第6話

「お嬢ちゃん、終点だよ」


 体を揺さぶられる感覚にゆっくりと目を開ける。目の前には困った顔の御者さんがいた。慌ててあたりを見渡すと、すでに私以外のお客さんはいなかった。


「あ、すみません!」


 慌てて降りると、辺りはすでに明るくなっていた。夜通し走ってくれたのだろう。明日は紹介状をもってお店に行くとして、今日はどこかで泊まらないと。確か、馬車が止まる場所のすぐ近くの大きな道路をまっすぐ行ったところの先に、幼いものでも一人で泊まることができる宿があるって言っていたわよね。


 御者の人にお礼を言って教えてもらった道を歩いていく。さすが、大都市の領都ね。こんな時間なのにとてもにぎわっているわ。忙しそうに仕事に励む人、楽しそうに歩く男女、楽しそうに笑顔を浮かべながら歩く親子。『町』って、こんなにも人がいて、熱気に包まれている場所なのね。今までなにも、知らなかった。

 

「……、よし!」


 感傷に浸っていても仕方ないよね! 夕飯をしっかりと食べてきたけれど、さすがにおなかがすいてしまった。……宿に行く前にちょっと屋台で何か買いましょうかしら? 自分で買って、というよりも屋敷の料理人以外が作ったものを食べるなんて初めてだわ。どんな味なのかしら。


 どうしよう、と悩んでたくさん人が並んでいるお店を選んでみる。小麦粉を溶いた生地を薄く伸ばして焼いた生地にいろいろな具材を挟んでいるようだった。どれがいいか悩んで、おすすめを選んでみる。行儀が悪いかな、なんて思いながらかぶりつくと初めて食べる味。おいしいわ……! 料理人にはよく、庶民が作ったものを下に見るけれど、これはこれでおいしいわ。貴族の食事と違うおいしさがある。


 おなかが満たされた後は町を見てみることに。付き人も護衛もいない街歩き、こんなに自由なものだったのね。一通り見て満足すると宿に向かうことにした。


 宿では受付でじろじろと見られたものの、止められることもなく部屋を案内してもらえた。明日には出ていくから、一泊分のお金だけ。荷物はあまり広げないようにしないと。少しだけ高い宿をとったかいがあって、部屋にはお風呂が備え付けてあった。ありがたくすぐにお湯で身を清めさせてもらう。


 そこまできてようやくほっと一息つくことができた。なかなかない馬車での旅に加えて、初めて乗った乗合馬車。慣れない街歩き。疲れが体にたまっていて、自然に瞼が落ちていってしまった。


―――――――


 翌日は少しだけ早起きをしてきちんと準備をする。第一印象は大切だものね! 気合を入れて服装や髪型を整えて。宿を出ると、手に紹介状を握り締めてアンナに教えてもらったお店へと向かう。紹介されたのは服飾店だった。


ベッドの上でできることは限られていて、刺繍ばかりして過ごした時もあったから、刺繍の腕前はかなり上。作品を見て、アンナは服飾店を勧めてくれたのだ。作品もすぐに見せられるように準備して、と。


自分でギフトなんて関係なしに働いて、お金を稼げるなんて……、ワクワクする! 今までとは全く違う道を歩める。なんて楽しいことなのでしょう。


「え、刺繍?

 ああ、それならつい最近人が埋まったから募集をやめているよ」


「……、え?」


「わざわざ来てくれたところ申し訳ないけれど、ほかの店に行っておくれ」


 じゃあ、そういって対応に出てくれていた女性は中に入っていってしまった。え、ど、どうしたらいいの⁉ だって、私ここしか教えてもらっていないのよ? ここの募集、もうずっとしているからきっと採用してもらえるって……。


 どうしましょう……。まさかはじめからこんな風につまずくなんて。どうせうまくいかないのだったら家から出ない方がよかったのかしら。戻ったら一体どんな風になるのかしら。今までどおり安全な場所で、真綿で首を絞めるように亡くなっていくの? そんな人生しか歩めない?


「お嬢さん?

 こんなところでどうしたの?」


「え……?」


 近くから聞こえた声に顔を上げると、すぐそばには心配そうにこちらをのぞき込む夫人が立っていた。


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