。
「じゃあ、こちらに。
妹さんの好きな色と……髪色と瞳の色、教えてもらってもいいですか?」
「好きな色は、水色かな?
髪の色は金髪で、瞳は水色かな?」
「なるほど……」
好きな色と瞳の色は一緒なんだ。うーん、だったら水色のヘアピンがいいかな。ガラス製と布製のものがあるけれどどちらがいいだろう。
「ご自分で選んでいただくのが一番ですけど……」
ぽつり、と思わずこぼれてしまった言葉に男の子が苦笑いする。言ってからしまった、と思った。
「妹はあまり丈夫ではないんだ。
でも、いつか一緒に来られたらいいね」
「そう、なのですね。
その時はぜひ」
それ以上どう返したらいいかわからず、視線を商品に戻す。そして、これはどうですか? と近くにあった水色のガラスで小鳥の形に作られたヘアピンを示す。
「ああ、かわいいね。
じゃあ、それを」
「ありがとうございます」
それとこれも、と会計に向かう途中にあるハンカチも手に取る。それは私がした刺繍が入っていて、選んでもらえたことがなんだか嬉しい。はい! と返事をして、それを受け取る。手早く会計を済ませると、それを簡単に包んだ。プレゼントだからね。
「え、これ……」
戸惑うようにそれを受け取った男の子は少し迷うようにした後、それを受け取ってくれた。
「ぜひ、また来てくださいね」
「ああ、ありがとう」
そう言って男の子は去っていった。最後、少し笑っていた? 結局一度もその子と目が合うことはなかったけれど、いつかちゃんと話してみたいな。
……ナフェルは元気かしら。あんな家に置いてきてしまった罪悪感はある。ナフェルのことはアンナによく頼んでおいたけれど、いちメイドができることは限られていると知っている。それに、いつまでアンナがあの家に残るかなんてわからない。
私にできることはできるだけしてきたし、最近ではあの子も丈夫になってきた。だからきっと大丈夫、そう言い聞かせてきたけれど、ふとした時に心配になる。
「フィーア?
どうしたの?」
「あ、いえ、なんでもありません」
カラン、とまたベルが鳴る。気を取り直して次のお客さんに意識をむけた。
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