第17話

「すみません、これください」


「はい!

 ありがとうございました」


「あ、次は私で!」


「リミーシャさん、これ合いますか?」


「ええ、とてもよくお似合いですよ。

 そうだ、こちらの方はどうでしょう?」


「あ、それもかわいい~」


 次から次へとやってくるお客様に息つく暇もない。それでも楽しそうに、時に悩ましそうに真剣に買い物をするお客様たちを見ているのは楽しい。友達と一緒にお揃いのアクセサリーを買いに来る方、中には男性と一緒に来て見ている方、相手の方の特徴を伝えてリミーシャさんや私に相談する方、様々だ。


 カラン、とまた新たに音が聞こえる。いらっしゃいませ、と口にしながら扉の方を見るとあの日を境に常連になってくれたお客様が入ってきたところだった。


「あ、やあ。

 今日はまた一段と、人が多いね」


「はい。

 もうすぐ花祭りがありますから」


 この街特有のお祭りである花祭り。1年で一番花が咲き誇る時期に合わせて開催するこの祭りは、領民にとってもとても楽しみな催し物なのだそう。街中もどこか浮かれた空気になっていて、着実に準備が進められていく。初めてこのお祭りに参加する私もとても心待ちにしていた。私がリミーシャさんに声をかけてもらったのはちょうど花祭りが終わった直後のこと。もうすぐ、この街に来て1年が経とうとしていた。


「ああ、そういえばそうだね。 

 それにしても、皆とても気合が入っているね」


 周りをそっとうかがうように見ながら、そのお客さん、ルイさんは言う。ああ、とうなずくと少しルイさんに近づいて小さな声で答えを伝えた。


「花祭りはよく告白の場になるのですって」


「こく、はく」


「はい」


 このお店によく来てくれるお姉さま方が話していたことだ。私も詳細はわからない。でも、この街では花祭りできれいに咲き誇った花を贈ると共に告白をすることが多いみたい。ルイさんは少し顔を赤くすると、そうか、と小さく答えた。


 ルイさんは何度も通ってくれている間に話す機会も増えて、ついこの間名前を教えてもらうことになったのだ。はじめと変わらず視線は下を向いているけれど、いつかはもっと仲良くなれたらいいな、と。でもルイさんがリミーシャさんとかほかの人と話しているのは見たことがないから、これでも仲がいい方なのかもしれない。


 いつもここの商品をひいきにしてくれている妹さんともいつかは会ってみたいな。少し気になるのは、ここのお店の商品は求めやすい値段にはなっているが、決して普段そう頻繁に買えるほど安いわけではない。それなのにおそらく騎士見習いであるルイさんがこうも買いに来るってことは、実はルイさんいいところの家の子ではないのだろうか。


「今日はこれを」


「はい、ありがとうございます。

 今包みますね」


 今日は妹さんからリクエストがあったのだろう。すぐに商品を手に取ると会計へと持ってくる。それを受け取ったとき、視界がぐにゃりとゆがむ。そして、すぐに耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。悲鳴と共に逃げ惑う人々。土煙が舞ってよく見えないけれど、あれは馬? 馬が暴走しているのだろうか。それが人々に向かって走ってきている。どこか街なみに見覚えがある。


「……-アさん?

 フィーアさん!」


 はっと顔を上げる。視界がくらくらとする。顔から血の気が引いているし、頭が痛い。まだ心臓がばくばくとしている。あれはどこの画? 私、またギフトを? 頭が混乱している。


「あ……」


「大丈夫、ですか?

 急に、一体……」


「すみません、大丈夫です。

 こちらの会計ですよね」


「あ、はい」


 まだ、耳にはあの悲鳴が残っている。目を閉じればすぐにでもあの画が思い浮かぶ。でもダメ、今は目の前のことに集中しないと。怪しまれるわけにはいかない。それにしても白昼夢のように視るのは珍しい。たいていは寝ているときに視るのに。


「顔色が悪い。 

 休んだ方が、いいのでは?」


「ご心配をかけてすみません。

 でも、大丈夫です」


 急に顔色を悪くしたのだ。ルイさんにとっては意味が分からないだろう。大丈夫です、と言い切って何とか会計を終わらせると、ルイさんはこちらを気にしたそぶりを見せながらもお店を出ていった。だけど、そのあとすぐにリミーシャさんがこちらの方へやってきた。


「フィーア、今日はもう休みなさい。

 本当に顔色が悪いわ。

 忙しさで無理をさせてしまったのね」


「い、いえ!

 私なら大丈夫です」


「フィーア」


「……休みます」


 ギフトの副作用でリミーシャさんに心配をかけるなんて。先ほどの内容も気になるし、リミーシャさんへの罪悪感もあるし。でも、リミーシャさんの有無を言わせない視線にこれ以上拒否するのもよくないとうなずく。ぐちゃぐちゃとした気持ちのまま、迎えに来てくれた馬車に乗って先に屋敷へと戻ることになった。


 自室へと着いて、すぐにベッドに倒れこむ。あれはいつの、どこの画なのか。考えなければと思う私と、どうせわかっても何もできないと思う私がせめぎあう。……疲れた。もう、一度寝てしまおうか。


 ここに来てから何度もギフトが使われた。視るたびにこうして心がかき乱される。でも、結局何もできないまま終わっていて。私はこれからもギフトに振り回されて生きていくのだろうか。もう、捨てたはずのギフトに。


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