第29話
最近、何かを視ることがあっても騎士団に手紙を出すことができずにいた。また何もできないときに逆戻りした感覚に襲われて、つらい。
「浮かない顔ね、フィーア」
「あ、すみません……」
「謝ってほしいわけではないの。
何か心配事?」
「そういうわけではないのですが」
お店へと向かう馬車の中、分かりやすい顔をしていたからかリミーシャさんに心配をかけてしまった。これではいけない。リミーシャさんに迷惑をかけたいわけではないのだもの。
「そう……?
何かあったらいうのよ」
「はい」
言えるわけがない、けれど。でも、そう答えるしかない。その時、ガタッと大きな音がして馬車が大きく揺れた。そして止まる。
「わっ⁉」
「何が……」
リミーシャさんと顔を見合わせる。お互い何が起きたのかわからない、という顔をしている。少しして、御者から声がかかった。
「申し訳ございません!
車輪が穴にはまったようでして」
穴? よくわからないけれど、一度降りた方がよさそうだ。もうお店も近いから歩いて行った方がいいかもしれない。
「降りて、歩きましょうか?」
「そうね、その方がよさそうね」
リミーシャさんの承諾を得られたことで馬車から降りる。その時、馬車の横には先ほどまではいなかったはずの人がいた。真っ白な中に蒼い線が入りその胸元にはステラの花が入った鎧、の騎士。私が最近騎士団に手紙を出せなくなった理由。このデザインの鎧を着ることができるのは……。
「聖騎士……」
車輪に向いていた視線が、こちらに向く。黒い髪を短く整えた、大柄な青年。この人が今世の『聖騎士』。会いたくなかった。この人には。こちらに向いた目が、徐々に見開かれていく。気づかれた。とっさにそう思った。
「あら、聖騎士様。
こちらにいらしたのね。
……聖騎士様?」
「え、あ、はい。
たまたま……。
あの、そちらのご令嬢は?」
「あら、そうね、会うタイミングがなかったわよね。
この子はフィーア。
我が家にいる子なの」
「フィーア、様……」
「初めまして、聖騎士様。
……行きましょう、リミーシャさん。
早くいかないとお店を開ける時間に間に合いませんから」
「確かに、時間はぎりぎりだけれど。
でも馬車が……」
「こちらに任せていただいて大丈夫です、奥様。
ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「そう?
なら、お願いね」
行きましょう、とリミーシャさんに言われて、そのあとについていく。『聖騎士』に私の拒絶は伝わっただろうか。お願いだから何も言わないでほしい。彼が、私が『神の目』をもつ人だと言えば逃げられない。
この拒絶がどれほど彼を傷つけるか、想像すらできない。前世のとき、彼は言っていた。『聖騎士』は『神の目』を持つ少女を守る為だけに生まれてくるのだと。隣にいられるだけで、いいのだと。恋愛にすらならない、敬愛と親愛の情。それが『聖騎士』から『神の目』を持つ少女に向けられるもの。
「フィーア?
どうしたの?」
「え、あ、いいえ、なんでもありません。
早く準備しないと間に合わなくなりますね」
「え、ええ、そうね」
気持ちを切り替えないと。いくら考えても、あの人が何も伝えないことを願うことしか私にはできないのだから。
ふう、とため息をつく声が聞こえる。その理由はわかっていた。目の前ではきれいに整列されていた商品たちが崩れてしまっていた。
「フィーア、今日はどうしたの?
全然集中できていないじゃないの」
「すみません……」
理由はわかっている。先ほどの聖騎士が頭から離れない。今にもこのお店に騎士がやってきて私を王城に連れていくのではないかという想像が、鮮明にできてしまう。
「謝ってほしいわけではないのだけれど……。
今日はもう休んだ方がいいわよ。
あ、もちろん依頼の刺繍もしてはだめ」
「え、でも」
リミーシャさんの言葉に慌てていると、リミーシャさんはこちらに近寄ってきた。そして、ほほに手を添えてくる。
「最近どこか焦ったように頑張っていたもの、ここら辺で一度ゆっくり休むことも必要だわ。
そうね、一週間くらい休んで好きなことをしてみればいいわ」
「い、一週間ですか⁉」
急にそんなことを言われても、何をして過ごせばいいのかわからない。そんなに焦っていたのかな、私。
「あら、フィーアちゃん休むの?」
「それがいいわよ~。
ずっと頑張っているのだし」
「うんうん!
それにしても休みを提案してくれるなんて、なんていい雇用主……」
「本当よね~」
「あら、そんな風に言っていただけるなんて」
戸惑っていると、店内にいたお客さんも話に乗ってくる。申し訳なさでいっぱいだった頭に少し余裕が出てくる。そっか、休んでもいいんだ。
「フィーアちゃんは休みの時に何をするの?」
「何、でしょう。
本を読んだり刺繍をしたり、ですかね」
「もう、まじめね。
でもそれが一番息抜きできる方法なのかしら」
「人それぞれだからね。
それじゃあ、いい休日を」
さあさあ、と背を押されて裏に戻される。これは断れないよね。リミーシャさんもにこにことした笑顔で送り出すし、なんならお小遣いすらくださった。いつも十分受け取っているのに!
馬車がどうなっているかわからないけれど、今日はせっかくなので歩いて帰ることにした。返りに市場とかよって買い物をするのも楽しいかもしれない。帰り支度を整えると、申し訳ない気持ちになりながらも帰宅させてもらうことにした。
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