第27話

 いきなり娘と言われても、そもそもこの方に会ったことがないので誰のことかわからない。でも、女性の倒れてしまいそうな蒼い顔から、それがいかに真剣な問いなのかがわかる。


「あの、娘さん、ですか?」


「はい。

 朝、急にいなくなってしまって。

 あの子が一人でどこかに行くなんて考えられなくて」


 迷子、なのかな。そう思って話を聞いていると、どうやら違うらしい。家の近くでいつものように遊んでいたはずなのに、忽然といなくなってしまったようだ。年齢は5歳、おとなしい子なので一人でどこかに行ってしまうこともあまり考えられない、と。


「メリアさんじゃないかい。

 メイちゃんがどこかに?」


「ええ、探しているんだけれどどこにも……」


「騎士団には相談したの?」


「朝、もうしました。

 探してくださってはいるのだけれど、じっとしていられなくて」


 どうやらこの女性を知っている人がいたようで、お客さんが話しかける。優しく問いかける声に、女性は泣き出してしまった。もう少し詳しく娘、メイちゃんのことを聞き出すと、母親と同じピンクブラウンの髪色や2つに結んだ髪型、服装などの特徴が記憶の中のとある少女と一致した。私ではない、マゼリアが視た画の中の子だ。


 気が付いた瞬間、心臓がばくばくと音を立て始める。私なら、メイちゃんと助けてあげられるかもしれない。あの子は確か、誘拐されていた。きっと怖い思いをしているだろう。


 でも、この場で何か言うわけにはいかなくて、しかももしかしたらあの子はメイちゃんではないかもしれない。疑われるのも、変に期待を持たせるのもよくない。ぐっとのどまで出かかった言葉を我慢していると、メリアさんはお店を出ていった。きっとまた別のお店で同じように聞くのだろう。


 早く伝えたいけれど、今は行動できない。ばれるわけにはいかないから。明日の早朝、かな。行動するとしたら。今日の朝、試しに夜明け前に起きて周りの様子を見てみたら、何とか気づかれずに出かけられそうだった。とはいえ、門には警備が立っているので、裏口から出て、一時的に鍵を開けっぱなしにしておく必要があるけれど。誰かが気が付いて鍵を閉めたらおしまい……。でも、やるしかないよね。


 家に帰ると、必死に記憶を呼び起こしながら、すぐに手紙を書いた。間違えたら彼女は助からないかもしれない、そんな考えが頭をよぎり、そのたびに焦りが心を占めた。もう、あの時のように救えたはずの命が失われるのを見ていたくない。早くなる呼吸に気づき、ゆっくりと深呼吸してみる。手紙は書き終わった。封はしていない。後は、これを届けるだけ……。


 一度仮眠をとっておこうとベッドにもぐりこむと、外からヒュン、という音と赤い光が見えた。信号弾……。きっと今、メイちゃんは男の手から逃げて怖い思いをしている。その様子が安易に想像できて、眠気はなかなかやってこなかった。


――――――――――

 外がほんのりと明るくなってきたころ、もそりとベッドから抜け出す。さっと寝間着からワンピースに着替えて、マントを羽織る。朝はひんやりとしているからか、マントを羽織ってフードをしている人が多くて助かる。顔を隠しても怪しまれずに済むから。


 手紙をしっかりと持って、部屋を出る。誰もいないことを確認しながら進むしかないから、いつもよりも多くの時間をかけてようやく裏口に行きついた。誰にも見つからずにここまで来られたことにほっと息をついたけれど、まだまだだよね。大事なのはここから。


 鍵をそっと開けて、外に出る。そのまま音が出ないように門の裏口に行って、敷地から外に出た。そのあとは人の少なそうな道を選んで全力で走った。騎士団に行きつく。あれ、昨日と違ってざわついている? もしかして、メイちゃんを探して?


 昨日以上に騎士に見つからないように気を付けて、でも人が居そうな所を狙って手紙を投げ入れた。少し工夫をしておいたおかげでうまく投げられた!


 反応を確認する暇もないまま、また走って屋敷へと駆け戻った。何とか裏口を閉められていなかった。よ、よかった……。このままへたり込みたいけれど、まずは部屋まで戻らないと。


 足早に自分の部屋に戻り、詰めていた息を吐きだす。さっさと寝間着に着替えてもう一度ベッドにもぐりこむ。これで本当に完了だ。後は無事にあの手紙が見つけられて、メイちゃんが見つけられることを願うだけ。



 その日のお昼過ぎ、無事にメイちゃんが見つかったという知らせが街中を駆け巡った。けがや疲れは見られるものの、数日ゆっくりと休めばよくなる程度のもの。その知らせを聞いたときは安堵から泣きそうになってしまった。ここで泣いてしまったら怪しまれてしまいそうだから、必死に嬉しそうに笑ったけれど。


 見つかった理由が私の手紙なのかはわからない。それでも、何か行動ができたことが嬉しかった。


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