第1話
「今のは……」
ゆっくりと重い瞼を持ち上げる。のどが渇いて声がかすれている? それに体がうまく動かない。
「お嬢様⁉
お目覚めになったのですか⁉」
動かしずらい顔をゆっくり声のほうに向ける。そこにいたのはメイドのアンナだった。そう、アンナ。このシュベルティー子爵家のメイド。そして私はフリージア・シュベルティー。シュベルティー子爵家の長女。頭の中に情報を浮かべることで少しは整理できた、かな。
「すぐにお医者様と旦那様方に知らせてきます!」
あ、と引き留める間もなくアンナは行ってしまった。でも、助かったかも。人と話す前にもう少し整理したかったし……。こうして『画』を見ると記憶が混濁するのは今までもそうだった。特に、自分に関することだと。今のはきっと前世、もしくはもっと前の私の記憶、画よね?
……ああ、また。また『神の目』をもって生まれてきてしまったのね。もう、こんな能力いらないのに。平凡な女の子として生きていきたいのに。どうして。こんなもの欲しい人にあげてしまいたい。
「お待たせしました、すぐにお医者様がやってまいります。
って、泣いていらっしゃるのですか⁉」
「あ、お帰り、アンナ」
「ああ、声もかすれてしまって。
どうぞゆっくりお飲みください」
体を起こしてもらって水に口をつける。水には柑橘系の果物が絞っていたようで、すっきりとした飲み口だった。ゆっくりとコップ一杯分の水を飲み切るころには荒れていた心中も少し落ち着いてきた。
「お父様方は?」
「あ、それは……」
「そっかぁ」
うん、そうだよね。あの人たちは本当に私に興味がないから。ああ、優しいアンナに聞くことではなかったかも。そんな辛そうな顔をしなくていいのに。
「私は大丈夫だよ、アンナ」
「あ、あの、でも坊ちゃまが気にしておられましたよ?」
「ナフェルが?
あとで顔を見に行かなくちゃ」
そんな話をしながらこちらも、とアンナが差し出してくれたスープを口にする。アンナの話によると、私は4日ほど高熱を出して寝込んでいたらしい。きっと前世のことを思い出していたからね。思い出したくもないものを。
少しずつスープを口に運びながら話をしていると、部屋の扉がノックされた。アンナに導かれて部屋に入ってきたのは白衣を着た医者だった。先ほどアンナが呼んだと言っていた人だろう。こんなに早く来れたということは、きっともとから屋敷にいたのだろう。もしかして、またナフェルが体調を崩している? 両親は私のためには医者を常駐させないもの。
「少し触れますね」
私に声をかけてから医者が体調を確かめていく。ずっと寝ていたから思うように体が動かないけれど、それ以外は特に問題はないとのこと。熱も下がったしね。しばらく安静を言い渡されたものの、ひとまず安心していいとのことだった。
「よかったです、お嬢様。
ゆっくりとお休みくださいね」
そう言い残してアンナと医者は部屋を去っていった。ふう、ようやくちゃんと一人になれた。もう少し記憶とか気持ちとか整理したかったら助かったかも。
前世もその前も、さらにその前も。私は『神の目』をもって生まれていた。正確にはそれは私ではないのかもしれないけれど、でも代々『神の目』を持ってきた少女たちの人生はほかの画とは全く異なるように視える。
通常遠い過去の画を視ると、時間が離れるほど不鮮明になっていく。でも過去の『神の目』を持った人たちの記憶は違う。とても鮮明に視れる、視れてしまう。その時の感情と共に。
「どうしたら……」
縛られたくない、自由に生きたい。ギフトなんて関係なく自分を見てほしい。……愛した人に、愛してもらいたい。その感情が新鮮に浮かび上がる。思わず涙がこぼれていく。ギフトが明らかになるといつも、周りは目の色を変えた。誰も私を見てくれない。
どうしよう、どうしたらいい? 10歳になってしまったら、能力視のギフトを持つ人にギフトを確認されてしまう。そうしたらいくら隠そうとしてもばれてしまう。そうしたら、また……。
「ふっ、うう……」
泣いて、泣いて、泣いて。涙が収まった後、ひとつ決意をした。10歳になる前にこの家を出ていこう、と。この家に、両親に思い入れはない。両親は多忙を理由にこちらを顧みなかったから。そんな両親に愛してもらいたくて、振り向いてもらいたくて、必死に手習いを頑張ったんだけど、ね。
唯一の気がかりは弟、ナフェルのこと。体が弱くて寝込むことが多いけれど、私によくなついてくれていた。今の私にとって誰よりもかわいい弟。ナフェルのことは信頼できる人、アンナによく頼んでおかなくちゃ。
大きな行動指針を決めると気持ちは落ち着いた。まだまだ考える必要があることは多いけれど、頑張ろう。今世は自分のためだけに。ギフトがばれないようにひっそりと生きていこう。
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