第32話
「せっかくです。
食べましょう」
相手が分からないからだろうけれど、私の味方になってくれる人がいることが分かって少し落ち着いた。料理を勧めると聖騎士はしぶしぶという様子で従った。
さすが、評判なだけある。もぐもぐと無言でケーキを口に運ぶとおいしい。甘さは控えめで、これだったらもう一つ食べられそう。ちらりと聖騎士のほうを見ると、おいしそうに食べている。これでこのまま終わってくれればいいけれど。
私のほうが頼んだ量が少ないのに、先に食べ終わったのは聖騎士の方。この人も食べるのは早いらしい。
「あの、影から見守るだけでもだめですか……?」
「あなたにそれができるとでも?
むしろ早くこの町から出て行って、ここに『神の目』を持つものはいないと宣言していただきたいくらいです」
「それは、できません」
その言葉にため息をつく。それはそうだろう。言えないのはわかっている。それにしても影からなんて、この人は自分がいかに目立つのかわかっていないのだろうか。それはそれで問題のような。
「とにかく、私はばれたくありません。
今のまま、自由に生きていたいのです。
『聖騎士』フェルベルト様、あなたは私の願いを叶えてくださいますね?」
わざと強めに口にする。こうすることで彼の反論が強制的に封じられるとわかっていてやっていた。『聖騎士』は『神の目』を持つものの願いを反故にはできないのだから。結局、このギフトを嫌っていながら、自由のためにその特性を生かしているのだ。
「わかり、ました」
「ご理解いただけて何よりです。
それでは」
自分の食べた分のお金をテーブルに置いて、席を立つ。お金はいらない、と後ろから聞こえたけれど、彼におごってもらう義理はない。そのまま私は店を出た。
……疲れた。でも、こうしてはっきりと話せてよかったのかもしれない。見えていないのに彼におびえる必要が無くなったのだから。まあ、どういう行動を起こすのかわからないという頭痛の種は消えてはいないけれど、なんだかもう恐怖は感じなかった。
「フィーアさん!」
最後にお店にいる彼を見ようと振り返ったとき、後ろから聞きなれた声が聞こえた。その声の持ち主は最近お店には現れず、ここにいるはずのない人。
「ルイ、さん⁉
どうしたのですか、こんなところで」
ルイさんが普段何をしているのかは知らないけれど、高貴な身分であろうことはわかる。そんな人物が商店街にいるのは違和感しかない。それも息を切らして。
「いや、あの、フィーアさんが見慣れない男性と歩いていると、聞いて」
「え、そんなに噂になっていますか⁉」
それは気まずい。というか、リミーシャさんの耳にも入っているよね、これは。どういったらいいんだろう。
「え、あ、いや、それはどうだろう。
たまたま耳に入っただけかもしれないし」
そうだったらいいのだけれど……。そういえば。
「でも、どうしてそれでルイさんが来たのですか?」
「え⁉
あー、それは……、心配になって」
うつむかせた顔を真っ赤にしてルイさんはそう口にする。え、なんだかかわいいのですが。最近ルイさんに会えていなかったからか、余計に新しさを感じる。って、あれ?
「ルイさん、身長のびましたか?」
ルイさんと目を合わせようとすると、以前よりも上を向かなければいけなくなった気がする。こんなに身長差なかったよね?
「そうかもしれない。
今伸び盛りだから」
「ああ、なるほど」
確かに顔つきもだんだん大人っぽくなってきたような気がする。そういえば……。
「……ルイさんは何歳でしたっけ?」
実は今まで聞いていなかったことに気が付き、聞いてみる。そういえばルイさんの年齢気にしたことなかったかも。そう思って問いかけると、言ったことなかったっけ? と首を傾げられた。
「14歳だよ。
そういえば、フィーアさんのも聞いたことがなかったけれど、何歳なの?」
「あー、12歳です」
本当は11歳だけど、と心の中で付け足す。10歳以上か未満かは大きな違いだけれど、11歳か12歳かはそこまでではない。だからきっと許される! そっか、ルイさんは14歳なのか。道理で成長著しい。
「ああ、マリーの一つ下だったんだね。
同い年くらいだと思っていたよ」
「マリーさんは13歳なのですね」
それは意外。確かにマリーさんは同い年とか、場合によっては年下に見えるくらい。でも私の2歳上なんだ。今まで聞くタイミングなかったけれど、ちょっとおもしろい。
「そういえば、この時間にどうしてここに?
いつもなら『ことりの庭』で働いている時間だろうに」
「あー、それが……。
仕事に集中できていないことをリミーシャさんに気がつかれて、1週間休みをいただいたんです」
仕事に集中できていなかったことを伝えるのが気まずくて、ちょっと目をそらしちゃう。ルイさんにばれる、というよりもまさか自分からばらすことになるとは。ごまかして言えばよかった。
「君が仕事に?
なにかあったのかい?」
「え、あ、いえ。
もう大丈夫です」
素直に言ったことを後悔していると、思ったよりも心配そうなルイさんの声が聞こえた。それに顔を上げると、瞳も心配そうにこちらを見ている。これはさっきとは違う理由で後悔しそう。
「そう……。
一週間休みなんだっけ?
なら、マリーを君の家に行かせても大丈夫?
最近退屈しているみたいで」
「マリーさんですか?
私は構いませんけれど」
ちゃんとおもてなしできるだろうか。マリーさんならあまり気負わなくてもいいような気はするけれど。でもマリーさんの予定をルイさんが決めてもいいものなのかな?
「ありがとう、きっとマリーも喜ぶよ。
日程は後で伝えるね」
「はい、分かりました」
私としても1週間何をするか悩ましいことだったから、ありがたい申し出かもしれない。ルイさんは来ないのかな、と一瞬考えたけれど、この言い方からしてきっと来られないのだろう。
「……そろそろ戻らないと」
会話が途切れたころ、そうルイさんは言った。どうやらまだ忙しそう。久しぶりに会えたのに残念、な気がする。
「次はいつ会えますか?」
つい、そんなことを聞いてしまった。ルイさんは少し驚いたようにした後、困ったように笑った。困らせたいわけではないのに。
「そうだね、もう少しでひと段落すると思うんだけれど……」
伏せた目は何かを憂いているようで、少し心配になる。何か困ったがあるのかな。力になりたいとは思うけれど、今の私にはその力がない。だから、私から言えることは限られている。
「早く落ち着くといいですね」
「うん、そうだね。
……いつか、私の家に招待できるといいのだけれど」
「家ですか?
いけたら楽しそうです」
どうして急に家? と思ったけれど、素直に答える。すると、ルイさんはいつかね、ともう一度言った。あれ、これ本当は誘う気がないやつ? うん、まあいいかな。
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