第31話
いつもはお店にいる時間、心の赴くままに出歩いてみる。買い物にもあまり出かけないけれど、センタリア商会の居候として、『ことりの庭』の店員としてこの辺りでかなり有名なようで。歩いているだけで次々に声をかけてもらえる事態になっていた。
「あら、フィーアちゃん!
こんな時間に珍しいわね。
というよりもこんなところに珍しいわね?」
「こんにちは、カエリアおば様。
お休みをもらったので歩いてみようかなと」
「そうなのね。
そうだ、これぜひ食べて行って」
さあさあ、と手渡されたのはカエリアおば様のお店に飾られていた商品。カリッと揚げられた甘い生地に砂糖がまぶされたものだった。ありがたく受け取って代金を払おうとするとやんわりと断られてしまった。
「フィーアちゃんがおいしそうに食べてくれるだけで宣伝になるからね」
にこりと笑ったおば様のたくましさに思わず笑ってしまう。それで役に立てるなら喜んで、とその場で口にしてみる。
「あつっ」
「そりゃそうよ。
揚げたてだもの。
やけどには気を付けてね」
おかしそうに笑うおば様をついじろりと見てしまう。やけどのことは口にする前に言ってもらわないと。ああでも、おいしい。おば様はこれをよく差し入れしてくれて大好きだけれど、揚げたてはまた違ったおいしさがある。
「おいしいです」
「だろう?」
少しの間おば様と談笑してほかのお店にも顔を出してみると、なんだかみんなして私に食べ物を渡そうとしてくる。もうこれ以上食べられない! ってなってからようやく引いてくれたけれど。皆商売なのに……。
ほかにもいろいろと見て回った私はすっかりとリフレッシュができていた。市場を抜けて、あの人と会うまでは。
「フィーア様、少しよろしいでしょうか」
「聖騎士様……」
声に振り返る。そこにいたのは私は今日集中できなかった原因である聖騎士。ただ、今は象徴ともいえる鎧を脱いでいて、普通では気が付かないだろう。その目は、今まで見てきたような自信に満ち溢れたものではなく、こちらをうかがうような、自信がないような、揺れた瞳をしていた。
どこに行くのだろうと不安になりながらも先を歩く聖騎士についていく。こちらを振り返ると困ったように笑った。
「そんな不安そうにしなくても大丈夫ですよ。
私にとって、あなたの安全を守り、あなたの願いを叶えることが最上の喜びなのです。
あなたの意に沿わないことはしません。
それでも……、どうしても話をしたかった」
「そう、ですか……。
でも何も話せないと思います」
「それでも、です。
カフェに入っても?」
「はい」
変なところに連れていかれるよりも、カフェのほうが人目があっていいよね。うなずくと、聖騎士は評判のカフェへと入っていく。いつもはかなり混んでいるのに、今日はスムーズにお店に入ることができた。中へ入るとじろじろと見られているような感じがしたけれど、気のせいだろう。
「何を頼みますか?」
「私は何も。
……ではこれを」
断ってから、さすがに何も頼まないのはお店に失礼かと思い、目に入ったものを示す。それにほほ笑むとすぐに店員さんを呼んで頼んでくれた。
「まずは自己紹介を。
私はフェルベルト・ランパークと申します。
今代の『聖騎士』のギフトを授かっております」
「そうですか。
私はフィーアと言います」
「……センタリア商会の奥方がそう呼んでいらっしゃいましたね。
ですが、『神の目』は貴族のご令嬢しか持たないはず。
あなたの本当の名を教えていただくわけにはいかないでしょうか」
「本当の名なんてありません。
私はフィーア。
家を出て、センタリア商会にお世話になっている平民です」
変に期待しないように、わざときっぱりと言葉を紡ぐ。私はただの平民で、それ以上でもそれ以下でもない。私の様子にはっとした後に、口をつぐむ。それでも目は何かを言いたそうだけれど。
「ねえ、本当に言わないでいてくれるのですか。
私のこと、国に」
「それがあなたの望みならば」
「そう、それが私の望みです。
もうギフトに縛られたくない……」
漏れた本音に慌てて口をつぐむ。これはこの人に言っていい言葉ではなかった。この人こそ、ギフトに縛られていると言っても過言ではないから。ギフトによって得られる力もだけれど、何よりも精神に、想いに作用している。
「そのような顔をしないでください。
私は幸せだと感じているのですよ。
人を守るための力を持ち、唯一の主と定める方がいるのですから。
『聖騎士』というギフトに縛られているとは感じていません」
「そうですか……」
そう話した聖騎士の目は前世での聖騎士と同じように、私を敬愛の目で見てきている。何も関係性がなく、人となりすらわからないというのに。この人にとっては、やっぱり私は『神の目』のギフトを持つ人、にしかならないのだろう。
この人は悪くない、それでも久しぶりに触れた感覚にどうしようもない気持ちになる。ああ、私はそれが嫌だったのだ。わかってはいたけれど、それを感じたのは今世ではこれが初めてだ。
「とにかく、私のことは放っておいてください。
もう関わることはありませんから」
「そ、それは!
難しいです……。
だって私は」
そのあとに続く言葉はわかる気がした。でも、だからこそ聞くわけにはいかない。帰る、と口にしようとしたとき、ちょうどテーブルに頼んだものが運ばれてきた。そのウエイトレスは私が知っている人で、料理を置きながらこちらを心配そうに見ている。
「何かあったら大声で叫んで」
知らない男性に警戒してか、ウエイトレスはそう耳打ちしてくれた。
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