第14話 追憶

『ここ、どこぉ?

 ママ……、パパ……』


 長いピンクブラウンの髪を高い位置で二つに結んでいる幼い女の子がきょろきょろと周りを見渡している。周りは森に囲まれて薄暗い。ヒュン、と微かな音が聞こえて赤い光が上がる。


『きれい……』


 女の子の目からぽろり、と涙がこぼれていく。


『……ちゃーん、どこにいるんだぁい?』


『ほら、でておいでー』


『ひっ』


 男の人の猫なで声が聞こえてくると、女の子の顔は恐怖でひきつった。がざがさと草をかき分ける音が近づいてくる。


『ああ、ここにいたんだね』


 うっすらと笑った男の手には枷が握られている。その手が、女の子のほうに伸びてきて……。


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「今のは……」


 きっと誘拐されたのだ。枷を持っていた。売られようとしているのかもしれない。いったいいつの子だろうか。過去の子、遠い未来の子ならわからないけれど、現在の子や近い未来の子なら救えるかもしれない。すぐに伝えないと。


「マゼリア様?

 いかがなさいましたか」


「今、行方不明になっている子いない?」


 ずきずきと痛むこめかみを押さえながら、そうメイドに問うと心得たようにうなずく。


「確認してまいります。

 特徴をお聞きしても?」


「ピンクブラウンの髪を高いところで2つ結びにしている女の子だった。

 歳は……5歳くらいかしら。

 服装は平民が来ているようなワンピース。

 つぎはぎがあって、麻色の」


「かしこまりました」


 一礼すると、メイドは去っていく。少しして、薬をもってきてくれた。今は情報の確認をしているところだという。薬を受け取ってから、場所の詳細を伝え始めた。この国は人を探すときの信号弾は上げる位置が決まっている。それは今回のように『神の目』でそれを見たときの位置をわかりやすくするためが理由の一つ。


 私は信号弾が見えた位置と森の中、という情報から十数か所あたりをつけていった。かなり多いが、何も情報がないよりは探しやすいでしょう。それに、実際に女の子が行方不明になった位置が分かればもっと絞られる。そして、やれることは終わったと休憩していると、夜にはその子らしき行方不明者はいないと情報が上がってきた。また一つ、未来への情報が追加されたと願いたい。


「マゼリア、体調は大丈夫か?」


 自室で夕食を終わらせてくつろいでいると、サラシェルト王太子が顔をのぞかせる。忙しい中でも顔を見せに来てくれたのが嬉しくて、招くように立ち上がる。


「こんばんは、サラシェルト様。

 はい、体調のほうはもう回復しました」


「そうか、よかった」


「少し、お茶でもいかがですか?」


 私の誘いに少し思案した後、サラシェルト王太子は少しなら、とうなずく。最近かなり忙しそうにしている彼とはゆっくりと話す時間も取れていない。断られると思っていた誘いに乗ってもらえたことが嬉しくて、すぐにメイドに追加の紅茶を用意させた。


「最近、不自由はないか。

 忙しくて、あまりこちらにも来られていなかったな」


「ええ、何も。

 皆さん、とてもよくしてくださいます。

 むしろ、私が王太子妃の役目を存分に果たすことができず申し訳ございません。

 晩餐会はサラシェルト様と共に出席できると思うのですが……」


「気にするな。

 君は十分に役目を果たしてくれている。

 晩餐会も無理はしないように」


「お心遣いありがとうございます」


 時々、不安に思う。私は彼に必要とされていないのではないかと。自分が『神の目』のギフトを持っていると知ったとき、すぐに私の心に広がったのは喜びだった。これで、自分にしかできない方法で彼を支えることができる! そう確かに思ったのだ。でも、現実はどうだろうか?


「すまない、もう行かないといけない。

 また来る」


「はい、お待ちしております。

 お体に気を付けて」


「ああ、ありがとう。

 君も」


 短い挨拶を交わすと、そのまま部屋を出ていく。その後ろ姿をつい目で追ってから、私は一つため息をついた。彼が王太子だからとか、王族だからとかではない。愛しているからこそ、彼の役に立ちたい。その思いは今も変わらない。でも、思うようにできない。もう何年こんな思いを抱えているのだろうか。


 10歳の時にギフトが判明して、彼の正式な婚約者になったころからかもしれない。妻になれたのは最近のことだけれど、婚約者のころとあまり変われていない気がする。


「マゼリア様、そろそろお休みになられますか?」


「……ええ、そうね」


 彼は今もこの城のどこかで仕事に取り組んでいるというのに、私はもう寝るのね。隣に立って一緒に悩むことも、歩むこともできていない妻。サラシェルト様と婚姻を結べたのは、私にとってこの上ない幸運だったのに、今は本当に私でよかったのかわからなくなっている。


「私がこんなギフトを持っていなければ……」


 もっと体調に影響を及ぼさないギフトだったならば。堂々と彼の横に立てていたのだろうか。でも、そうしたら別の女性がこのギフトをもって生まれていたのだろう。もう、『聖騎士』はいるのだから。


「ま、マゼリア様!

 そのようなことをおっしゃらないでください!」


 悲鳴のようなメイドの声に、自分の失態を悟る。決して言葉にしてはいけなかったのに。そして、声が上がった直後、ガチャリと扉が性急に開けられた。開けたのは予想通り簡易的な白い鎧を着た男性。その人に何もないと首を振ると、また無言で扉の外へ出ていった。


「ごめんなさい、少し疲れてしまったみたい」


「あ、あの、ゆっくりとお休みください。

 安眠できる香を焚いておきます」


「ありがとう」


 メイドが香を準備しに部屋から出た後、ベッドに一人横になる。なんだかうまくいかないことが多い、そう思いながら目を閉じた。


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