第33話


「よし、これでいいかな」


 完成した商品説明の紙を見て、うなずく。なかなかうまくできた気がする。最近ようやく新商品として出せるくらい数が確保できた商品の説明や値段を紙に書き込んだこれは、私が働き始めて少ししてから導入したものだ。もともとは値段だけを書いていたのだけれど、何となく絵や説明を加えたところ、お客さんの好評だったのだ。


 これは趣味、これは趣味。だから仕事じゃない。あ、そういえば途中だった刺繍もしたい。本も新作が出ていたはず。……そう思うと、結構やりたいことがあるかもしれない。


 あの後、すぐにルイさんはマリーさんに話をしたみたいで、明後日遊びに来てもらうことになった。マリーさんも忙しいと思うのに、こんな急に予定を入れてよかったのかな。そんなことを考えていると、ノックの音が聞こえる。返事をすると、そっと扉が開かれた。部屋をのぞいてきたのは、私の専属っぽくなっているメイドだった。


「まだ起きていらっしゃったのですね。

 なにか飲み物を用意しましょうか?」


「ううん、大丈夫。 

 ありがとう」


「そうですか。

 あら……、もしかしてお仕事をしていたのですか?」


「え、あ、違うの!

 これは息抜きというか……、その……」


「ふふ、責めているわけではないのですよ。

 でも休むことも大切ですからね。

 今日はもう休みましょう?」


「うん、そうするね」


 あわあわと広げていたものを片付けていると、メイドさんも手伝ってくれた。布団に入るまで見守られて、おやすみなさい、と挨拶をしてそのまま目を閉じるとすぐに意識は沈んでいった。


―――――――――――

『それで、城はどんな感じだ?』


『さすがにガードは固いが、長い時間をかけて準備してきたかいがあった。

 俺たちの味方は何人か城の内部に入り込んでいる』


『それは上々。

 最近はユースルイベ殿下も城にいる日が増えていると聞く。

 うまくいけば一気に叩けるかもしれん』


『二つを一気に片付けようとすると、最悪の結果をもたらすぞ。

 送りこめた味方の数もそこまでは多くない。

 まずは厄介なパルシルク殿下からだ』

 

『ああ、そうだな。

 おい』


『はい』

 

 薄暗い部屋で話し込む二人の男性。ぼそぼそと話してはいるが、なぜかよく聞き取れる。その人たちが発する言葉の数々に夢の中だというのに血の気が引く思いがする。おい、と呼びかけられて闇から出てきたのは、黒い装束を身にまとった男性。その人はパッと見はわからないようになっているが、数々の武器を身にまとっていた。その目はどこかうつろで、感情を持っている人間のようには見えない、というのが正直な感想だった。


『決行は12の月、14の日だ。

 目標はパルシルク・クアルゼット・バニエルタ。 

 確実にやれ』


『はい』


 一つ一つ言い聞かせるように、ゆっくりと指定していく。おかげで私もよく理解できる。指示を受けた男は一つうなずいてその言葉に応えた。


『そいつを使うのか』


『ああ、失敗は許されないからな』


 確かに、そう相手の男性は悪い笑みを浮かべる。その時、一気に意識が浮上していくのを感じる。ああ、戻る。


―――――――――――


 はっ、はっ、と荒い呼吸を繰り返す。呼吸が乱れている原因は果たして何なのか。今視てしまったものなのか、スキルによるものなのか。でも、その違いは大した問題ではない。白昼夢のような短いものでも、過去の追憶でもない。意識を保ったまま発動したスキルによる負荷は大きい。すでに頭痛や発熱と言った副反応も始まっている。けれど、今はまず先ほど視た内容をまとめないと。そうしないと大変なことになる。それだけはわかる。


 あれは、確実に第二王子であるパルシルク殿下の暗殺計画。ご丁寧に名前を述べてくれたから視たのが少し過去か現在か少し未来のものだってわかる。大丈夫、まだ起きていない。がくがくと震えるからだを抱きしめて何とか落ち着こうとするけれど、やっぱり難しい。


 今年の12の月14の日はもうすぐにやってくる。すぐに行動しないと。早く伝えないと、パルシルク殿下が何者かに狙われていることを。ふー、と肺の空気をすべて吐き出す。そしてゆっくりと息を吸い込む。ようやく少し落ち着けた気がする。


 幸い、今はちょうどいい人が近くにいる。もう私のことはばれているから、気にする必要もない。このまま朝になってしまったら、きっとベッドから出してもらえなくなる。こうしている間にも発熱も頭痛もひどくなってきているし……。

 

 手紙に必要最低限の内容だけを書き込む。これであとは王宮の人がどうにかしてくれるはず。いつものフードをかぶり、屋敷を抜け出す。そして走りながら強く、強く聖騎士に呼びかける。お願いだから、気が付いて!


 『神の目』をもつものと『聖騎士』の間にだけある、不思議な絆であり鎖。それがこの一方的な意思疎通だった。今世はまだ使ったことがなかったけれど、前世までの記憶がある。だから、きっとこれで大丈夫なはず。


 必死に聖騎士が滞在している騎士団を目指していると、向こうから誰かが走ってくる。それが聖騎士だとすぐに分かった。よかった、気が付いてもらえた。同時に、ギフトに縛られたくない、自由に生きたいとあれだけ言ったのに結局すぐにこの人に頼ってしまった自分に心底嫌気がさす。ああ、自分はどれだけこの人を振り回せば気が済むのだろうか。


「フィーア様!

 ご無事でしたか」


 この優しい人に、どれだけの犠牲を強いるつもりなのだろうか。


「せ、聖騎士様。

 これを……、誰でもいい、第二王子を守れる人に渡してください」


「フィーア様……?

 っ!

 ひどい熱だ!」

 

「私のことはいいから、これを」


「この手紙は確かに届けますから、安心してください。 

 ですから、今は休んでください」


「ごめんなさい……」


「謝る必要などありませんよ。 

 屋敷にお送りします」


 その言葉にはっとする。今屋敷を抜け出してきているから、正面から入るわけにはいかない。必死に裏口の場所を伝えて、そこに送ってもらうことになった。正直立っているのも辛かったから助かったけれど、申し訳ない気持ちはぬぐえない。元気になったらどんな形でもいい、お礼をしないと。

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